来る者、去る者 前編
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――――《Side:Bertha》――――
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今日、新しくリィン様直属の家臣に加わることになったローディアさんは、ハルロッサ様から紹介された時からとても礼儀正しく、丁寧な物腰の方だった。飾り気のない黒色の杖を持っていましたが、身長以上の長さがあるそれは、歩行を補助する為ではなく、護身の武器として持っているみたい。
そして私――ベルサは、ハルロッサ様からローディアさんを離れの新しい部屋に案内するよう申しつけられている。2階建ての離れは、すでに1階をユージンとギースの一家がそれぞれ使っているから、ローディアさんの住処は必然的に上の階になってしまう。
「部屋は2階になりますが……よろしいですか?」
「構いませんわ。住居まで用意していただけるなんて、ありがたい限りですわ」
お年寄りに階段を登らせるのもどうかとも思ったけど、ローディアさんも2階で大丈夫と言ってくれた。それなりに急な階段にもかかわらず、ローディアさんは上がり慣れている私よりも軽々と階段を上っていく。
(まさか、噂の赤獅子が我が家に来るなんて)
ローディアさんが家に来る前に、ハルロッサ様からそれを聞いた時、私は内心冷や汗でダラダラだった。
「赤獅子」ローディアといえば、大昔に反乱があった私の故郷の地方を蹂躙した恐るべき人物で、私も私の親も「いうことを聞かないと「赤獅子」がやってくる」と言い聞かされて育った。大人になってからはすっかりそんなことも忘れていたし、なにより実在する人物だとも思ってもいなかった。
聞けば、御年すでに70を過ぎているらしい…………そんなに長生きした人は、今まで見たことない。
(でも……思っていたよりは怖くないし、むしろ……いいお婆さんにしか見えない)
そう……聞いていた噂とは裏腹に、第一印象は悪くないと思った。過去のことなんか気にしないで、これから新しい仲間として付き合っていけばいい、そう思っていた。
この言葉を聞くまでは―――――
「ベルサさんは、ハルロッサ様のことはお好きですか?」
「え―――――?」
ローディアさんを離れまで案内して、新しいお部屋をご用意しているとき……彼女はいきなりこんなことを聞いてきた!
「す、好きとか嫌いとか! そ……そんな風に思ったことは一度も…………!」
「あらそう。けっこう信頼されているように見えましたもので、そういった気持ちも秘めているものかと」
そう言ってにかっと笑うローディアさんは、私よりかなり年上なのに、10代の女の子のような表情でにかっと笑った。
私は――反射的に否定してしまったけれど、正直今までそんなことを考えたことがなかったから、凄く返答に困ってしまった。
「と、とにかく、この部屋は今日から自由に使っていただいて構いませんから!」
これ以上相手のペースに巻き込まれたくなかった私は、話題を逸らそうと、離れの説明に移る。
「ふふふ、顔赤くなってますわ」
「ちょ、ちょっと暑いと思ってるだけです!」
もちろん暑いというのは嘘だし、きっとローディアさんには見破られていると思う。
けれども、好きとか嫌いとか、思ったことはないのは本当。私はもう33歳だし、ハルロッサ様とは歳が3倍も離れてる。
それになにより、私はリィン様と絶対神様に命を捧げる身…………
生涯結婚はおろか、恋愛することもない。
「それを抜きにしましても、ハルロッサ様はベルサさんのことを、とても信頼していたようにお見受けしましたわ。あんな子の信頼を勝ち取るなんて、ベルサさんもなかなか見事な手腕をお持ちですのね。」
何を言っているのかしらこの方は…………それじゃまるで、私がハルロッサ様をたぶらかしたみたいにきこえるじゃない。
「それとも気が付いていらっしゃらない? ハルロッサ様のあの目、すべて見抜いてやると言わんばかりの眼力。10歳の子供で、あんな死線をくぐったような目は初めて見ましたわ」
「確かに、最近のハルロッサ様は以前と少々変わられました。無実の罪で投獄され、絶対神様の祝福を受けたとおっしゃられておりますが…………」
「ベルサさん」
「!」
ローディアさんは、急に私の両肩をつかんできた。
さっきまでの温和な表情は消えて、すごい真剣な――――氷の彫刻のような顔で私を射抜いてくる。
「ハルロッサ様は、何があってもあなたを捨てようとはしないわ。それだけはずっと心にとどめておきなさい」
「ハルロッサ様が私を捨てる……? そんなことあるわけないじゃないですか!」
思わず私はローディアさんに向かって怒鳴ってしまった。
でも、それくらいローディアさんの言葉は、私をバカにしているように思えた。
「確かにあなたは私の3倍ものお給金で雇われたんでしょうけど、だからと言って私を見下すんですか? さっすが王都育ちの方は違いますわねぇ! 真の忠誠を……舐めないで!」
「…………言い方が間違っていましたわ。ベルサさん、どうかハルロッサ様を見捨てないで上げてくださいね」
「黙りなさい! これ以上私やハルロッサ様を侮辱しないで!」
この人は……私のことを何だと思ってるの……!
たとえ万が一……ハルロッサ様が私を見限ることがあっても、私は決してハルロッサ様を見限りはしない! それが私の誇り! それが私の生き方なんだから!
悔しいことに、この人は新入りなのに5倍にまで引き上げられた私のお給料の、さらに3倍以上ものお給料をもらう契約をしたって聞いている。
そりゃあ、私とローディアでは実力に圧倒的な差があるし、ハルロッサ様が言うには、この人にはこれから私たち古参組3人以上の仕事を一手に担ってもらうらしいから、妥当といえば妥当なんだろう……
けれどもこの人の黒い部分を見た今となっては、納得いかない気持ちが沸き上がってくる。たとえ私が彼女に勝てる部分が忠誠心だけだったとしても…………リィン様とハルロッサ様はそれが一番大切なんだとおっしゃってくれた……!
「まだ変なこと言うようなら、私からハルロッサ様に告げ口する。私の信頼を甘く見ないほうがいいですよ!」
「そうね。いい心がけだと思うわ。今の気持ち、ずっと大切になさい」
「言われるまでもありません!」
失望したわ。かなりの人格者だと思ったのに、こんな黒い性格をしていただなんて……! こんな人とこれから一緒に働くのかと思うと……気が滅入りそうになる。
「言いたいことは言いましたか? 私はこれから、リィン様の身の回りのお世話をしなければならないの。後のことは全部ご自分でなさってください」
「わかったわ。ゆっくり荷ほどきさせてもらうわね」
私は部屋の掃除をさっさと切り上げて、邸宅に戻ることにした。あのまま居たら、私はあのババアを殴ってしまいそうだ。殴っても返り討ちにされるだけでしょうけど……
なんだかとても悔しい…………! ちょっと実力があるってだけで人を小ばかにして……! こうなったら私もバリバリ働いて、真の忠誠というものを見せてやろうじゃないの!
「ハルロッサ様、ただいま戻りました」
「ベルサ、なんかさっき叫んでた?」
「…………虫が出ただけです」
邸宅に戻ると、丁度居間でハルロッサ様と同僚たちが、今日の仕事の成果について話し合っていた。
「二人は5日後から新兵たちの隊長として、ローディアの訓練を受けてもらう。ローディアは見た目お婆さんだけど、訓練はなかなか厳しいと思う。これも将来の為と思って、頑張ってほしい」
「う、うっす! ハルロッサ様のお役に立てるなら喜んで!」
「俺も丁度鍛えなおしたいと思ってたくらいッスから!」
新入りのギースとユージンもちゃんとお行儀良くしている。今の私にとっては、彼らの方がむしろ信頼がおける気がする。絶対神様に帰依したっていうし、根はいい人なんだろう。
今は情けをかけてあげるわローディア。せいぜい化けの皮がはがれない様、頑張るのね。
「アイゼンシュタインとボーリューは、引き続き新兵の受け入れをよろしくね。特にボーリューはこれからどんどん忙しくなるだろうけれど、困ったことや足りない物があったら、どんどん言ってほしい」
「恐れ入ります」
なんだか最近、私も含めてみんな以前にも増して生活が充実してきているように思える。まあ、お給料がものすごく増えたっていうのもあるかもしれないけれど…………あの日以来リィン様もハルロッサ様もとても元気になられて、仕えている私たちまでやる気がわいてくる。
ああ、ハレルヤ! 絶対神様、祝福してくださって感謝しております。
…………出来るなら、あのババアも改心させてください。
「それとベルサ」
「え? あ、はい!」
「ちょっと上の空だったけど、どうかした?」
「その、少々絶対神様に感謝の祈りを捧げておりまして」
「?」
ハルロッサ様は少し首を傾げた。あぁ、なんだかその仕草がとても神々しくあり、かわいらしくも見えてくる!
「ベルサにも大事な仕事があることを言っておきたくて」
「はいっ! 私はハルロッサ様のためなら、何でもしますから!」
「……そこまで気張らなくても大丈夫だよ。3日後にシシリアさんが邸宅を引き払って実家に戻るから、その最後の顔合わせについてきてほしい」
「シシリア様が、邸宅を………」
そうだった。私はこれから、過去を清算しに行かなければならない。
かつて仕えていた主であり……そして今の主の仇敵と、訣別するときが来たんだ。
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