第2話 70億分の

 私のクラスには嫌われ者がいる。休み時間だって、お弁当だって、いつも一人。クラスメイト全員に嫌われているわけじゃないだろうけど、みんななんだかんだ近づこうとはしない。理由は簡単。誰もが巻き込まれるのを怖がっている。嫌われ者にかかわれば、自分も嫌われ者の仲間に入れられるから。嫌われ者を嫌われ者にしている元凶の人たちに目をつけられて、嫌われ者にされたくないから、みんな近づこうとはしない。かくいう私もその一人だった。

 理不尽なことはわかってた。嫌われた理由なんてほんの些細なことなはずだから。きっかけは、ほんのちょっと気に入らないところがあったから、自分たちの思うようにいかなかったから、きっとその程度のことなんだ。ただ、一度嫌われ者のレッテルを張られると、それをはがすのは相当難しい。

 嫌われ者本人は何を考えているのかわからない。自分の境遇に声を荒げることも、涙を流すこともしない。いつも黙って生活を送っている。会話は、必要最低限だった。

 ある時、嫌われ者と二人で話す機会があった。放課後の誰もいない教室だった。初めてというべき会話は難なく進んでいった。話が弾んでいくほどに、私は嫌われ者が嫌われる理由が理不尽だと再認識した。

 私は思い切って嫌われていることについて聞いてみた。嫌われ者のその子は少し表情を硬くして、でもすぐに口元を緩めって言った。

「嫌われた理由なんて知らないけど、嫌われる最初の瞬間って空気でわかるものだよね。別にあの人たちが私を嫌っていたって、私にはたいして変わりはないよ。部活に行けば話をすることもある。あの人たちの権力だって、そんなところまで及ばないもの。」

 私は感心した、嫌われ者の元凶たちよりずっとその子は大人な気がした。学校に来るのがつらくならないの、と続けて聞いた。その子は今度は面白そうに笑った。

「そんなことで、学校に行かないなんて。学校に来るのは自分のためでしょう。私には将来の夢があるの。そのためには勉強しないといけないから。だから学校に来るんだよ。嫌われる嫌われないで学校休んだりはしないよ。」

つらくないの。一人でいるの。

「別に。そもそも、この世界に何人のいると思う。」

60億人だっけか。

「それぐらい、本当は70億人ぐらいいるみたいだけどね。考えてみてよ。もし私がこの学校の全員に嫌われていたとしてもせいぜい70億分の千人。ましてやあの人たちは片手に入るほどの人数だよ。70億分の一桁なんて、数学でいったらゼロに等しいでしょう。気にするほどじゃあないってことだよ。もしかしたら、あの人たちの友達はあの一桁の人たちだけで、世界のあと69億人の人は私の友達になってくれるかもしれないでしょう。会ったことない人なんて山ほどいるの、まだ一人って決まったわけじゃない。」

あの人たちが聞いたら悔し紛れの言い訳っていうかもしれない。でも、私には夢のある、力強い言葉に聞こえた。世界って広いんだね。

「そうだね。これだけたくさん人がいたら、自分のこと嫌いになる人もいるし、それ以上に自分のこと好きになってくれる人もいるよ。一人でも、大事に思ってくれる人がいたら十分じゃない。一人ぼっちじゃなくなるんだから。」

その子はにっこりと笑った。笑うといい顔してるねって言ったら、すごく照れていた。まだ見ぬ友達に思いをはせて、明日も学校に来るんだなっと思った。


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日常の非日常 桜河 朔 @okazu965

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