心壊

「開。今日はあなたに、危険な秘伝の技をひとつ教えるわ」

「秘伝の技?」


 それは、僕が前世で中学三年生の夏休みに入ったころの話。

 木竜館の道場にただ一人、呼び出された僕は、畳の上に正座しながら、奏さんに突然こんなことを言われた。


「本当は高校が終わるころに、ひっそりと教えようかと思っていたのだけれど、開は私が思っていた以上に筋がいいわ。今日私が教えるのは――――」


 奏さんは、一瞬ためらったように見えたけれど、意を決して力強く僕の目を見て言った。


「竜舞式護身術奥義『心壊』」

「心壊……なんだか怖い名前。心臓を壊すの?」

「ええ、そのとおりよ」

「っ!?」


 僕は急に背筋に寒さを覚えて、頭がしびれるような感覚を覚えた。

 心臓を壊す…………それがどんな結果を生むのか、考えなくてもわかる。

 今まで寿実や奏さんに教わった技の数々だって、大人に比べて力がそれほどない中学生の僕でも、相手の戦意を喪失させることができるえげつないものばかりだった。

 そして、その技術を身に着けるためには、敵に対して容赦しない毅然とした精神が求められる。

 僕の拳は痛まない…………けれども、どうしても心が痛む。なぜなら、竜舞式護身術が狙う部位は、相手に対しこの上ない激痛を与えるから。苦しそうな顔をしながら、のたうち回る相手に対し、必要であればさらに追撃を繰り出せるくらい鬼の心を持たなければ、竜舞式護身術は成り立たないんだ。

 が、今度の技術は次元が違う。文字通り相手を「必殺」する技だ。

 それを習得することができると、奏さんが判断したということは…………僕の体はすでに、相手の命を奪うことができる域にまで達してしまっていたことになる。





「この技は、私ですら今まで一度も使ったことはないわ。その意味が……分かるわね」

「でもそれじゃあ、なんで僕に教えるの? 使わないなら、教えてもらう意味がないよ!」

「正確に言えば、私は『使わないで済んだ』だけ。これを使わざるを得ない状況にあるなら、自分はすでに負けていると思いなさい」

「それってつまり……最後の手段ってこと?」


 奏さんは黙って頷いた。


「開。強く在りなさい。その気になれば、いつでも相手をを殺せる……そう思う余裕があれば、今のあなたに敵はいないわ」

「奏さん、僕は…………」

「頑張りましょうね、開。夏休みが終われば、すべてはあなたの思い通りになるから」



 前世でそんなやり取りがあったのを、僕ははっきり覚えている。そして結局、僕は前世で『心壊』を用いることはなかった。この後も僕は奏さんから「必殺技」を5つ習得したけれど、どれも使わなかった。奏さんも言っていたように「使わないで済んだ」っていうのが大きいかな。

 現代日本で、相手を殺さなきゃならないほど状況に追い込まれている時点で、もはや僕の人生は詰みだ。あの夜…………僕を殺そうと集団で襲い掛かってきたやつの中に、一人でも僕より強いやつが混じっていたら、ひょっとしたら破れかぶれで技を放っていたかもしれない。前門の敵、後門の刑法……後門に殴りかかるのは絶対に避けたいが、命には代えられない。


 でも、今や僕の後ろに、日本の法律は存在しない。

 大きな後ろ盾を失ったと同時に、その分だけ自由も得たわけだ。



 僕は、敵の懐に素早く潜り込み、掌底で心臓の中心からやや上の位置を強打した。


「ヲ゛るっ!?」


 掌が相手の体にめり込んだ一瞬、僕は今まで感じたことのない、言いようのない不快感が、体の奥から湧き上がるのを感じ、吐き気となるのをぐっとこらえた。

 手から伝わる、内蔵を潰したような感触と、正常とは思えない心筋の動きは、自分にこの技が返ってきたときに、どのような末路をたどるのかを、反射的に想像させる。それでも僕は、敵が最後の力を振り絞って反撃してくる可能性に備えた。

 が、相手は僕の掌底を受けて、悲鳴を上げて膝から崩れ落ちると、胸を押さえてその場に蹲り、失神してしまった。


(これはやばいな……面白半分に人を殺そうと思う連中の気が知れない)


 何がやばいかって? 取り返しのつかない感が半端ない。

 こんなのが使えると知られた日には、犯罪を犯さなくても逮捕されそうだ。

 ま、今更やってしまったことを、ぐちぐち言っても仕方ない。今はこの状況を最大限に生かさなきゃ!



「な、なんてこった…………! ボスが一撃で……!」


 3人の中で、最後に無傷で残っていた一人が、信じられないものを見るような目で、僕を見ていた。

 きっとこいつは、いつもボスの威を借りていたんだろうな。けれども、本当の忠誠心なんか持っちゃいない。強者に従い弱者を虐げる……卑怯者だ。


「ははは、見ただろう。審判の一撃は、不実の魂を砕く。さあ、残るは君一人だ。不実の輩よ、冥府で煉獄の炎に焼かれるがよい」

「ひいいい!」


 なんつーか、我ながらよくもこうポンポンと中二病臭い台詞が吐けるものだ。前世だったら、完全に痛い人扱いだろうな。

 それでも、目の前のこいつにはかなりの効果があったようで、僕が一歩一歩ゆっくり近づけば、男は背中を壁にもたれかけて、へなへなと腰を抜かした。


「お……おおおっ! お許しをっ! 俺が間違っていましたっっ!この通り…………この通りですっっ!」


 そして最後には、まるで冷やし土下座をしたハインリッヒ4世のごとく、恐怖で震える体で跪き、許しを乞うてきた。


(これが……心からの謝罪の顔なんだろうか。こんな哀れな謝罪は初めて見た)


 大の大人が……僕より一回りも二回りも年上の男が……怯える小型犬のように、涙目になった上目遣いで、必死に謝罪する姿を見た僕は、なんだか複雑な気持ちになった。


(前世では…………本当の意味で謝罪されたことなんて、なかったんだな)


 今目の前の男が、僕に向かって必死に謝罪するのは、人知を超えた畏怖によるもので、自分から謝罪しているかと問われれば、それは違うと言わざるを得ない。

 だが、男は…………少なくとも、心の底から「許してほしい」と願っているのには違いない。


 前世で僕が敵対した奴らの顔が浮かぶ。

 中学で僕をいじめようとした教師と同級生たち、高校の時、お金を借りて返さなかったやつ、木竜館に放火を試みようとして捕まったやつ…………誰も彼もなかなか頭を下げようとはしなかったし、その目は憎しみに満ちていた。今に見てろ……いつか殺してやる……彼らの目にはそんな言葉しか映っていなかった。

 果たしてそれは、きちんと誠意を込めた謝罪しない彼らが悪いのか、それともそんな態度しかされない僕の人望と実力のなさが悪かったのか。今となってはもう知る由もない。



『で、ハル。こいつはどうするの? 処すの?』


 いや、ここまで必死に謝っているんだ。許してあげようと思う。


『あらそう。ついにあなたも、慈悲の心に目覚めたのね』


 それもちょっと違うかな。何もタダで許してやるつもりはない。こいつらには、これから罪を償ってもらおうじゃないか。



「汝、絶対神の名の下に、心を入れ替えると誓うか」

「はいぃ……誓います! ハルロッサ様! これからは、善良に生きると誓いますっ!」

「そこの君も!」

「へぁっ!?」

「今までの悪事を償い、絶対神の名の下に、心を入れ替えると誓うか」

「誓いますっ! 誓いますともっ! 俺には妻と子がいるんです! だからどうか、お許しをっ!」


 妻と子がどうとか、正直知ったこっちゃないけど、今のところはこれでいい。喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人間だ。この先ずっと、この殊勝な態度が続くとは微塵も思ってない。


『じゃあ、またこの子たちがあなたを殺しに来ても、許すのかしら』


 そうならないためにも、ここからが肝心だ。


「では、汝ら二人、絶対神の名の下に、すべての真実を告白せよ。さすれば天の扉は開かれ、汝らの罪を許そう」


『私はあまり許したくないんだけど』


 絶対神様は少々黙っててください。


『(´・ω・`)』



「こ、この件の知っていることを……話せばいいのですか?」

「話せば許してくれるのですね!」

「許す。ただし、嘘偽りを述べれば、直ちに神の怒りが降り注ぐ。覚悟せよ」


 こうして二人の悪党は、怯えながらも知っていることを、洗い浚い語り始めた。

 この時点で嘘をつかれてスルーされたら、今までの流れが台無しだ。僕は全神経を傾けて、彼らの言動に怪しいところがないかチェックしつつ、懺悔を聞く。

 こいつらみたいな小物には、大した情報が教えられていない可能性もあるから、何か反撃の切っ掛けが見つかるだけで、御の字だと思っていた。

 ところが、予想に反して、この二人は結構いろいろなことを知っていた。なにしろ彼らは、常にリーダー格の男とつるんでいたから、いろいろ耳に入るし、今回の犯行の大半をこいつらに実行させていたようだ。そして、そもそも黒幕が情報漏洩のリスクを一切考えないアホだったみたいで、最終的には二人の話だけで、事件の全貌が見えた。

 ここまで雑な犯行計画に陥れられた自分自身が、情けなく思えてくるよ。



「なるほど、よくわかった。汝らの懺悔、覚悟、しかと受け取った。おお、ハレルヤ。神は宣う。この度の、汝らの罪は許された」

「「ははーっ!」」


 全てゲロってくれた二人の頭を、やさしくポンポンと撫でてあげる。

 うんうん、素直な人間は好きだよ。よく話してくれたね。


「で、では俺たちはこれで――――」

「まあ待ちなよ。話はまだ終わっていない」

「まだ……なにか足りないとでも?」


 いやね、話しを聞いてるうちに、なんかほんのちょっとだけ、君たちに愛着が湧いた。「利用価値」っていう名の愛情がね。


「君たちを買った奴の命を、僕が倍の値段で買ってあげよう。どうかな?」


 僕の意外な言葉に、二人は困惑したように顔を見合わせた。




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今回の技術


心壊   カテゴリー:体術


【種別】竜舞式護身術

【威力】中程度

【追加効果】スタン・即死

【レンジ】1人

【気力消費】それなり


 竜舞式護身術奥義『死線七撃』の一つ。

 掌底による衝撃で、意図的に心室細動を引き起こし、心不全にする技。

 読んで字のごとく……まさしく「心臓を壊す技」。別名ハートブレイクノック。

 人間の心臓は、思っている以上に脆い。場合によっては、野球ボールが当たっただけでも、心停止することもあるという。しかも、心臓を強打されると、強烈な痛みと不快感に襲われて、失神。誰も助ける人がいないと、意識を失ったまま5分以内には死に至る。うまく入れば、心臓発作に偽装することも可能。

 『死線七撃』の中では、比較的簡単に狙えるが、同時に防がれやすい。よって、相手の体勢を崩すか、相手が構える前に叩き込むのがセオリー。

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