ローディア
シェルナ伯爵家の家臣に案内され、僕とローディアは城の一角にある応接室へと足を運んだ。部屋の窓からは、ちょうど中庭の面接の様子が遠巻きに見えるようになっていて、外の様子を気にしつつ会話できそうだ。
扉をくぐると、赤色のしっかりした鎧を着て槍を持った兵士が左右に控えている。僕が通ると、兵士は槍を掲げて敬礼してくれた。うんうん、なんか急に偉くなった気分。
そして、僕に続いてローディアが部屋に入ろうとしたとき、件の家臣がローディアを止めた。
「失礼。武器をお預かりしてもよろしいでしょうか」
「これのことかしら」
ローディアは手に持った杖でトントンと軽く床を叩いた。
軽く叩いたにしては音が重いな。杖の中に鉄でも仕込んでいるのだろうか? それにこの家臣も良く気が付いてくれた。部屋に入るときに、見張りの兵士は武器を預かる決まりになっているのに、兵士はローディアが持っていた杖を武器だと認識せずに預からなかった。
これはなかなか大問題だ…………もしローディアが暗殺者だったら、僕の命は簡単に奪えてしまう。このことは、あとで父親に報告しておこう。
「ではこちらの棒は規定により預からせていただき―――うわっ!?」
「まあまあ、大丈夫?」
杖を預かった兵士は、案の定、想定外の重さに驚いてひっくり返りそうになったけど、よりによってローディアに支えられて事なきを得た。
どうすんだよこれ、うちの領の兵士の訓練が行き届いていないことがバレバレじゃん。
「ごめんなさいね、その杖は護身武器も兼ねてますので
「ああ……うん。うちの兵士が見苦しいところを見せて申し訳ない。さ、どうぞおかけください」
ソファーに座ってもらったローディアを、改めて観察する。
手は武芸ダコや細かい傷が走っている、まさに武人の手。顔は穏やかだけれど、目線が僕の全身をくまなく見ているように思える。彼女もまた、僕のことを量ろうとしているわけか……。なんかえらいのが来たな本当に。明らかに雰囲気がただものじゃないし、戦いもかなり場慣れしていると見た。
「ローディアさんは我が領への士官をお望みで」
「ええ、シェルナ伯爵家というよりは、私はハルロッサ様にお仕えしたく」
「理由を聞いてもいいですか?」
「実は私、5年前から各地を巡る旅をしておりますの。そして、つい先日この地にたどり着いて逗留しておりましたら、先日のお祭りを目に致しました」
「お祭り……」
ああ、この人もあの不当判決反対行進を見てたんだ。なんだか恥ずかしいな。
「あの一件以来、私はハルロッサ様に興味を持ちまして、その後すぐに人を募集し始めましたから、せっかくですので、この老骨でもお力になれないかと思い、参上した次第ですわ」
「なるほど…………傭兵か何かをやられているのですか?」
「いえいえ、私は元々辺境の方で一介の武人として勤めていましたが、遅い結婚を機に引退しましてね。それでも、身籠っている間にも鍛錬は欠かしたことがありませんでしたわ。子供も5人いるのですが、ようやく全員独立しましたので、余生は好きに生きてみようと思い、各地を旅しているわけです」
「で、その余生の過ごす場所が、僕のところというわけですか」
「ふふふ、ハルロッサ様を見ていますと、まだ小さかった子供たちや、孫を思い出しますの。ほかの子供を見てもそう思ったことはなかったというのに、不思議なものです。そう、まさに神様のお導き、とでも言いましょうか」
神様のお導き……まさか、ね
『言っとくけど、私は何もしてないわよ。この子は純粋にハルに興味を持っているんじゃないかしら』
まあいいや。とにかく、ローディアは自分の意思で仕官してくれたことは確かみたいだ。ちょうど戦闘経験がある人が欲しかった時に、これほど大物が来てくれるなんて都合がよすぎるとも思うけど、本人がやりたいというのなら、ありがたく力を貸してもらおうじゃないか。
これでさらに、兵士を率いた経験があれば文句なしだ。
「ちなみに、用兵の経験はありますか」
「ええ、自慢ではありませんが、一時期は王国の一部隊を任されたこともありますわ。内乱くらいなら、きっとお役に立てますわ」
「マジか……」
僕は思わず絶句してしまった。
王国の正規兵を率いたことがあるとかどんだけだよ! 学生野球チームのコーチに、元プロ野球一軍選手が来たようなものじゃないか!
すごく嬉しいんだけど、どうしよう……逆に持て余さないか心配だ。と、とりあえず彼女の満足する待遇を与えて。
『ちなみに、彼女の経歴が口から出まかせだとは思わないの?』
…………う~ん、仕草から察すると嘘をついているように見えないし、正直そこそこのスペックがあれば、たとえ嘘だとしても十分なんだけど。ちなみに、リア様、彼女が嘘をついているかわかる?
『奇跡を消費するならば』
オーケーリア様、彼女の経歴に嘘はない?
『嘘はないどころか過少申告してるわ。彼女は、かつて「赤獅子」と呼ばれた最高クラスの将軍よ』
それはまた……
『現在年齢は74歳。仲の良かった夫は6年前に他界。本人が言った通り、子供が5人いてうち3人が男で、それぞれそれなりの地位についてるわ。そこからさらに、孫が19人に曾孫が4人いるわ。王国有数の杖術の達人で、兵を率いての功績も文句なし。53年前に起きた諸侯同士の争いで、敵を完膚なきまで叩きのめし、返り血に染まったその獰猛な姿から「赤獅子」の異名をとったの。まあもっとも、その頃は戦時中とはいえ略奪や虐殺を平気で行っていて、彼女の夫も敵に回った侯爵家から、7歳下の子供を無理やり奪ったものなの』
人ってホントに見た眼によらないんだね。とりあえず過去の所業には目を瞑ろう。
とにかくローディアは、今の僕足りないもののすべてを備えてると言っても過言じゃない。多少オーバースペック気味な気はするけど、他でも引く手あまたな能力なのに、僕のところにわざわざ仕官してきたんだ。気後れする理由もない。採用確定だ。
ただ、その前に一つ疑問がある。
「ですがローディアさん、なぜ僕のところような弱小の家に仕官しようと思ったのです? ローディアさんの腕前なら、王都の大貴族でも雇ってもらえるでしょうに。ああいえ、確かに我が家に来てくれるというなら、とても頼もしいですけど!」
「まあまあ、御冗談を。私のような腕前を持つ者くらい、この国には掃いて捨てるほどおりますわ。それに何分、この歳ですので、若い子に比べますとどうしても将来性がありませんからねぇ」
本当にローディア以上の腕を持つ人が掃いて捨てるほどいるなら、この世界はマジ半端ないなぁ。将来性についてはその通りなんだろうけど、どの国もローディアさんのことを欲しがらないのは、さっき絶対神様が言っていたことが原因なんだろうか? それともローディアから拒否してるのだろうか?
けれども一つ言えるのは、少なくともほかの国の引き抜きを警戒する必要はあまりなさそうなことか。
「わかりました。ローディアさんには、ぜひ僕のところで働いてもらいたい。
でもその前にもう一つ…………実際に杖術の腕を見せていただくことはできますでしょうか?」
「ええ、構いませんわ」
ローディアは待ってましたとばかりに杖を片手に立ち上がる。
「それじゃあ、もう少し広いところに行きましょうか。君、ええと………名前は」
「ドヴォルザークです」
「(音楽家?)ドヴォルザーク、裏庭の人払いをしてほしい」
「人払い、ですか? 畏まりました」
この部屋を用意してくれた伯爵家家臣ドヴォルザークに、裏庭の確保を頼んだ。彼にも自分の仕事があるだろうに、僕のわがままに付き合ってくれるのはありがたい。
人払いを命じたのは、このあとやることをあまり人に見られたくないからだ。
さてと、久しぶりに熱くなれるかな?
「ハルロッサ様、手はず通り、人払いは済ませておきました。私も下がった方がよろしいでしょうか?」
「いや、ドヴォルザークは誰かが来たときのために見張ってくれればいい」
「畏まりました」
城の裏庭は、樹がまばらに生える広めの庭園になっていて、伯爵家の一家が運動をしたり、散策して季節の花を楽しんだりできるようになっている。
季節は秋真っただ中で、冬がそれなりに厳しいこの地方では、木の葉が大量に散っていた。
それでも手入れはしっかりされていて、草木や花がちょうどいい長さに切りそろえられている。
夏までなら、この裏庭もそれなりに人がいたのだろうけれど、すっかり寒くなった今頃ここを訪れる用事がある人はほとんどいない。けど、それが今はかえって好都合。念のためドヴォルザークに誰も来ないように見張っていてもらうと、改めてローディアと向き合った。
「ここなら、杖を振り回しても、物を壊す心配はありません」
「素敵な舞台ですわね。観客が一人しかいないのが残念ですが」
「それは大丈夫です。いずれは嫌でも大勢の前で披露していただきますから」
「まあまあ、それは大変ですわ。では、リハーサルがてら型をお見せいたしますわ」
相手は子供とはいえ、権力者と二人きりという状態なのに、ローディアに緊張の色は見られなかった。
僕から15歩離れた位置に立ったローディアは、手に持った杖を構えると、ふぅと一息入れた直後、鋭い踏み込みと共に杖を一閃した。
「っ!」
自分が狙われたわけでもないのに、僕は反射的に後ずさりしてしまった。
その後も彼女は、まるで杖が生きて動いているように見えるほど、滑らかに演武を続ける。突き、払い、薙ぎ、打撃…………杖という武器は刃がない代わりに、どこでも持てるという利点がある。相手に受け止められるリスクは他の武器より大きいけど、それ以上にどんな武器でも相手にできるメリットがある。
芯鉄が内部に仕込まれた飾り気のない黒い杖は、軽そうな見た目とは裏腹に、低く唸るような音で空気を切り裂き、まともに打撃を喰らえばどのような結末を迎えるかが容易に想像できる。
それに、ローディアの動きを見ていると、心なしか彼女の動きの先に、攻撃を受けて倒れていく敵の姿が見えるような気がした。今までの彼女の経験と技術が、自然と相手を倒すために洗練された結果なのだろう。
(まるで奏さんを見ているようだ……)
僕に武術を仕込んでくれた育ての母、奏さんも、まるで透明人間を相手にしているような演武を行っていたことを覚えている。
残念ながら、僕はその境地にたどり着く前に死んでしまったけど、ローディアの動きを見て、またあの境地に達したいという気持ちがよみがえってくる。
「いかがでしょう」
「いや、これは想像以上だ!」
僕は思わず拍手をしてしまった。それくらい、とてもいいものを見れた。
彼女に武器の指導をしてもらえれば、戦いの経験のない素人でも、それなりに戦えるようになるに違いない。
「決めました! ローディアさん、ぜひうちで働いてください!」
「有りがたき幸せ、ですわ。老い先短い身ですが、力の限りを尽くさせていただきますね」
「ですが…………」
「ですが?」
不安があるわけじゃない。彼女の実力は十分わかった。けれどもまだ味わっていないんだよね――――!
「一度……僕と勝負してくれませんか!」
僕の申し出に、ローディアの笑顔がピシッと固まったように思えた。
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今回の技術
神の真理 カテゴリー:奇跡
【種別】調査
【効果時間】数秒
【レンジ】使用者のみ
【信仰力消費】時と場合による
絶対神様の力を借りて、ありとあらゆる情報を入手するとてもずるい奇跡。
ただし、一度に多くの情報を得ようとすると頭がパンクするので、必要な情報だけ取り出すことをお勧めする。
全知全能のリア様は、例外を除き知らないことはほとんどない――――と豪語するが、実は制限範囲も存在し、なぜかハルの前世で人々に理解されていない情報は、リア様も知らない。このメカニズムについては、もしかしたら今後明らかになるかもしれない。
ただ、少なくともこの世界についてのありとあらゆることは彼女は完全に把握しており、特殊な魔法技術や、遺失した伝承を掘り起こすこともできるほか、相手のプライバシーを素っ裸にするのも朝飯前である。
それと、得た情報は奇跡を維持していないと数秒で脳から消失する為、得た情報を紙に記憶しておくなどの対策も必要かもしれない。
発動は専ら「オーケーリア様」と唱えること
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