第1章:怒りのあの日

二重人生


 思い出した。

 何もかも…………すべて思い出した。

 第二の人生はきっと素晴らしいものになる、そう信じていたのに。


「ちくしょうっ! ちくしょうちくしょうっ!!」


 僕は鉄格子を拳でガンガン殴りつけた。錆びだらけの冷たい鉄格子は、僕の心の痛みを素知らぬ顔して微動だにしない。石造りの狭い空間に、無情な金属が虚しく響くだけ。


『意外ね。てっきり私に殴りかかってくるかと思ったわ』

「え? 殴ってもいいの?」

『反撃で消し炭になりたいのなら、どうぞ』

「でしょうね!」


 やり場のない怒りがさらに募った僕は、鉄格子に思いきり蹴りを入れた。音が鳴る分、壁を傷めつけるより気が紛れる。けど、いやな気分は収まらない。


『じゃあ、私のことが憎い?』

「…………たしかに、ちょっとは憎いけど。絶対神様がそういう人だっていうのは、初めて見た時からわかってた。それに、今この状況を招いたのは、ほかでもない僕自身の失態だ」




××××××××××××××××××××××××××××××



 僕が今、牢屋に閉じ込められている経緯について、簡単に説明しよう。


 僕――――ハルロッサは、神聖王国を形成する一領主、シェルナ伯爵家の次男として生まれた。

 家族構成は、伯爵の父と、母が「3人」に兄、弟、妹が1人ずつ。それと、祖母がいる。

 お母さん多くない? と、思う人もいるかもしれないけれど、要は正妻と側室。この世界では世継ぎを作らなきゃならないから、男の人が奥さんを複数人持つのは当然の事。むしろ、権力者として妻の人数は一種のステータスみたいなものだ。親兄弟が欲しいとお願いしたけれど、こんなに沢山になるとは思わなかった。しかも、母親同士の仲があまりよくないせいで、兄弟仲もよろしくない。


 僕の母親――――名前はリィンっていうんだけど、もともと弟の母親―――シシリアさんが嫁いできたときに、お付きできた聖術士ヒーラーだった。けれども、父が手を出してしまったせいで妊娠、そして出産。こんなんだから、僕の立場はなかなか面倒くさい。

 リィン母さんはそんな僕の立場を危惧したのか、僕は伯爵の次男であるにもかかわらず、早くから敬虔な信徒として生きるよう教育されてきた。僕はそれを何の疑問も思わなかった。生まれた時から、なぜか神様が近くにいるような気がして(実際にいたわけだけど)ほとんど俗世を捨てるように生きてた。

 この目論見はある意味で当たっていて、他の母親や兄弟たちは、僕のことを完全に無害な存在だと思ってくれていた。まあ、その分、兄だけじゃなくて弟からも、下に見られていたけどね。


 けれども、僕がお城の外で貧しい民に慈善活動するようになると、庶民の間で僕の人気が徐々に高まってくる。ほかの母親や兄弟たちは、それが面白くない。


 そしてとうとう、僕のことを目障りだと思った誰かが、僕に濡れ衣を着せた……というわけ。

 なんでも、昨日父親が宝物庫に入ったときに、僕が家宝の「杖」を盗んで窓から逃げたのを見たらしい。僕自身は、その時間は邸宅でいつも通り一日の締めのお祈りをしていた。直属の家臣たちも、すぐそばで見ていたから、証人もいる。


 じゃあ一体、父が見たもうひとりの僕はいったい何者なのか?

 そもそも家宝はどこに消えたのか?


 それを調べるためと称して、僕は地下牢に幽閉されてしまった、というわけだ。



××××××××××××××××××××××××××××××




「あーあ、せっかく転生して今度こそはと思ったのに、もう人生チェックメイトか。詰まんないの」


 さんざん鉄格子に八つ当たりしてようやく冷静になった僕。

 これまでの人生を振り返ると、やっぱりろくなことがなかった。精一杯、真面目に清らかに誠実に過ごしてきたというのに、気が付けば牢屋の中だ。


『ずいぶんと不貞腐れるのね』

「どこかの神様のせいで、まるで詐欺にあったみたいだ。これなら、前世の段階で、甘い思い出に浸って死んだほうがましだったよ」

『ふぅん、本当にそう思う?』

「今この状態で何ができる? ここまでスムーズに無実の罪を着せられたんだし、根回しはきっちりされてるだろうさ。あのろくでもない父親は、もう僕を犯人と決めつけてる。詰みだよ、完全に」


 結局、目の前の絶対神様は何もしてくれなかったな。

 ま、こんなのを信じた自分が一番バカだったんだ、因果応報だ。

 もう来世はないと思うけれど、もうちょっとまともに生きてみたいものだね。


『まぁ…………私も少しは悪かったわ。何回か助けてあげようとは思ったけれど、いざというとき力を使えなきゃ困るし』

「なんとでも言ってなよ。絶対神様が悪かろうと、僕が悪かろうと、こうなっちゃしょうがないもん」

『でも、ハルが毎日お祈りしてくれたおかげで、ぎりぎりすべてが間に合った』


 間に合った? いったい何を言って――――――――


「ん? 足音?」


 地下牢の入り口の方から、複数人の足音が聞こえる。足音からして、男かな。僕の直属の家来は男2人と女1人だから、家来が助けに来たわけじゃなさそうだ。じゃあ、一体なんだろう? 見張りは外だから交代っていうわけでもなさそうだし。


『さあ、生きるべきか死ぬべきか、決める時が来たみたいね』


 絶対神様がそう云った直後、僕の牢屋の前に三人の大男が現れた。それぞれ手には、こん棒や馬鞭を持っている。彼らを見た瞬間、僕の中の「ハルロッサ」が反射的に怯えてしまい、僕は思わず顔を引き攣らせながら、数歩後ずさりしてしまった。

 それを見た三人の男は、残虐な笑みを浮かべて満足そうに頷き、牢屋の扉の鍵を差し込んだ。


「ハルロッサ様…………お父上の命令で、尋問に伺いました」


 嘘つけ、お前らは兄――――シモーネの配下の兵士だろうが。兄貴の領土では、乱暴者だって有名でしょ!


「あなた様盗んだ伯爵家宝の杖、どこに行ったかご存じないでしょうかね~?」

「知らないというなら、体に聞いてみてもいいんですぜ?」


 ん? 杖がまだ見つかってない?

 てっきり、そろそろ僕の邸宅のどこかに誰かが杖を隠して「此処にあったのが動かぬ証拠!」的な、一昔前の警察の犯罪でっち上げをやるのかと思ってた。

 ということは……………なるほど、なんとなく犯人のやりたいことが見えてきた。


 黒幕は――――弟のヴォルフガングに間違いない。


 そして目の前の彼らは、拷問と称して、今ここで僕を殺す気だ。

 なるほどなるほど……それが君たちのやり口か。


 ……


 …………


 ……ふざけんな!


 バカバカしい! どうして僕が死ななければならないんだ!

 現世も前世も! 僕が騒ごうがおとなしくしようが、殺そうとするくらい嫌ってる!

 ならばもう構うことはない。僕は意地でも生きてやる。生きて生きて、好きに生きて、周りの奴らがノイローゼになるくらい、しぶとく生きてやるさ!

 大体僕――――「ハル」は、前世ではあきらめが悪いって有名だったんだ。その通りにしてやろうじゃないか!



「あん? どうしちまったんですかい黙っちまって? ちびっちまいましたか?」

「下賤な民にちやほやされていい気になってる偽善者様には、俺たちが神様に変わってキッツいお仕置きして差し上げますよ」

「オラァァン! なんとか言ってみやがれっ!」


 男の一人が、僕めがけてこん棒をスイングした―――――瞬間、僕は相手のこん棒の根元を両手でつかんで、動きを止めたところを、左足で全力で金的する。


「ぃなばっ!?」


 男は意味不明な悲鳴をひねり出したけど、玉がつぶれた感触はなかった。ハルロッサ、祈ってばかりで筋トレしてない付けが回ってきたぞ! 仕方ないから更に追撃、姿勢が崩れたからそのまま、こん棒ごと相手を押し込んで、鉄格子に後頭部を強打、そして力が抜けた相手からこん棒を奪い取って、そのまま柄で顎を強打する。舌かんじゃった? ご愁傷様。ここまで10秒…………だめだ、自分の身体弱すぎぃ!


『苦戦してるようね』


 当たり前でしょ! 転生したのに前世のほうが強いって、どうゆうこったよ!?


『仕方ないわね、今から一時的に、前世と同等の力をあなたに授けるわ。うまくやりなさい』


 絶対神様の声はするけど、そういえばこいつらには見えていないのかな?

 なんだか、こいつら牢屋の中には僕しかいないように感じてるみたいだけど。

 まあいいや、何となく体に力が戻ってきた気がする。


「お、おいっ! しっかりしろ!」

「よくもユージンをやりやがったな!」


 君たちの友人、ユージンっていうんだ、笑えるね。いや、もう言語違うけど。

 さて、都合のいいことに次に向かってきたのは三人のリーダー格だ。格闘漫画とかだと、こういう場合部下二人を倒してからっていうのがセオリーだろうけど、相手は突然僕が反抗しだしたから、ちょっとビビってるんだろう。ここは一発、脅しておくか。


「君たち、よく聞き給え。僕、ハルロッサは…………つい先ほど生まれて10年の節目を迎えた。その時、僕の前に絶対神様が現れ、僕を祝福した。おお、ハレルヤ……主は僕に宣った、真実を明らかにすべしと」

「な……何言ってやがんだ? お祈りのし過ぎでおかしくなったか?」

「さあ、今からでも遅くない。天の扉は開かれた。真実を述べ、こうべを垂れよ。さもなくば、絶対神様の怒りが、君を撃ち抜くだろう」


 なんてね、まるで怪しい宗教家だ。けど、効果はあったようで、相手二人は明らかに戸惑っている。よし、此処まで啖呵切ったついでに、前世で試せなかった「アレ」やってみようか。


「か……神が何だ! テメェなんか怖くねぇ! 野郎ぶっ殺してやあぁぁぁぁる!!」


 リーダー格の大男が、逆上して鎖付きの鉄球を大きく振りかぶる。残念ながら、隙だらけだ。

 前世ではいろいろな理由で使えなかった、竜舞式護衛術奥義「心壊」

 その威力、この世界で試させてもらおうか。






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今回の技術


前世の記憶   カテゴリー:奇跡


【種別】強化

【効果時間】24時間

【レンジ】使用者のみ

【信仰力消費】軽め

 絶対神リアから力を借りて、一時的に前世「道重開」の身体能力をその身に宿す。奇跡は通常の強化解除術で解除されない。

 ハルロッサの身体は、道重開の身体に比べて、あまりにもひ弱であった。この奇跡を使わなければ、竜舞式護身術の威力は大幅に落ちる。転生はいいことばかりではないという、いい例ではないだろうか。

 信仰消費は軽めで、効果時間も長めだが、この軌跡を宿しているうちは筋トレしても元の身体に筋肉が付かず、技も身に付かない。また、当然だがハルロッサの身体能力が前世を超えてしまうと、弱体化はしないが、奇跡自体が無意味なものとなる。

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