兄と弟
冤罪事件があった僕の誕生日の次の日から、僕は精力的に行動を開始した。
日課だった南教会の訪問と、市街地での慈善活動だけじゃなく、それまでほとんどやってこなかった、シェルナ伯爵家の家臣たちとの交流も積極的に進めていった。
それと同時に、東教会でケンプフに加担して汚職をしていた聖職者たちを片っ端から制裁していく。ただし、わずかに残った清廉潔白な聖職者たちは、南教会の司祭さんのように控えめな人ばっかりで、教会の運営に支障をきたしそうだったから、汚職聖職者たちの中でも比較的マシな3人だけ残す。
一方で南教会は、第一教会に指定するという約束だったけど、司祭さん自身が「第一教会として運営していく自信がない」って固辞しちゃったから、結局権利は東教会にまだ残っている。もっとも、あの日の僕と孤児たちの活躍が一般市民から注目を浴びてしまったせいで、今や南教会は対応に大わらわみたいだけど。
それ以外にもやることはたくさんある。
少しでも体を鍛えるための特訓や、世界情勢を知るための勉強もしなきゃ。
奇跡ばかりに頼っていたら、何かあった時に困るのは僕自身なんだから!
「ハルロッサ様……いったい何があったのですか? 以前とはまるで別人のようですが……」
「それもこれも、絶対神様の導きさ。僕は今まで、慎ましいという名の怠惰な生活を送ってきた。先日のアレも、僕がもっとしっかりしていれば、起きなかったことだ。絶対神様に見込まれたからには、全身全霊、気合入れていかなきゃね!」
「どうか無理をなさらないでください……。ハルロッサ様の身にまた何かあったら一大事ですので」
領内の有力者を訪問した帰り、ボーリューが心配そうに僕のことを気遣ってくれた。
いや、気遣うというよりも、僕の仕草に違和感を感じているといった方がいいのだろうか。
「それよりも、ボーリューにも手伝ってもらいたいことがいっぱいある。お給料を増やしたからには、その分しっかり働いてもらうからね♪」
「うっ…………努力いたします」
優しくて引っ込み思案だったハルロッサを知っている人たちは、きっと僕の変わりように驚いているだろうな。
僕からしてみれば、今までのハルロッサは甘えすぎていたと思う。
つつましやかな生活をしていたといえば聞こえはいいけど、前世の僕から見れば親の脛を齧るニートと一緒だ。10歳児だから仕方ないとはいえ、今までシェルナ伯爵領のためにほとんど何もしてこなかったに等しい。そりゃロートハウゼンを中心とした家臣団に見限られても仕方ないよね。
『ハルロッサったら、本当によく動くわね。疲れないの?』
疲れるとかつらいとか、言ってる場合じゃないって、何度も言ってるよね! それに、僕がこうまでしないといけなくなったのは、リア様のせいなんだから。
『あはは、それもそうだったわね! 疲労回復なら信仰消費は殆ど無いから、いつでも言いなさい』
この日も、礼拝堂でお祈りした後は夜遅くまで腕立てとスクワット、それに格闘術の型の練習に励む。
弱体なハルロッサの体は、連日の訓練でたちどころに悲鳴を上げているけれど、これでも前世に比べれば格段に物足りない。こうして、疲労がたまるたびにリア様に回復してもらえるのが、せめてもの救いかな。
「ふぅ……とはいえ、明日はあれか……。今日くらいはさっさと寝よう。母さんも心配しているだろうし」
×××××××××××××××××××××××××××
「おいハルロッサ、お前余計なことしてくれやがったな!」
顔合わせした瞬間、シモーネ兄さんは殴りかかるような勢いで僕に詰め寄ってきた。
「まあ落ち着いてくださいな兄上。いったい僕が何をしたっていうのです? むしろ、この前の件で兄上が濡れ衣を着せられそうになったのを、事前に阻止してあげたのですから、てっきりお礼を言いに来たのかと」
「だから! それが! 余計な! ことなんだよ!」
この日僕とシモーネ兄さんは、父親からの呼び出しを受けて、城内の謁見の間に来ていた。
前にも言った通り、シモーネ兄さんは普段はシェルナ伯爵領の一地域を領主として治めていて、普段はあまり会うことはない。年もかなり離れていて、僕より8歳も年上なんだ。
しかし、口を開けばご覧のありさまで、昔から兄弟仲はすごく悪かった。
向こうは僕のことを味噌っかすだとバカにしていたし、僕は僕で嫌がらせをしてくるシモーネ兄さんは大の苦手だった。
「なるほど! 兄上はあえて濡れ衣を着て、僕の代わりに処刑されたかったんですね! そんな趣味があるなんて知りませんでした!」
「うるせーーーーーーっ!! お前が! 余計なこと! しないで! そのまま! 死ねば! よかったつってんだろうが!!」
今までいじめてた相手が、急に生意気に反抗してきたんだから、そりゃイライラするよね。
味噌っかすはずっと味噌っかすらしく、おとなしく言うことに従えってところかな。
「なんだその目は……! テメ今ここでぶっころしてやるぅぅっ!!」
おっと、とうとう殴りかかってきた。けど、兄上は動きがとろいから、僕が反撃する前に数人の家臣に取り押さえられた。そして僕は、ちゃっかりアイゼンシュタインの後ろに回って、彼を盾にする。
「おやめくださいシモーネ様!」
「放せコラ! お前らもあいつの手先かよ! 鞭打ち刑にしてやる!」
「お怪我はありませぬかハルロッサ様!」
「僕は大丈夫だよアイゼンシュタイン」
そんな感じで、久しぶりに会った兄さんをおちょくっていると、ようやく父親のアウグストが謁見の間に姿を現した。
「二人とも、何の騒ぎだこれは」
「あ、父上。おはようございます。本日も父上がご健勝でなによりです」
「うむ……」
「父上! ハルロッサが! ハルロッサが、跡継ぎであるこの俺に、生意気な口をききやがって!」
「見苦しいぞシモーネ、少し落ち着かぬか。年長のお前がそんな大人げない態度でどうする」
怒られてやんの、ざまぁみろ。
シモーネ兄さんも、父さんに注意されて、やっとクールダウンした。それでも、僕に恨みがましい視線を向けるのはやめないみたい。前世でこういう手合いの相手は慣れているとはいえ、いやな気持になるなぁ。
「二人を呼んだのはほかでもない、お前たちにそれぞれ重要な話がある。まずはシモーネ」
「なんだよ父上…………」
不貞腐れるシモーネ兄さんを見て、父さんは「重要な話」とやらを口にするのを一瞬ためらったようだけど、少しして決心がついたのか、厳かに口を開いた。
「私は3か月後にまた王都アルクロニスに戻り、そこで半年過ごすことになる。その間、お前には私の代理でシェルナ伯爵領を治めるのだ」
「え、ホントか父上!? 俺にシェルナ伯爵領をくれるのか!? よっしゃあ!」
「あくまで代理だ。まだお前に譲ると決まったわけじゃない」
「いいじゃねぇか父上、この際だから有能な息子にバーンと譲っちまえよ!」
おおっと、父さんもまた思い切ったことをするな。
シモーネ兄さんに、次世代の領主としての在り方を叩きこむために、あえてそうしたのか。兄さんもシェルナ伯爵領を好きにできると思って喜んでるな。
でも、残念ながら兄さん、あんたの思った通りにはいかないと思うよ。
「最後まで人の話を聞け。お前が私の代理をやるからには、当面の間お前はこちらで生活してもらう」
「おうよ! 父上の持ってる館も好きなように使っていいんだよな!」
「…………私の館への許可のない立ち入りは禁止する」
「なんでだよ! まあいいや、有能な俺にかかれば領の統治なんて余裕余裕! あんまりにも俺が有能すぎて、帰ってくる頃には父上の立場無くなってるかもな! ははは!」
「………………」
わかってないな兄さんは。父さんは不在の間に、兄さんが下手なことできないよう自分の領地からはなれさせたうえで、ロートハウゼンら家臣団に監視させるつもりだ。父さんにしては考えたね。兄さんは、目先の利益につられて思惑に全く気が付いていないんだから。
『あなたのお兄さんは、本当にどうしようもない人ね。奇跡で矯正してあげようかしら』
信仰がもったいないからいいよ。
今の兄さんはもう、煮込みすぎた豆腐さ。
『すくいがたいってわけね…………。あれだけ親兄弟が欲しいって言ってたのに、冷たいのね』
リア様のおかげで、親兄弟がいればそれだけで幸せだっていうのが間違いだってわかったよ。後ろ指さされなくなったのはありがたいけどね。
「次にハルロッサ」
おっと今度は僕の番か。さて、何を頼んでくるつもりだろう。兄上のお守を頼んだ、とか?
「お前は3か月後に私と共に王都へ行くことになる。そのための準備を今からしておけ」
「えっ!?」
「はぁっ!? ちょっと待てよ父上! まさかアレにハルロッサを出席させるのか!? 冗談じゃないぞ!」
3か月後……つまり冬の終わりの時期に王都アルクロニスに行くってことは……………
「半年後、王太子様の即位式にはハルロッサを出席させる」
「ふざけんなよ父上!? 跡継ぎは俺のはずだろ!?」
シモーネ兄さんは父上に食って掛かろうとしたけど、またしても家臣に止められる。その間にも父さんは平然と話しを進める。
「その通りだ。跡継ぎはシモーネ、お前だ。だからお前には、私の代理を任せている」
「けどよ!! なんでハルロッサが………!!」
「即位式に出席する公伯の子女代表は、跡継ぎであると決まるわけではない。それに、これはもう決めたことだ。従わないのであれば、お前を後継候補から外すが…………」
「……ちくしょうっ!」
シモーネ兄さんが、殺意の籠った逆恨みの視線で僕を睨んでくる。
そんな憎悪丸出しで睨まれても……僕だって式典には王都にいる妹が出席するものと思ってたから、こんなことは予想もしていなかったよ。
王太子様の即位式が半年後にあるということは僕も知っていたし、各国の代表が勢ぞろいして、将来の聖王に忠誠を誓う大規模な行事になることは嫌でも予想がつく。
ああ………また面倒なことになりそうだ。
「おいハルロッサ! お前からも断れ! バカな僕にはできませんって!」
「……兄上、それ以上バカな口をきくと、本当に後継者候補から降ろされますよ」
「ギギギ…………」
ヨハイーナさんはこのクソ兄貴に何を教えてきたんだろうか。
主君の器というなら、まだ血のつながっていないヴォルフガングの方が、表面をとりつくろえるだけましだったよ。
「二人への話は以上だ。それぞれ今後のことを考えて、あらかじめ準備しておくように」
そういい終わると、アウグスト父さんはさっさと謁見の間を後にした。領内の収穫がそろそろ終わりに近づいてるから、きっとこの後も予定がいっぱいで忙しいんだろうな。
若干顔色がよくなかったような気がするけど、大丈夫かな。
「これで終わりだと思うなハルロッサ! 夜道には気をつけろよ!」
「僕が死んでも、じゃあ兄上が代わりに行くかってことにはならないと思いますがね」
「それと! 盗んだ家臣! 返せ!」
「盗んだんじゃないのでお断りします。それでは僕も準備で忙しくなるので、これで」
とりあえず、やることが増えてしまった。兄上をおちょくって、遊んでる暇はない。
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今回の技術
聖術マスタリー カテゴリー:奇跡
【種別】強化
【効果時間】任意
【レンジ】使用者
【信仰力消費】軽め
一時的に聖術のカテゴリの術を行使できるようになる。信仰の消費は、使用する聖術の規模による。
聖術とは、一般の聖職者が神様の権能の一端を借りて行使する術であり、主に神聖なる光での攻撃や回復治療を司る。ちなみにハルロッサは簡単な回復術程度ならすでに修得済みである。
もともと「神様の権能を借りる」という術カテゴリなので、魔術を一時的に使うよりも、信仰消費は少なくて済むようだ。
リカバリー カテゴリー:聖術
【種別】回復
【回復効果】気力回復
【レンジ】1人~
【消費術力】軽め
肉体の疲労を回復する聖術。どれだけ疲れても一瞬で回復するので、ブラック企業なら喉から手が出るほど欲しがるだろう。しかし、初歩の術なので何回もかけ続けると徐々に効果が落ちてきて、最終的に体が受け付けなくなる。
この術のせいで、この世界の戦士たちは能力がハルロッサの世界と比べて異常なまでに成長するほか、継戦が凄まじいことになっている。
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