聖者の行進
朝になり、城下町に2つある教会のうち、町はずれにある方の1つで夜明けを知らせる鐘が鳴り響く。
カンカーン、カンカーン、と軽快に鳴り響く鐘の音で、街の住人たちは目を覚まし、一日の活動を開始する。
教会の鐘を鳴らすのは、その教会の司祭の役目。誰よりも早起きをして、みんなに朝が来たことを知らせるのも、彼らの重要な仕事だ。
「邪魔するよ。朝からご苦労様」
「え――――――ハルロッサ様?」
ロープを操って教会の鐘を鳴していたのは、僕がいつも慈善事業をしているときに、お世話になっている司祭さんだ。菜食主義のせいか、身体がヒョロヒョロの司祭は、僕が扉から入ってくるのを見て、ぴたりとロープを操る手を止めた。そして、見る見るうちに顔が青くなって、腰を抜かしてしまった。
「い、いいいいいいいいったい、なぜここに!」
「脱獄してきちゃった、テヘペロ」
「それはそれは……」
驚くリアクションも、もうだいぶ見飽きちゃったな。
僕はわざとらしく、ベロを出しておちゃめな表情をしてみる。まあ、こんなことしても反応に困るだろうし、程々にしておこうか。
「実はね、司祭様にちょっと協力してほしいことがあってね」
「あの……その、逃亡のお手伝いでしたら、私はちょっと…………」
「違う違う。逃げるんじゃなくて、僕は戦うためにここに来たんだ」
「まさかハルロッサ様が反逆を!? そ、それこそ私にはとても!」
「反逆か……近いかもしれないけれど、まだちょっと違うな。実は僕がここにいるのはね、絶対神リア様のお導きによるものなんだ。罪なき者を救い、真実を明らかにせよとね」
「…………」
司祭さん、開いた口がふさがらなくなっちゃったみたいね。
思考の処理能力が追い付いていないみたいだ。すぐに信じろっていうのは無理だけれど、この人くらいには理解してほしかった気はする。
「まあとにかく、司祭様にお願いしたいのは、教会の旗を一本貸りたいんだ」
「旗ですか……ハルロッサ様が仰るのであれば、一本くらいはお貸しします」
「それとね、孤児の誰かに旗を持つのを手伝ってもらいたい」
「子供に旗を持たせるのですか!? 子供にはいささか重いかと」
「1人だと大変だったら、2、3人に交互に持たせてもいい。手伝ってくれる子には、僕が屋台で朝ご飯をおなかいっぱい食べられるくらい、おごってあげよう」
「わかりました。子供たちに聞いてみます。ですが、なぜ子供たちに旗を?」
「いろいろと理由はあるけれど、やっぱり子供が旗を持って歩くと、健気そうで絵になるじゃん?」
「そういうものでしょうか」
何事も、見た目は大事なのさ。僕が先頭で旗を振って歩くのも悪くはないけれど、疲れるじゃない。教会の旗はそこまで重くないから、元気いっぱいの子供なら十分持って歩ける。それに、子供の方がメッセージ性があるからね。
「しかしながら、後ろの美しいご婦人の方が、絵になるのではないでしょうか? と、言いますか、ハルロッサ様の後ろにいる方は、いったいどなたですか? どこかで見たようなお顔ですが………」
「は?」
僕はその場で後ろを振り返る。
僕の後ろにいる「人間」は、昨夜から連れまわしている元悪党二人組だけだ。
『あーら、もしかして、あなたも私が見えるの』
「うっ……声が直接脳に!」
司祭さんは、急にその場に頭を抱えて蹲った。
『私は絶対神リア。ハルロッサに祝福を与えたのは私よ!』
「ガッデスっっっ! なんてことだ! 絶対神様が目の前に」
そして錯乱して、しばらく話ができない状態になった。
なるほど、司祭さんには絶対神様の姿が見えるのか。それはなかなか面白いな。
『ふふふ、私の存在を心から信じている人にしか、私の姿は見えないのよ』
それじゃあ、まるでサンタさんだよ。
とりあえず、司祭さんを落ち着かせよう。話はそれからだ。
「な、なあ……ユージン」
「お……おう、どうしたギース?」
「もしかしておんなじこと考えてるのか?」
「たぶんな……」
が、二人がひそひそ話始めたのも、僕は見逃さなかった。
×××××××××××××××××××××××××××
朝の鐘が町中に鳴り響いてからしばらくすると、家や店から人が出てくるようになる。
朝一の仕事をするため、水を汲むため、洗濯するため、料理するため………いつもと変わらない生活が、ここから始まっていく。やがて朝市が開いて、屋台に食べ物が並び始めると、町は本格的に活動を開始する。
いつもなら、町の中心は町人や商人で賑わい、空気が熱せられるほど明るい雰囲気になるはずなのだけど、この日はみなどこか元気がなく、暗い。まるで誰かの葬儀があったかのような、どこか悲壮な雰囲気が、城下町に漂い始めている。
どこからか会話が聞こえてくる。
「おいたわしやハルロッサ様…………牢に入れられてしまうなんて」
「あれほど優しい次男坊様が、お城で盗みを働いただなんて、何かの間違いだ!」
「きっと誰かがハルロッサ様の人気に嫉妬したのよ、そうに違いないわ」
「しかしもし本当だったら?」
「そりゃ、本当だったら処刑されても仕方ないけどよ、俺はハルロッサ様が処刑されるのは見たくねぇな」
「次男様はあれほど熱心に神様にお祈りをささげていたというのに…………神様は助けてあげないのだろうか」
「ハルロッサ様がいなくなったら、いったい誰が我々庶民の事を考えて下さるというのか」
「ああ、絶対神様……どうか次男様をお救いください」
これだけの人に心配されるなんて、ハルロッサは羨ましいな。生きているだけで恨みを買いまくる道重開とは大違いだよ。
なんて、自分の事なのに、なんだか他人事みたいに思えちゃうのはなぜだろう。
「よし! みんな、準備はいい?」
『はーい!』
そして今僕は教会の中、扉のすぐ前にいる。僕の目の前には、男の子が2人と女の子が3人。この子たちには、あらかじめ簡単な指示を出してある。忘れないように言い聞かせるため、僕は念入りに指差し確認する。みんな僕とほぼ同じくらいの歳なのに、僕だけ妙に大人ぶっちゃってるな。
子供たちはみんな、やる気満々だ。でも、これは今からやることの意味を分かってるからじゃなくて、ただ単にお腹いっぱい食べることができるからってだけ。君たちは今はそれでいい。大人になったらいずれ、意味を知るだろうから。
「ギース、ユージン。扉を開けて」
『あいさ!』
元悪党二人が教会の扉を勢いよく開ける。
薄暗かった教会内に、陽の光が一気にあふれ、一瞬目の前がホワイトアウトした。僕の前にいた子供たちは、眩しさに一瞬怯んだけれど、僕が一言「いくよ!」と声をかければ、姿勢を正して堂々と歩き始めた。
教会の扉が勢いよく開かれた瞬間、大通りを行きかっていた人々が、たちどころ足を止めた。
「は……ハルロッサ様!?」
「次男様だ! 囚われたのではなかったのか!?」
「それにあの男二人は、長男様のところの乱暴者家来じゃないのか?」
唖然とする人たちを尻目に、僕たちは市場の方へ歩き始める。
先頭の女の子が教会の旗を持ち、左右端の男の子が、教会の倉庫の中にあった古い太鼓を、タタタタン! タタタタン! と、一定のリズムでたたく。残りの二人の女の子は、先頭の女の子が付かれたときに交代する役目になっている。
僕のやや後ろに、教会の司祭さん。そして僕の左右斜め後ろには、元悪党二人組がいる。
全員でわずか10人にも満たない集団………それも、半分以上が子供。やってることはまるでチンドン屋だね。けれども、勝算は十分にある。
僕は太鼓のリズムに合わせて、歌い始める―――――――
僕の眼は神の降臨の栄光を見た
神は、怒りの葡萄がためられた古葡萄酒を踏みつける
恐るべき神速の剣を振るい、運命を決する稲妻を放った
神の真理は進み続ける
栄光あれ、栄光あれ、神を称えよ!
栄光あれ、栄光あれ、神を称えよ!
栄光あれ、栄光あれ、神を称えよ!
神の真理は進み続ける!
リパブリック讃歌――――電気店のコマーシャルでおなじみの、アメリカ南北戦争の頃の軍歌だ。
前世では世界的に有名な曲だったけれども、どうせこの世界で知っている人はいない。僕だってぶっちゃけ歌詞の意味はよく分からないけれど、とりあえず「絶対神様をたたえる歌」とでも言って、ごまかしておこう。
『ちゃっかりしてるわねハル。けど、悪くないわね。周りにどんどん人が集まってきてる』
旗をもって、太鼓をたたいて、歌いながら歩いている、ただそれだけ。
でも、今まで街の中は、僕が捕まったっていう話題で満ち溢れていたから、僕がただ道を歩くだけでも、みんな好機の目線で見てくる。
僕は知っている。こういうのは、ノリが大事なんだ。
ダンスだって、みんなが注目していないところでやっても、ただ変な動きをしているだけにしか見えないし、歌を歌っても、意識を向けさせなければ、雑音に過ぎない。だからこうやって、わざと人々の注目を集める。
すると、大勢の人の中から、暇な奴が、一人また一人、僕たちの行進の後についてくる。
歩けば歩くほど、徐々にその人数は雪だるま式に増えて行って、注目度はさらに増す。
栄光あれ、栄光あれ、神を称えよ!
栄光あれ、栄光あれ、神を称えよ!
栄光あれ、栄光あれ、神を称えよ!
神の真理は進み続ける!
歌詞が何番もあるリパブリック讃歌だって、コーラスの部分はずっと同じだから、聞いているうちに自然に覚えてくる。
まずは僕の前を歩く子供たちが、僕に続けてノリノリで歌い始める。
後ろを歩く大人三人も、やがて雰囲気にのまれて声に出して歌いだす。
そして、いつしか勝手についてくる群衆も、声を張り上げて歌いだす。
僕たちが目的地―――――市場がある、町の中心まで来たときには、僕の後ろには100人以上の群衆がいた。
町の中心の大広場には、布告とか処刑とかを行うためのお立ち台があって、僕はそこに登って集まった民衆の目を引き付けた。
「皆さん、朝からお疲れ様です。皆さんに話があるのですが、その前に…………屋台のお兄さんお姉さん方、このお金で子供たちに、お腹いっぱいご飯を食べさせてあげてほしい」
僕は右手に、銀貨や銅貨がたくさん詰まった袋を二つ、高く掲げて見せる
『そのお金、もしかしてあの時、衛兵の机の上からくすねてきたやつ?』
そう。たぶんあの二人と今は亡きリーダーが、牢屋に入るために渡した賄賂だとおもう。
『あはは! これじゃあどっちが悪党かわかったものじゃないわね!』
金に罪はなしっ! あの衛兵たちも、まさか「賄賂返せ」なんて恥さらしなことは言えないしね!
絶対神様は、こーゆーことは嫌いなタイプ?
『まっさか! すっごく痛快だわ! ほら見なさい、屋台の人たちが慌ててたくさん料理を持ってきてくれているわよ!』
おお、ほんとだ。よく見る豆スープに、塩焼き鳥ご飯に、青チーズも。
前世の料理に比べると、ちょっと物足りないものばかりだけれども、この世界じゃお腹いっぱい食べられるっていうだけでも、まるで夢のようだと思う。
「さ、みんな。よく噛んで食べてね」
「うん!」
「神様、私たちのご飯をありがとうございます」
さすがは修道院の子供たち。朝から歩かされて、空腹で目が回りそうなはずなのに、ちゃと食べる前のお祈りは欠かさない。
「ほら、君たち二人もこれ食べなよ。昨日から寝てないから、疲れてるでしょ」
「……いただけるんすか?」
「俺も食べていいの?」
「いいともいいとも。君たちはもう僕の仲間なんだから、空腹で倒れちゃかわいそうだ」
そういって僕は、骨付きの干し牛肩肉を元悪党二人に渡す。ふたりはそれを呆然と見つめていたけれど、やがて素直に食べ始めた。そして司祭さんにも、豆のスープを。この人は菜食主義者だから、豆が栄養バランス的に見て一番理想だと思う。
僕も、木の器によそわれた塩焼き鳥ご飯を口に入れる。うーん、不味くはないけれど、なんかなぁ。ご飯はどっちかと言えば糯米っぽいし、塩の味も粗い。鳥肉も場所によっては若干生焼けだし。文明の発展がないと、ご飯も所詮こんなものか。ああ、急に前世に帰りたくなってきた。
『それは無理よ』
ああ、絶対神様。いつか、前世で味わったあの日本料理の数々を、再び食べさせてください。
『まあいいわ、考えてみるわね』
やったぜ。
それを聞けば、僕のテンションも俄然上がるというものさ。
「みんな、聞いてほしい。僕は先日、濡れ衣を着せられて牢に入った。けれども僕は信じていた、遍く全てを司る絶対神様が、真実を示してくれると。そして、果たして僕の前に絶対神リア様は御姿を現し、僕を祝福した。絶対神様は宣った。すべての真実を、白日の下に晒し、邪なるものに正義の裁きを下せと」
僕は、女の子が持っていた旗を受け取ると、大げさにグルんと振り回した。
青地の旗に書かれているのは、白で書かれている鍵穴のような形から両羽が4枚生え、頂点に輪がのっているように見えるシンボル。これは、教会が定めている絶対神様のシンボル。風雨にさらされて、カスレが目立つけれども、その形はしっかり残っている。
「僕は絶対神様に導かれ、牢を脱した。けれども、僕の母上は幽閉され、今朝お城に連れていかれた。このままでは、愛する母上の命が危ない。そして何より、無実の罪で僕や母上を陥れたとなれば、父上の名誉にもかかわる。だから…………みんな、僕に力を貸してほしいんだ!」
我ながら、蕁麻疹が出そうな演説だ。場所が場所なら、頭おかしい人扱いされても文句は言えないな。
でも、演説もまた、その場のノリの力は大きい。
「ハルロッサ様! ハルロッサ様!」
「俺たちもお供します! 絶対神様の祝福を受けたのなら、間違いない!」
「仕事やってる場合じゃないわ!」
群衆が、次々に片手を高く上げて、賛同の意を示し始めた。
こうなればもうこっちのもの。集団心理で、やじ馬が次々と巻き添えになっていく。
ああ、みんなにはきっと僕が、絶対的善の聖者に見えているんだろうな。
心の中は…………こんなにも悪意に満ちてるというのに。
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