立ち上がれ
僕が、無理やり子分にした二人を連れて、牢の外に出る階段を上がろうとしたとき、階段の上――――――牢の入口の方で、何か言い争う声が聞こえてきた。声の主は三人、どれも男性の声だ。
「ダメだ! ここは何人たりとも通る事罷りならん!」
「いいや! 通してもらうぞ! ハルロッサ様のお命が危ない!」
「領主様の命に逆らうか!」
「通さないというのであれば、貴様をどかしてでも……!」
ああ、この声は聞いたことがある。というより、いつも聞いている声だ。三人の声のうち、うち二人は獄吏だろう。んでもって、もう一人は…………
「アイゼンシュタイン、来てくれたのか」
「ハ……ハルロッサ様! よくぞご無事で!」
「な、なにっ!?」
「まさか次男様が脱獄を!?」
僕が入り口まで行くと、果たして、僕を牢屋に放り込んだ獄吏二人と、僕の直属の家臣で、がっしりした鎧と大楯を持った大男―――――アイゼンシュタインがそこにいた。
三人とも、まさか僕が自力で出てくるとは思わなかっただろう。さらに僕を始末しようとした三人のうち二人が、おとなしく僕の後ろにいる。
アイゼンシュタインも獄吏も目を真ん丸にして驚いている。見ていてなかなか面白い光景だなぁ。
「驚いているようだね。どうして僕がここにいるか不思議でしょ? 僕はね……牢の中で、絶対神リア様の御姿を見た。そして、絶対神様の祝福を受け、力を授かったのさ。ここにいる二人が、その証人だ。そうだろう?」
僕は、意地悪く後ろの二人に不敵な笑みを浮かべると、二人は冷や汗だらだらになりながら、何度も首を縦に振った。
「そ、その通りでございます!……ハルロッサ様には、神のご加護があります!」
「わ……我らは、絶対神様の前で、今までの行いを懺悔いたしました」
いつもの傲慢な態度とは打って変わって、小さくまとまってしまっている悪党二人を見て、獄吏二人は思わずドン引きしていた。
けれども、やぱりすぐに信じるほど、この獄吏たちはお人よしじゃなかった。
「か……神が何だってんだ! さっさと牢屋に連れ戻してやる!」
「おいまて! ハルロッサ様に乱暴するのはやめろ!」
獄吏二人が僕につかみかかり、それをアイゼンシュタインが慌てて止めようとしてくる。ああ、やっぱりこういうやつらは、痛い目見ないと分からないようだ。
「エイメンッ」
掛け声一閃、僕は両手を斜め上に広げて、一瞬で獄吏二人の鼻の下を指先で突いた。鼻の下の急所「人中」を打たれた二人は、あっという間に失神して、その場に崩れ落ちた。はたから見れば、僕が変なポーズを決めただけで、二人を倒したように見えるかもしれない。
…………それにしても、今更ながら思うけれど、この世界のお祈りの言葉も「エイメン」だった。キリスト教と何か関係があるのだろうか? そこのところどうなのさ、絶対神様。
『ノーコメントで』
まいいや、これで邪魔者は片付いた。二人は朝まで寝ているだろう。
「おお……ハルロッサ様! いつの間にそのような力を!」
「ね、言ったでしょ。僕は絶対神様のご加護を受けたんだって」
「失礼ながら、雰囲気が随分と変わられましたな」
「そう? まあ、そうかもね。それより、アイゼンシュタインは僕のことが心配でここまで来てくれたんだよね」
「もちろんですとも! ハルロッサ様が投獄され、お命を狙われているとお聞きして、某は生きた心地がいたしませんでした」
アイゼンシュタインは、僕の右手を握ってオイオイと男泣きし始める。
この男は、過去のとある出来事で僕が命を助けてあげてから、必死に身を挺して守ってくれるようになった。か弱い僕にとって、最も頼れるボディーガードの一人なんだ。今はこんな状況だから、離れ離れになっていたけれど、それでもこうして一人で駆けつけてくれる忠誠心は、とてもうれしい。
「して、後ろの者たちは?」
「ああこの二人の事? さっきも言った通り、二人は僕が絶対神様の祝福を受けたことに感動して、自らの罪を告白して真実を述べてくれた。だから許した」
「しかしながら、この者たちは太子様(長兄)の手のもので…………」
「大丈夫。許したのは僕だから、何かあったらそれも僕の責任だ」
この二人にはとても重要な仕事がある。きれいごとなんて言っている場合じゃない。
ただ、そんなことよりも「ハルロッサにとって」とても気がかりなことがある。
「それよりもアイゼンシュタイン。母上は無事なの?」
「リィン様は、ほかの者たちとともに、屋敷に幽閉されております。リィン様はハルロッサ様の身を、何よりも案じておりました。ほかの者も同様でございます。ベルサ殿もボーリュー殿も…………ハルロッサ様が無事でさえあればと」
「そうか……母上には迷惑をかけてしまったな。僕がもっと初めから、毅然とした対応をしていれば」
濡れ衣とは言え、記憶を取り戻す前の僕が、何の抗議もせずただ祈るだけしかしていないのもよくなかった。
宝物庫で父親が見たという僕は、わざと見せつけるように盗んで、あまつさえ窓から逃走したというじゃないか。それに対して、ハルロッサは普段から食が細くて、運動もあまりしていない。常識的に考えて、窓から逃げるなんてまねはできないし、杖を盗む動機もないんだ。なんというか、擦り付け方があまりにも雑すぎる。そして、それを疑いもしないのは、もっと馬鹿だ。
果たして、父親はそろそろ何かおかしいことに、気が付いているだろうか。気が付いていなかったら……………この国のお先は真っ暗だ。
「絶対神様は宣った。すべての真実を白日の下に晒し、罪なき者たちを救えと。そして、悪魔に魂を売った愚か者たちに、裁きを下すべしと。
アイゼンシュタイン! 母上たちを救い出す。力を貸してほしい」
「はっ…………なんなりと」
アイゼンシュタイン、戸惑ってるなぁ。それもそうか、虫の一匹殺せなさそうな弱弱しいハルロッサが、急にバイオレンスになるんだもんな。僕が彼の立場だったら、驚くどころか熱があるか心配するレベルだ。
これもまた、絶対神様の祝福を受けたってことで、ごまかしてしまおう。
『それで? これから自宅に突っ込んで、軟禁している兵士を倒すの?』
そんな面倒なことするわけないじゃん。内乱一直線だよ。っていうか、絶対神様って、どうしてそんなに好戦的なの。
『見てて面白いじゃない! 兵士相手に無双出来るくらいの加護なら掛けてあげられるわよ』
…………やめておくよ。後々になって、MPみたいなのが足りないって言われても困るし。大勢相手に大立ち回りするのも、悪くはないかもしれないけれど、今はその時じゃない。もう僕が、祈ることだけしかできない弱虫なんかじゃないってこと、思い知らせてやるっ!
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――――《Side:Augst》――――
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「もう………朝か」
カーテンの隙間から漏れる光に気が付き、私はもそもそと寝所から身を起こした。
カーテンを捲り、窓を開ければ、山の向こうからちょうど朝日が昇っているところだ。だが、そんなすがすがしい光景ですらも、この胸の憂鬱を払うことはできなかった。
「今宵は結局、一睡もできなかったな」
牢にとらわれている次男――――ハルロッサの事を思うと、いてもたってもいられなくなる。
あれほど争いを嫌い、野心も全く持たず、つつましやかに暮らしていたハルがなぜあのようなことを……思えば、先日の夜に宝物庫で見たハルロッサは、いつもと雰囲気が全く違っていた。第一ハルが窓から飛び降りて逃げるだけの身体能力があるとは思えん。ひょっとしたら別人だったのではないか? だとするなら、ハルには悪いことをしてしまったかもしれない。
「とにかくだ…………申し開きを聞いてからでも遅くはあるまい。あいつはほかの兄弟と違って、素直な子だ。きちんと否定するなら、今回は不問にしたいところだ。もっとも…………シシリアはともかくとして、ヨハイーナが何というかだな」
やれやれ、ただでさえ最近は胃が痛むというのに、面倒ごとは増すばかりだ。
この件が終わったら、また都に出向かねばならん。たまには、森で狩猟を楽しみたいものだが。
「ああ、喉がカラカラだ」
机の上にある飲料水入りの水差しを手に取り、コップに入れるのも面倒になってラッパ飲みをする。そんな時に、部屋のドアを乱暴に叩く音がした。
「領主様、一大事でございます!」
「何事か」
「至急申し伝えたきことが!」
「入れ」
扉からから入ってきたのは、私の書記官だった。
顔から大量の汗を流して、何やらひどく慌てている。どこかの国が攻め入ってきたとでもいうのだろうか?
「か、閣下! 牢に捕らえておりましたハルロッサ様が、姿を消しました!」
「なんだと!!」
書記官の知らせに、私は愕然とした。
まさかあのハルロッサが! いったいなぜそのようなことを!
困惑と怒りで、一瞬我を忘れそうになったが、このままにしておくわけにはいかない!
「ハルロッサの行方をすぐに探すのだ! それと、今すぐに家中の者を全員集めよ!」
「承知いたしました!」
書記官が、家臣たちに命令を出すため部屋を出ていくと、私は再び刺すような胃痛に襲われた。
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