大人に任せて

「そんなわけで母さん、僕たちは3か月後に王都アルクロニスに行くことになったわけだけど」

「すごいじゃないのハル! これも絶対神様のご加護のおかげね」

「……そうだね」


 父親と面談した日の午後、僕の家で緊急家族会議が開かれた。

 内容は当然、父親から聞かされた王都行きの話で、今後の準備をどうするべきか全員で話し合おうとしているんだ。ところがリィン母さんは、いまいち事の重大さを分かっていないみたい。


「リィン様。恐れ入りますが、3か月という期間はそう長くはありません。その上この家ではリィン様とベルサ以外は王都はおろか、シェルナ伯爵領から出る事すらまれな有様。今から大急ぎで準備しなければならないことは山ほどありますぞ」

「確かにその通りですねボーリュー。滞在のお金や着ていく服、それに礼儀作法のおさらいもしなきゃ」

「あの……それ以上の問題が山ほどあるのですが」


 この天然気味なところが母さんの悪いとこだよね…………。ちょっと不安になってきたよ。母さんはもともと王都育ちだから、その辺色々分かってると思ったんだけれどなぁ。むしろボーリューの方が、よっぽど頼りになりそうだ。


「ボーリュー、今僕たちに足りてないのは?」

「端的に言えば「人」ですな。ここで暮らしていく分ならまだしも、王都に滞在するとなれば、護衛から小間使い、現地案内人や理髪師など、それこそ挙げればきりがありません」

「僕も同意見だ。あちらでの生活は、下手をすれば自分で身の回りのことをやっている暇すらなくなる」

「それに、今から礼儀作法の練習をしておかないと、付け焼刃では伯爵家の権威に関わりますわ」

「そうだね、ベルサの言う通り、僕は今まで貴族の礼儀作法とは無縁だったからね」


 そう、もう一つ面倒なのは礼儀作法の問題があることだ。

 何しろハルロッサは今まで家を継ぐ予定がなかったし、将来は聖職者になるつもりだったから、貴族のお作法について知らないことはたくさんある。

 しかも、リィン母さんもベルサも長い間王都から離れていたから、その間に王都での慣例が変わっている部分があるかもしれない。その点こういったことだけはシモーネ兄さんはある程度心得ているだろうし、シシリアさんあたりなら、こーゆーのは完ぺきにこなすんだろうな。


「護衛だって、アイゼンシュタイン一人だけじゃいざとなったとき困るし」

「ううむ、某にもっと力があれば……」

「いや、いくらアイゼンシュタインが強くなっても、どうにもならないことってあると思うんだ」


 護衛問題は、最悪滞在中ずっと無敵化の奇跡でもかけ続ければいいかもしれないけど、自分の身の安全のためだけに信仰を大量に消費してしまうのは、あまりよろしくない。


「それに、丁度この前の騒動のせいで家に仕官したいと言ってくる人が大勢いる。取り敢えずその中から腕が立つ人たちを、私兵扱いで訓練して護衛に使おう。ギースとユージンにはそれぞれ隊長となって、兵を率いてもらうつもりだ」

「お任せください!」

「ハルロッサ様の名に恥じない兵士を育てて見せます!」


 元悪党二人組にも、これからはがっつり働いてもらわなきゃね。古参の3人はあまりいい顔してないけれど、こればかりは時間をかけて馴染ませていくしかない。これがもっともっと人が増えてくると、派閥争いとかでき始めるんだろうな……。

 けど、そうは言ってもこの二人だけに練兵させるのはちょっと不安なのも確かだ。何しろあのクソ兄貴の下で、それもラングレンの取り巻きをしていたんだから、規律に対してどれだけの理解があるか、これが分からない。


「今はみんなでできることを順番にやっていきましょう。あれこれと抱えすぎるのもよくないわ」

「リィン様の言う通りですね……。ハルロッサ様、王都までの往復路と滞在については、私にお任せください。進捗は逐一報告します」

「ありがとう、それじゃあある程度はベルサに任せるよ」

「私兵の採用は私とアイゼンシュタインで行います故、ハルロッサ様もどうかご無理をなさらぬよう」

「うん、頼んだ」


 そっか、リィン母さんの言うとおりだ。僕はどうもここ最近、いろいろと急ぎすぎていたみたいだ。

 3か月しかない……じゃなくて、3か月もあると考える。前世の癖でつい生き急ぎがちになっちゃうけど、母さんみたいにゆったり構える余裕も必要なのかもしれない。


『ハル、あなたはまだ10歳なのだから、本当は周りの大人にもっと頼ってもいいのよ』


 大人をもっと頼る……か。

 ハルロッサは今まで大人に依存しがちかと思ってたけど、それが普通だったんだね。確かに、僕が大人だったら10歳児にあれこれ指図されなくても自分で動くに違いない。


「ハルにはお母さんと絶対神様が付いているわ。心配しないで、きっとなんとかなるから」


 そう言って、リィン母さんは顔を傾けてにっこり笑ってくれた。母さんの笑顔を見ると、心がとても和む。

 やっぱり母さんは母さんだけど、この日の「きっとなんとかなる」は今までで一番安心できる気がした。




××××××××××××××××××××××××××××××




 次の日、お城の中庭の一角で、私兵登用の面接の様子を、父親アウグストやその家臣たちと一緒に眺めている。

 先日の一件があって、あっという間に力を増した次男家の恩恵にあやかろうと、あちらこちらから腕自慢や職を求める人が大勢集まってしまい、その数は1000人以上にもなった。この人数は伯爵領の正規兵の3分の1に相当する。


「盛況なようだな、ハルロッサよ。この者たちすべてを召し抱えるのか? 必要なら金は出すが」

「まさか。護衛の数は、最終的に50人程度いれば十分です。それなりに腕があれば正規兵として雇い、訓練してもいいのですが、シェルナ伯爵領には特に戦をするような理由はありませんので、多くても300名程度で十分でしょう」

「そうか…………しかし、これだけ大勢があっという間に集まってくるのも、絶対神様の加護とお前の人徳によるものなのだろうな」

「今更ほめても何も出ませんよ」


 我ながら可愛げがない会話だなと思いながらも、一応謀反の意思はないことはそれとなく伝えておく。


「しかし、実に壮観な光景ですな閣下」

「まことにハルロッサ様が絶対神様のご加護を受けてから、領の活気が見違えるようです」


 後ろの家臣たちは、どの面下げてそんな言葉をほざくのかと問い詰めたい気分だけど、そんなことでいちいち突っかかるほど僕の器は小さくない。むしろ、若干嫌われてた僕がここ数日で大勢の家臣を味方につけられたのはいい傾向だ。


(それはともかく、アイゼンシュタインとボーリューがちゃんと人材を選別できればいいんだけど)


 昨日はあんなことを言って納得したけど、次の日になって少し過ごすうちに、やっぱりいろいろ不安になってくる。僕がここまで大人に対して不信感を持っているのは、それだけ周囲にロクな大人がいなかった証拠だ。

 母さんや古参の家臣3人は嘘をつかない分まだいいけど、父親やその家臣たちは危うく僕を冤罪で処断しかけたし、教会関係者は南教会の神父さん以外は、反吐が出るくらい俗物ばかり。いろいろ頼りたいのはやまやまだけど、どうしても自分の目できちんと判断しないといけない気持ちが抑えられない。

 なにしろ、兵士を雇うのはお金がたくさんかかるし、僕の身の安全にも直結する。


 あーあ、本当はすっごく頼りになる名将に訓練を一任したいんだけどな。シェルナ伯爵領は、父さんの代になってから一度も戦をしたことないから、出来れば経験豊富な将軍が欲しい。


『将軍が欲しいの? だったらどこかから無理やり連れてくる? よさげな人に、それとなく運命操作して、追い出されるよう仕向けて、絶望を味合わせてから救いの手を…………』


 いや、そんなひどいことしなくていいし、したらリア様とは絶交だからね。


『あらひどいわ。ま、乱暴者をおとなしくさせる奇跡くらいはあるし、何なら最悪兵士たちを洗脳しちゃってもいいんじゃない?』


 よくないっての。だいたい洗脳兵士とかいざというときに融通が利かないし、何より負けフラグだ。

 訓練に関しては、どっかで適当に山賊討伐でもさせて経験値を稼いでもらおう。弱い兵士の間引きもできるし、この時代は遺族年金とかないから一石二鳥だ。


『………ハルの方がよほど考えがえげつないわね』


 なんとでも言うがいいさ。実戦はどんな訓練にも勝るって、寿実も言ってたし。


 そんなこんなで、口では父親や家臣たちと会話しつつ、脳内で絶対神様とお話ししていると…………アイゼンシュタインと面接をしている一人の人物が目に留まった。


(お婆さん……?)


 そう、お婆さんが面接に来ていた。

 周りが20~40代の男性ばかりで、しかもただでさえ女性が少ない中で唯一見た目が確実に60を超える人がいる。

 その女性は、赤毛に白髪が多く混じっていて、日に焼けたのか元からなのか、やや褐色の肌をしてる。顔や手の甲には皺が多く刻まれていて、着ている服も茶色を中心とした枯れた色合いでまとめていた。

 けれども…………それ以上に何となくただならない雰囲気を、あのお婆さんから感じる。背筋がピシッと伸びて、全体的に動きがキビっとしてる。手には背より少し長めの杖を持っていて、どことなく軍人のような印象がある。

 そんな人が一体全体どうして兵士採用の面接に来たんだろうか?


(気になるな……せっかくだから少し話がしてみたい)


「父上」

「どうしたハルロッサ」

「今面接に来てるお婆さん、ちょっとただものではない気がします。せっかくなので直接話をしてみます」


 そう言って、面接中のアイゼンシュタインのところに行こうとしたとき、家臣の一人からとっさに声を掛けられた。


「よろしければ私は部屋をご用意しておきましょう」

「お願いします」


 お、気が利くじゃないか。まだ30代半ばのやや若い家臣だったけれど、この人のことも覚えておこう。もしもの時に役に立ちそうだ。


「アイゼンシュタイン」

「これはハルロッサ! 何かございましたでしょうか!」

「今面接をしている人と直接話がしたい。途中で済まないけど、いいかな?」

「はっ、某は構いませぬが……」


「お初にお目にかかります、ローディアと申しますわ」


 自らの名を名乗った老齢の女性は、僕の前で丁寧に頭を下げた。

 近づいてみると、遠くから眺めていた以上に存在が大きく感じる。

いったい何者なんだこの人は…………

 

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