†魂の天秤†

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――――《Side:Another》――――

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 さて久々に、活きのいいのが手に入った。

 昔に比べれば、そりゃ数は増えたが、すぐ消えてしまうものが多くてな。

 まったく、世の中がここまで平穏になるとは思わなんだ。みんな幸せ者だね。


「その活きがいいのが、一つ欲しいの」

「あんた、まだ若いね。何に使う気だ」

「妹に取られたおもちゃを取り返したいの。それだけよ」


 私の仕事は、河原で石を売るようなものだ。けれども、たまにきれいな石ころを見つければ、欲しい人に売ってやる。生まれた時から、それは変わらない。世界がますます広くなっても、それは変わらない。


「対価として何が出せる」

「冥府の魂はあなたのもとに送る。それでどうかしら」

「…………最低でも7桁は送ってもらうぞ」

「まあ、ずいぶん安く買いたたかれるのね」

「文句があるならアトランティス人の魂でも持ってくるんだな。どうなんだ? 買うのか?」

「いいわ、交渉成立ね」


 で、たまにこういうバカがいるから、この商売はやめられない。




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――――《Side:Hal》――――

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(――ハル)


(――――道重開)


(―――――聞こえてるかしら)




 ん…………? あれ、僕生きてる?


 音が聞こえないのに、頭に女の人の言葉が直接入ってくるような感覚がする。

 口の感覚も、手足の感覚もない。脳みそだけ動いてるんだろうか?


(残念ながら、あなたは一度死んだわ)


 ガーンだな……やっぱり死んでるんじゃないか。ぬか喜びさせやがって。

 じゃあ、僕はいったい誰と話しているの? いや、そもそもどうやって話してる?


(私は神様。いま私は、あなたの頭の中に直接話しかけてるの)


 …………


 ………………


 ……ちくわ大明神


(なにそれ?)


 いや、なんでもない。思ったことが全部相手に伝わるなんて、ロクでもないことだって再認識しただけ。しかし相手が神様とは恐れ入る。僕のような矮小な人間ごときに、いったい何の用です?


(ずいぶんな口の利き方ね。それに、あまり信じてもいなそうだし)


 神様なんてニーチェが殺して久しいからね。今神様にできるのは、石像に血の涙を流させるくらいか、ゲームサーバーの運営くらいなんじゃない?


(…………そう。なら、嫌でも信じさせてあげるわ。『本当は面倒だからやりたくないんだけれど』



 すると、頭に直接聞こえていた声が、途中で急にはっきりと肉声で聞こえるようになった!

 それだけでも、かなりびっくりしたのに、続けて閃光が走って、周囲が一気に明るくなる。そして目の前には、見たこともないような、綺麗すぎる人がいた。

 透き通るような肌に、飴細工のように流れる銀色の髪。顔立ちは、目鼻が通っていて、高級人形のよう。体のラインがくっきり浮かぶ、水色のローブをまとっていて、背中には四対八枚の純白の羽が広がっている。あまりの美しさに圧倒された僕は、しばらくの間何も考えられなかった。


『どう、これで信用したかしら?』


 ああ、うん。まあ……ね。


『じゃ、ちゃっちゃと本題入るわね。あなたには、私の世界に転生してもらうわ。異論は認めないわよ』


 転生…………生まれ変わるってこと? いいんじゃない別に。どうせ僕は死んだんだし、二度目の輪廻転生も人間なら今度こそまともな人生を歩みたいものだ。


『もちろん生まれ先は人間ね。それだけじゃないわ、あなたは私に選ばれた存在なの! 特別に、あなたが今まで培ってきた記憶や技術は、そのまま移植できるわ』


 ああ、そっちのほうの転生ね! つまり、どっちかというと途中からやり直しに近いのか! それはいい! もし小学生以下のあたりから始められれば、もうなんでもやりたい放題だ!


『そういうこと。あなたは生まれたところからやり直せるのよ』


 話半分だとしても、なかなか面白い。なにしろ、十何年かけて学ぶものを、最初からすべて持っていけるんだからね! ただ、文明が現代未満のところだと、当分苦労するかな? お風呂と綺麗なトイレ、それにおいしい食事が当面の課題かな?


『決まりね。話が早くて助かるわ』


 死んだ後に悩むなんて、馬鹿馬鹿しいことはしない。なるようになるさ。


『よろしい! さすがは私が選んだ魂ね! 気分がいいから、好きなお願い事を三つまで聞いてあげるわ。ただし、願い事を増やすっていうのはNGよ』


 三つも! さすがは神様っ! 話が分かるっ!

 さてなににしよう? 不死身とか不老不死とかって意外と後で後悔するんだよね。

 モテモテとかありがちだけど、神様の力でモテてもつまらないし。

 …………ああ、そうだ。人生の最低限の保険をかけておこう。


 というわけで神様、親兄弟が欲しいです。


『親兄弟? 変わったもの望むわね。ファイナルアンサー?』


 親兄弟がいれば最低限のスタートラインに立てるよ。ファイナルアンサーだ。


『よろしい! 2つ目は?』


 大金持ちになりたい! 少なくとも、一生お金には困らないようにしてほしい!


『急に俗っぽくなったわね…………そんなんでいいの?』


 金は命より重い! それがわからない奴は―――――


『はいストップ、それ以上いけない。さあ、最後の望みを言ってみなさい』


 残り一つ…………そうだなぁ。願い増やせ以外なら、なんでもいいの?


『そうよ。私は神様なの、なんでも叶えられるわ!』


 ……今何でもって言ったよね?

 だったら、僕は平穏無事な人生が送りたい。来世はのんびり暮らしたいんだ。


『なるほど、平穏な人生ね――――――』


 もう、あんなに生き急ぐのはごめんだ。

 戦わないと生き残れないなんて、面倒な一生はもう送りたくない。









『だが断るっっっ』


 えっ


『そんなことしたら、あなたを転生させる意味ないじゃない』


 そりゃないよ神様、話が違うよ! 何でもするって言ったよね!


『何でも聞くとは言ったわ! でも、全部叶えるとは言ってないわ!』


 ふざけんな! あーもー……そんなに高望みしたつもりはないんだけどな。わかったよ諦めるよ。どうせ他の願いも反故にするんでしょ? もともとなかったものと思うことにするよ。


『変なところで面倒ね。こっちにはこっちの事情があるの。それに……あなたが記憶を保って、そのまま転生して、平穏な人生送れるとは思わないわ』


 なんで? 確かに殺されるくらい恨まれた僕だけど、こっちから先に手を出したことは一回もない。

 普通の環境に住めるなら、普通に生活できるはずだよ。


『ふぅん……じゃあ、試してみましょうか』


 試す? どうやって?


『10年間お試し期間を設けてみるわ。親兄弟とお金持ちの願いもかなえてあげる。けど、あなたの魂が平穏無事な生活を迎えられるのか…………』





 瞬間、光と音が一気に消え去った。


 それに………なんだか、意識がもうろうと…………




 あ、ああ……ぼくが、きえる……

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