最終話 イチゴのせい


   ~ 三月二十日(火)  七百二十一 ~


   イチゴの花言葉  幸福な家庭



「バカだねえあんたは! 穂咲ちゃんが返事くれないからって試験に遅刻って!」

「しょうがないでしょうよ! ……それに元々、めちゃめちゃ悩んでたし」

「なるほど。だったら、遅刻など無くとも落ちていたでしょうな」


 今日は秋山家に、藍川家のお二人をご招待。

 母ちゃん特製、大皿山盛り焼き鳥で夕ご飯なのです。


 塩派の俺と父ちゃんが見つめる先で。

 シェフが大皿の上からタレをかけてしまうのですが。


 まあ、ゲストのお二人ともタレ派なはずですから。

 今日はぶうたれるのをやめましょう。



 結局、穂咲よりもおばさんの方が遥かに思い悩んでいたようで。

 穂咲が編入試験を受けていた間、俺宛におばさんから届いたメッセージ。

 それに曖昧な感じの返事を書いたことで、さらに不安になったらしく。


 試験に遅刻したうえ、悩んでいることを試験官に見抜かれて。

 当然と言いましょうか、本採用は取り消しにされたそうなのです。



 親の心、子知らず。

 まさかそんなにも苦しんでいらっしゃったとは。


 ……じつに、おばさんらしいのです。



「ほんとなら豪華にしたいとこだけど、二年の出稼ぎがたったの三週間に化けた残念会だからね! 特売の鳥さね!」

「充分豪華よ、ありがとう。じゃあ、カンパーイ!」

「良い仕事ができるように、お祈りしますよ」

「ありがとね!」


 大人がグラスをカチンとやる中。

 穂咲はよそったご飯に目玉焼きを乗せた茶碗を。

 俺の前に置いてくれるのですが。


「目玉焼き、折りたたまないでくださいよ」


 まるでガレットです。


「そうしないと、テーブルに裾が付いちゃうの」

「そう言ってる端から、見事に開花していくのですが」

「……かいか丼なの」

「肉と玉ねぎはどこに行きましたか」


 きょとんと首をひねっていますけど。

 これを開化丼と勘違いしているなんて。

 ウソみたい。


 仕方がない。

 君が東京から戻ってきたら、作ってあげます。

 切り落としの牛肉と玉ねぎなら大量にありますから。

 いくらでも練習できるでしょう。


「……はあ。やっぱりママは、ほっちゃん離れできそうにないわ」

「ママ、くっ付くのは後にして欲しいの。スナギモを堪能中だから」

「そんなこと言ったら、スカイツリーに連れて行ってあげないわよ?」

「それは困るの。もっとくっ付くと良いの」


 ビール片手に、穂咲にじゃれつくおばさんですが。

 事務所から頂いた、せっかくのお話を無下にしたお詫びということで。

 春休みの間、三週間ほど。

 イベントのスタッフとして、お手伝いすることにしたのです。


 なので明日にはもう、東京へとんぼ返り。

 でも今度は、穂咲を連れていくことにしたようです。


 三週間。

 二年と比べると小さな規模ですが。

 まずは、これくらいからが妥当だと思うのです。



 俺には。



 ……でも、準備を始めなければいけないと。

 今回の事で学びました。



 一人でも暮らせるように。

 社会の事を知るように。

 

 そして、一番大事な準備。



 心を、準備しておかないと。




 おばさんのいない世界。

 穂咲のいない世界。


 あと二年。

 七百日。




 毎日少しずつ、大人にならなければ。

 毎日少しずつ、二人がいなくても平気にならなければ。



 そんなことをしんみりと考えていたら。

 急におばさんが、缶ビールをテーブルに叩きつけて。

 俺に文句を言うのです。



「道久君はずるいわよ!」

「なにがでしょう?」

「これからもずーっとほっちゃんと一緒にいられるじゃない!」

「…………なにがでしょう」



 いつもなら。

 普段だったらムッとするこの言葉。


 でも、今だけは。

 ちょっと魅力的な提案に思えてしまいました。



 目の前で、スナギモをこりこりとさせるタレ目の女の子。

 ……生まれた時から、ずうっと一緒だった女の子。



 穂咲と、別れる必要が無い。



 そんなことを言われると。

 ちょっとだけ、ほっとしている俺が、確かにいるのです。



 穂咲のことを、好きなのか、嫌いなのか。

 考えることをやめたのに。

 考えることをやめたはずなのに。

 ……昨日、片方の答えに傾いて。

 


 これからも変わらないということ。

 それが何を意味するのか。



 それは……。



「そうだ! ケーキ買って来たのよ。ほっちゃん、後で配ってね?」

「先に食べたいの。配っちゃうの」


 食事が始まったばかりというのに。

 デザートを配り始めたおかしな子。


 これからも変わらないということ。

 それが意味するものは。


「…………それが、意味するものは」

「なんなの? 道久君」


 優しいこいつは、必ず先に、俺の前へ皿を置いてくれて。

 いつも楽しそうなこいつは、鼻歌交じりにフォークを手にして。


「それが意味することは、一つなのです」

「……変な道久君なの」


 そう言いながら、イチゴを頬張って幸せそうに鼻を鳴らす君と、ずーっと一緒にいるということは。



 それはつまり。



 俺は、一生。




 イチゴを食えないということなのです。




 そんな思いで、真ん中にぽっかりクレーターの出来たショートケーキを見つめていたら。


 心の天秤が、やっぱり元の位置へと戻っていきました。




 「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 9冊目!


 おしまい!




 ――約一年にも亘り。

 ご覧になっていただいて本当にありがとうございました!


 俺と穂咲。二人の未来は、未だにどうなるか分かりませんが。

 きっと笑顔に溢れたものになることでしょう!


 ひとまずは、春休みの藍川家の東京暮らし。

 そしてお留守番の俺。


 幸せで、楽しいものになるよう祈ってください!


 最後までご覧になっていただき………………?



「ちょっと道久君、何言ってるの?」

「そうなの。ママは目一杯お仕事しに行くの」

「だれが家事やるのよ」

「だれがあたしをサンシャイン水族館に連れてってくれるの?」


 ………………え?


「あなたも東京来るのよ」

「明日出発なの。すぐに準備するの」

「えええええええええええええ!?」





「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 9.5冊目!

 TOKYO バトルシティー編!

 2018年3月21日(水)より予告編がスタート!



「ちょ! あれ!? 最終回だって聞いて……、ええっ!?」



 俺はもう、長編小説を書くのをあきらめた!

 地獄の果てまで付き合ってもらうぞ、道久!



「えええええ!?」



 どうぞお楽しみにっ!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 9冊目! 如月 仁成 @hitomi_aki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ