預言者探偵ハルロッサ 後編

 僕が呼ぶ声を聞いて、アイゼンシュタインが謁見の間に入ってくる。

 リィン母さんと家臣二人は、行方不明だったアイゼンシュタインが無事だったことを喜んだけど、同時にアイゼンシュタインが荷車で何かを運んできたことに、怪訝な目をしていた。


「無事だったのかアイゼンシュタイン!」

「てっきりあなたまで捕まったのかと!」


「ボーリュー、ベルサ、心配かけた。ハルロッサ様を我が命に代えても助けねばと、牢に乗り込んでしまった。逆にハルロッサ様に助けていただいてしまったが……」


 実は、僕は今までアイゼンシュタインに、昨日手に入れたばかりの切り札の保管を任せていたんだ。彼はとても実直な男だ。裏切る心配がない人間は本当に貴重なんだって、改めて感じたよ。

 僕が預けた切り札というのは、今アイゼンシュタインが荷車に積んでいる、高さ2メートルくらい、幅が1メートル弱四方の木箱だ。箱にはロープがぐるぐる巻きにされていて、ふたが開かないようにしてある。

 本来であればこれは、武器とかを保管するのに使う箱なんだけど、その大きさから「あるもの」を入れるのにぴったりなんだよね。


「ケンプフ司教、それに父上やロートハウゼン。僕のことを犯人扱いする最大にして唯一の理由、それは「僕が宝物庫の中にいたのを見た」ことだよね?」

「その通りだっ! ハルロッサ、貴様があの場にいたことこそ何よりの証拠っ!」

「はいはい、喋るのは勝手だけど、あまり汚い唾を飛ばさないでくれ」

「き、汚っ!?」

「さて、父上。宝物庫はこの城の二階、バルコニーの反対側にあると思うのですが、なんでも「その場所にいた僕」は衛兵に気づかれることなく宝物庫に侵入し、父上たちに見つかった瞬間、宝仗を盗んで二階の窓から逃げて行ったそうだけど……。ちょっとでもおかしいと思わなかったんでしょうかね? そもそも僕にそんな身体能力があるは置いといて、伯爵家の伝来家宝の宝仗を盗んだ奴が、盗んだ後にのんきにお祈りなんかするでしょうか? おかしいと思いませんか?」

「…………確かに」

「言われてみれば」


 父親やロートハウゼン他、あの時その場にいた家来たちは、お互い困ったように顔を見合わせている。きっと、どこかでおかしいなと思っていたのかもしれない。まあ、思ってたとしても、言わなきゃ意味ないけど。


「ハルロッサ! さては領主様が見たのは偽物だったというのか? 失礼だと思わぬのか! 貴様は嘘偽りを述べるだけでなく、領主様の目は節穴だと言いたいのか?」


 いや、そこまで言ってないし。いや、心の中でちょっとは思っているけど、こいつの口からその言葉が出るってことは、こいつもそう思ってるってことか。

 言えば言うだけ、自分の身を危うくしているのにまだ気が付かないのかこのおバカは。


「ハルロッサよ。その箱の中に、それを覆す何かが入っているということか?」

「その通りです父上」


 父親も気になっていることだし、これ以上観衆を焦らすのも無意味だ。


「アイゼンシュタイン、紐を解きなさい」

「はっ」


 アイゼンシュタインが腰に差している剣を抜くと、箱を縛っているロープを一刀両断した。ロープの抑えがなくなったことで、木箱の蓋が前の方に倒れると同時に、中から何かが飛び出した。


『!!??』


 僕とアイゼンシュタイン、それに元悪党二人組以外の全員が、飛び出したものを見て驚愕のあまり言葉を失った。これが漫画だったら、目玉がポポポポーンと飛び出して、クラッカーのようになっていたかもしれない。


 なにしろ、箱の中から出てきたのは、手足を縛られて猿轡をかまされた「もう一人の僕」だったのだから。

 ショートカットの明るい茶髪に、このあたりでは珍しい母親から遺伝した真紅の瞳、右の眼もとには泣き黒子がちょこんとある。身長もやや小柄でやせ型なんだけど……

 よく見るとこいつは身長が小さいだけの大人の骨格だし、目元の黒子はインクか何かで書いてあるだけだから、かなり不自然だ。顔つきは結構似ているのに、惜しいね。

 でも、この偽物には僕と決定的な差がある。


「はいそれじゃ、好きなだけ喋って、どうぞ」


 そう言って猿轡を取ってやると―――――


「ちくしょう! 放せコラ! 鎧ゴリラ野郎放せコラ! お前らこんなことしてただじゃ済まねぇぞ!」


 もう一人の「僕」が僕とは似ても似つかない濁声で、思い切り僕やアイゼンシュタインを罵ってきた。どうやら、狭い箱の中にずっと閉じ込めていたせいで、精神に異常をきたしているようだ。今自分がどんな状況に置かれているのか、まったくわかっていないらしい。


「わざわざ紅い目の人を探してきて、ご苦労なこった。ユージン、こいつはどこにいたんだっけ?」

「第三婦人シシリア様邸宅の離れに潜伏していました」

「それに間違いないねギース」

「もちろんです。実際、この男が宝物庫に潜入することになると、ラングレンから知らされていました」


 次から次に明らかになる衝撃の事実に、その場にいた人々は大混乱だ。

 一応リア様からは、僕の偽物の正体については聞いていたんだけど、実際に元悪党二人組に案内してもらって、シシリアさん宅の離れに潜入してみて驚いたよ。暗いところで見れば、本当に僕と瓜二つだったんだから。

 二人からさらに話を聞いたところ、偽物はマディアスって名前の盗賊で、今回の計画のために、ラングレンの伝手でシシリアさんに雇われたんだって。

 なるほど、盗賊なら宝物庫に忍び込んで、二階の窓から逃走するのも容易だし、聞けば宝物庫の衛兵も買収されていて、こいつにやられたふりをしていたそうな。買収された衛兵は、責任を取って辞職したらしいけど、上手く逃げ切って今頃ホクホク顔だろうな。

 けれども、こいつの身柄を確保できたのは大きな収穫だった。他人の家に忍び込んだ挙句、寝ているところをふん縛って誘拐なんて真似をしたのは、現世でも前世でも初めてだ。


「父上、これでもまだ僕が犯人だと思いますか?」

「なるほど。ようやっと合点がいった。ハルロッサだけでなく、私をも欺くとはな……」


 父親よ……今更怒っているようだけど、元はといえばあなたがもっとしっかりしてれば、僕はここまで苦労することはなかったんだけどな。

 でもやっぱり、権力者の怒りは怖い。ケンプフの野郎とシシリアさんが、完全に涙目だ。


「りょ………りょりょりょ、領主様! これは罠ですぞ! 耳を貸してはなりませぬ! 全て! すべてハルロッサが仕組んだことに間違いありませぬ! この偽物とか申す男も、事前に用意していたのでしょう!」


 こいつも諦め悪いな。チューバッカ弁論はもう聞き飽きたよ。

 面倒だから、ちゃっちゃと終わらせちゃおうか。


「ユージン、ギース、最後の質問だ。宝仗は今、どこにある?」

「はい、宝仗は今、ヨハイーナ様の邸宅の――――」

「調理場の倉庫に置いてあります」


「なんですってえええぇぇぇぇぇっ!!」


 ヨハイーナさん、絶叫す。突然、自分に罪をかぶせられたかと思ったんだろうか。厄介なので、静かにしてもらおう。にしても、本当に面倒だなこの人。父親はこの人のどこを好きになったんだろうか? やかましいし、浪費癖もあるし、若いころは綺麗だったんだろうけど。


「まあまあ、落ち着いてくださいヨハイーナさん。貴女も僕と同じで、濡れ衣を着せられるところでした。貴女だけではありません。シモーネ兄さまも、危うく被害者になるところでした。なぜなら、これはシシリア様が仕組んだ陰謀だからです。シシリア様は、弟ヴォルフガングを次期跡取りにしたいがために、シモーネと僕を追い落とそうとしていたのです」


 僕の話を聞いて、シシリアさんは茫然とその場に腰を落としてしまう。


「まずシシリアさんは、僕に罪を着せるために、わざと偽物を目に付くように行動させて宝仗を盗み出しました。思惑通り、僕は家にいたにもかかわらず、現行犯で捕まってしまいました。後は拷問して僕を殺して、ついでに罪を自白したことにして、母上を処刑させます。しかし、僕を処刑しても、宝仗は見つかりません。ではどうなるか? ここで誰かが、宝仗がシシリアさんの家にあり、兄シモーネの領地に持っていかれるところだったと、密告者が現れる予定でした。おそらくラングレンがその役を担っていたのでしょう。こうして、ヨハイーナさんと兄シモーネまで罪に問われ、僕たちは処刑されてこの世におらず、次期後継者はヴォルフガングに収まるという寸法です。いかがですか?」


 聞くだけならなかなか壮大な計画に思えるけど、やっていることはかなりちゃちな方法だ。それでも、この流れがうまくいく寸前まで行ったんだから、あきれるほかない。せめて、ロートハウゼンあたりは止めろよと思う。


「絶対神様の祝福がなければ、僕は今頃、牢の中で天に召され、母は不名誉な死を遂げたことでしょう。ですが、絶対神様はすべてを見通しておられました。このままでは、善は潰え、悪は栄えてしまうと。そうなる前に、すべての真実を明らかにすべしと、お達しが下ったのです。おお、ハレルヤ!」

「ぬ、濡れ衣です! これは…………私と、息子を陥れるための……おおぉ! ハルロッサ、私が……何をしたというの? リィン、あなたの息子を止めなさい!」

「陰謀だ! 神を名を騙る陰謀だ! ただでは済まさぬぞ!」


 ここまで追い詰められてなお自分は関係ないと言い張るか。

 周りの目は、もうかなり冷ややかなものになっているというのに。

 仕方がない。ここまではしたくなかったんだけど…………


「ところで父上、どうしてケンプフ司教がここまで僕を敵視し、シシリアさんの肩を持つのか、不思議に思いませんか?」

「……? シシリアが、東教会に多額の寄付をしているからではないのか?」


 普通そう思うよね。領の税金の半分以上が、寄付の名目で教会に流れてるけれど、教会組織の権力には逆らえないから、父親は泣き寝入りしていたんだよね。

 でも、僕は――――「ハルロッサ」は偶然知ってたんだ。

 ハルロッサは優しいから、知っていても言うつもりは全くなかった。けれども今の僕は、ただのハルロッサじゃない。――――地獄に落ちろ、くそ坊主!


「ヴォルフガングは、僕の弟じゃない。あいつは、シシリアさんとケンプフの子供だ」

『――――――――――』

 


 その場にいた人々の時間が止まった。



「さあ、正直にすべてを告白せよ! 絶対神様はすべて知っておられる! この上さらに罪を重ねるようなら、神罰が下ることになる!」

「冗談じゃない! むしろ神罰を受けるのは貴様だハルロ――――っ!」


 警告はしたからね。神罰を下そうか。

 リア様、言っていた通り、力を借りるよ。


『いいわよ。やっちゃいなさい』


 じゃあ遠慮なく。

 僕は精神を集中させる――――不意に視界が青みがかってきて、そのあとすぐに「腕がもう一本あるような」感覚を覚える。くっそ、ぶっつけ本番はやりにくい。練習しておけばよかった。

 今、僕の体から、ほかの人には見えない3本目の「腕」が現れて、ケンプフの首根っこをぎゅっと締め上げる。物をつかんでいる感触はあるけれど、熱も柔らかさも伝わってこない。よし、これならなんとか。


(世界中の人々があこがれていたこれを、実際にできるなんて!)


 僕は、透明な腕でケンプフの首根っこを締め上げたまま…………奴の体を空中に持ち上げた。


「――――っ! ――――っ!」


 うはーっ! 最高っ! フォース・〇リップ本当にやっちゃったよ!

 しかも重さも全然感じないし! 天井に頭をぶつけるまで持ち上げられそうだ! けれども、これだけじゃ物足りない! こういうのはどうだろう?


「ふ――――ぉ……! ぁ―――――」


 持ち上げるだけじゃない。 こーやって、サッカーの応援するときのタオルみたいにブンブン振り回すこともできる! 柱にぶつけないように注意しつつ、謁見の間の空中でケンプフの体をぶん回して、そして最後はごみを捨てるかのように、床にポイと放り投げた。

 解放されたケンプフは、そのまま床にあおむけに倒れたまま白目を剥き、その場でしめやかに失禁した。




××××××××××××××××××××××××××××××




 こうして、一連の宝仗盗難騒動は終幕を迎えた。

 父親の命によって、衛兵がヨハイーナさんの邸宅を捜索した結果、ギースとユージンの証言通り、食糧倉庫のチーズ保管場所に隠された宝仗を発見した。聞いた話だと、宝仗はチーズの匂いがしばらく取れなかったらしい。

 さらに、シシリアさんの邸宅を捜索したところ、果たして宝物庫の鍵の複製が、偽物の僕――――マディアスが潜伏していた離れの部屋から発見された。

 これを受けて、シシリアさんとケンプフの糞親父(もう司教じゃなくなったから糞親父で十分だ)は、昨夜まで僕が入っていた牢屋に入れられて、これから取り調べを受けるそうな。

 ハルロッサがヴォルフガングの本当の親のことについて知ったのは3年前。その日僕は、シシリアさんの邸宅で弟ヴォルフガングの部屋に悪れものをしちゃって――――というか、これも後になって知ったんだけど、忘れてきたと思ってた、母親からもらったブローチは、ヴォルフガングが盗んでいた――――怒られないようにビクビクしながら、弟の部屋に行こうとしたところで、シシリアさんの部屋からケンプフ司教の声が聞こえたんだ。

 気になって、こっそり部屋の前に行ったら……僕は聞いてしまったんだ。シシリアさんとケンプフが出来ていて、ヴォルフガングが二人の子供だったというとんでもない事実を。

 

『ああそれね。面白そうだから、わざとあなたに聞かせるように誘導したのよ』


 ……それは聞きたくなかった。あの後しばらくの間トラウマになって、熱が出て寝込んだくらいなのに。


 でもまあ、これでようやく一安心だ。ついさっきまでいつ死んでもおかしくない状況だったのが、嘘みたいだ。その点については…………絶対神リア様に感謝しなければいけないな。

 ありがとう。


『いいのよ、このくらい絶対神として当然なんだから! だから、今後もいろいろ頑張ってもらうわね♪』


 くそう。いつか絶対に平穏な人生を手に入れてやるっ!




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今回の技術


神の見えざる手   カテゴリー:奇跡


【種別】強化

【効果時間】任意

【レンジ】1~??

【信仰力消費】軽め

「人類最後の最終戦争には、信徒は神の見えざる手により救済され、天国へ行くことができる」

 使用者以外は目視することができない、純粋な信仰力でできた「腕」を操ることができるようになる。分類に困る技だが、便宜上は「強化」とする。

 この腕を操るのに、筋力は不要。神を信じ、己を高める純粋な意思こそが、威力を高める。敵を殴るのはもちろん、物をつかんで浮かせることもできるし、なにより体に生えている腕よりも、より長距離まで伸ばすこともできる。その上、その気になれば「神の見えざる手」は何本でも増やすことができる。

 このようにかなり使い勝手のいい技術ではあるが、自由自在に操れるようになるまでは、かなりの修練を要する。ハルロッサが操れるのはまだせいぜい1本が限界。それも、クレーンゲームをプレイするくらいの集中力を裂かねばならず、敵に懐に入られれば一巻の終わりである。

 また、信仰消費が軽めとはいえ、長時間使えばそれなりに消費するし、腕を増やせばその分だけ乗算的に消費が増す点にも注意。

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