最強の弱者 中編

 件の事件があった次の日の朝。

 いつも通りの時間に登校して教室に入ると、なんだかクラス中が妙にざわついている気がした。まるで大物芸能人の結婚発表があったか、または不倫報道か。そんな感じの、危機感はないけど一大事のようなピリピリした雰囲気がある。

 正直僕は、そーゆーゴシップとか芸能界のこととかあんまし興味ないから、どろどろした空気はあんまり好きじゃないんだけどねぇ。


「なんか今日は妙な空気だな。なんで男子ばっかりが噂話に花咲かせてんだ?」

「ニュースはチェックしたけど、特に大きな出来事はなかったはず」

「電車の中でもやけにヒソヒソが多かったしな」


 僕と同じ木竜館の寮生で、クラスもいっしょの男子、佐野高行さの たかゆきも不穏な様子に苛立ちを隠せないでいた。

 自分の席を見ると、見知った友人二人がほかの男子と同じように、何かの話で盛り上がっている。自分の席でやれよと思いつつも、僕の席は溜まり場の一つだからいまさら何を言ってもしょうがない。


「おはよ」

「はよぅ。二人で何しゃべってんの」


「オッス道重!」

「よう!」


 僕の席にいたのは、かなりがっしりした体格の持ち主である保村勇太やすむら ゆうたと、メガネがよく似合うクラス一の秀才の徳馬慈貴瑠とくま じきる。二人とは親友ってほどでもないけど、二年生の間何かと助け合いつつつるんできた仲だ。


「お前ら二人は当然聞いてるよな、例のこと!」

「例のこと?」

「なんだいそれ?」


 保村が藪から棒に例のこととかいうから、僕も高行も「はぁ?」という表情をしてしまう。それが気に入らないのか、保村もむっとした表情をする。


「知らないのかお前ら。今この学校中この噂でもちきりなんだぜ」

「そうなの徳馬?」

「どこまでが本当か知らんがね。僕も朝のバスの中で耳にタコができるほど聞いたさ」

「おうす、二人とも。知らんならおれが一から説明してやるぜ」


 そう言って後ろからやってきたのは、恰幅が良くて全体的に丸っこい男、小渕伸成おぶち のぶなり。彼は僕とは一年から同じクラスの付き合いだ。


「実は昨日さ、もみのき商店街で女子高生が男の集団に襲われそうになった事件があったんだ。っつーか道重と佐野は地元だろ? なんでしらねぇんだ?」

「もみのき商店街……」

「女子高生が?」


 僕と高行はお互い顔を見合わせる。

 もみのき商店街といえば……いつも僕が通学路にしてる……


「しかも襲われたのが、あのお嬢様学校『聖耀リリアン女学園』最高の美少女として名高い、九重紫苑ここのえ しおんさんときた!」

「まじか…………」


 僕は思わず絶句した。

 高行の視線が僕に刺さる。「なんで肝心なことを言わなかったのか」って。

 いや僕だって制服のデザインから聖耀リリアン女学園の人だってわかってたさ。でもその人がだれかなんて知るわけないじゃん。それに変に話すと面倒だから……

 九重と言えば、それこそこの地域でも屈指のお家柄で、大昔の皇室の末裔とも言われてる、由緒ある一族だ。そんな家のお嬢様が、なんであの時間に商店街を一人でほっつき歩いてたんだよ! もう少しで一大事だったどころか、下手すれば襲った暴漢たちの背後組織は九族皆殺しで、ついでに自治体の長と警察のお偉いさんたちの首が飛んでたよ! っていうか僕の身の安全は大丈夫なんだろうか!? 奏さんに半殺しにされてでも、きちんと最後まで面倒を見るべきだったか!?

 慌てるな落ち着け。ここはとりあえずしらを切り通そう。


「そ、そう。確かに一大事だ。お嬢様は無事だったの?」

「そう! それなんだよ!」


 小渕は待ってましたとばかりに、体をズイッと寄せてくる。


「紫苑さんがまさに襲われる寸前! 通りすがりの一人の男が、暴漢三人をあっという間にやっつけたんだ!」


 なんかまるで自分のことのように話す小渕。

 保村も嬉々として解説を追加する。


「三対一だぜ三対一! それなのに見事な早業で、不良共は地面に叩きつけられて伸されたんだ! 紫苑さんは、助けてくれた男の余りの強さとイケメンっぷりに感動して、ぜひお礼をと言ったそうだが……」

「そいつは「名乗るほどの者じゃない」と一言だけ言って去って行ったのさ!」

「お、おぅ。なかなか無責に――――いや、キザな奴なんだな、そいつは」


 なんか話が微妙に明後日の方に行ってるなぁ。噂話なんてそんなものか。当事者としては「門限が近かったから」っていう情けない理由だというのに。


「助けたのがどこの誰か分からなかったのか? 通行人とかは?」


 高行も空気を読んで、知らなふりして質問をする。


「それがよ! 夜の商店街だったから通行人も誰もいなくてな! 紫苑さんも暗くて顔がよくわからなかったとか」


 保村よ、誰も見てないなら、なんでこんなに早く噂が流れるのか。もはや突っ込みを入れる気すら起きない。だが、それでもちょっとだけ引っかかることがある。


「ふーん、誰も見てないとかいう割には、妙に細かいとこまで知ってんのな」


 高行、僕の代わりに突っ込みいれてくれてありがとう。そうなんだよ、誰も見てないって言っておきながらまるで自分の手柄のように――――――


「ああ、何を隠そう、紫苑さんを助けたのは俺だからな!」

『ふぁっ?』


 おい、小渕。今お前、なんつった?


「は、お前何様? 助けたのはこの俺だっつうの!」

『はぃ?』


 保村まで、なにバカなこといってるんだ?


「ははは、冗談キツイよ二人とも。僕らみたいな高校生が、大人三人に勝てるわけないでしょ」

「馬鹿野郎お前、俺なら勝てるぞお前!」


 え、どこからその自信が? 確かに小渕は柔道部員だけど、別にレギュラーとかでもなかったはずだし。


「言ってなかったか道重? 俺の親父の親友にボクシング元日本チャンプが

いるんだぜ」


 保村……それは君の力量に全く関係なくね?


「やれやれ、朝からみんなこんな調子さ。僕はもう聞き飽きたよ」

「徳馬……君まで「実は僕が」とか言わないよね」

「言うわけないだろう。僕は君と同じで腕力無いから、暴漢三人相手なんて無理に決まってる」


 否定するのはいいけど、僕まで巻き込む必要あったかな。


「おい小渕、いいかげんにしろ! 柔道やってるからって粋がってんじゃねぇよ!」

「そういう君は茶道部じゃないか! それとも茶碗や薬缶で戦うのかい?」


 ああ、てっきり冗談で言ってたと思ったんだけど、どうも二人とも本気で言ってるっぽいな。いったい何が二人をそうさせているのやら。

 しかも、よく周りの話を聞いてみると…………


「実は紫苑さんをヤ○ザから守ったのは俺なんだよなぁ」

「は、ちげぇし! 俺だって!」

「彼女は僕が守った」

「俺が」

「おいどんが」


 おお、もう…………

 クラスのみんな、いったいどうしたよ?


「まあ、こうなるのもわからないでもないよ」

「どゆこと徳馬?」


 殴り合い寸前の状態でにらみ合う保村と小渕を後目に、徳馬はどうでもいいとばかりに淡々と話す。


「九重のお嬢様がどんな人か、君たちはどのくらい知っている?」

「名前くらいは(九重家の)」

「見たことはないな」

「相変わらず君たちは…………」


 木竜館の兄弟姉妹たちは、基本的に周囲の噂話は必要があるときにしかしない。なにしろ集まっている寮生たちの経歴が経歴だけに、陰口や流言で苦労したことは数えきれない。だから、本能的にそういう話題は避けているんだよね。


「まあいい。九重のお嬢様はお金持ちで親が権力を持っているっていうのはさっきも言ったけど、なによりも容姿端麗で頭もいい。この写真を見ればわかるが、大抵の男子は一目見た瞬間に虜になってしまうんだよ」


 徳馬が携帯の中に九重さんの写真を持ってるというので、見せてもらった。


「あ~……確かに、わかる気はするよ」

「完璧すぎて逆に恐ろしいな」


 携帯の写真に写っていた女性の容姿に、僕は思わずドキッとしてしまった。

 あの時は暗くてよくわからなかったけど、それでも何となくかなり可愛い人だなとは感じた。けれども、はっきりとみると改めてその美しさが見て取れる。

 一見して大和撫子と分かる高貴な雰囲気。その表情は和やかで、それでいて凛としている。膝まで届くような長い黒髪は、額のところで切りそろえられているが、顔の造りと相まって絶妙なバランスを保っていて、一層神秘的な雰囲気を醸し出している。これが更に、有名なデザイナーが手掛けたと聞いている聖耀リリアン女学園の制服を見事に着こなしていて、一部の隙もない。

 ああそうか、昼間の明るい時間には近づきがたい雰囲気があるけれども、あの明かりが少なかった商店街では、むしろ逆に周囲の目を吸い寄せてしまう。確かにこんな姿で夜道を歩いていたら、理性の無い人間が我慢できるはずもないよねぇ。


「おーい、道重」

「んっ」


 ああ、僕としたことが、つい見入っちゃった! 恥ずかしい!


「まあ普通そういう反応するよね」

「あっはっは、まあ僕も男だしぃ」

「とまあこんなかんじで、世の男子たちはこの機会にお近づきになってあわよくばってところだろうな」


 ははぁ、それでクラス中の……いや、学校中の男子が手柄の奪い合いをしているのか。この調子だと、うちの学校だけじゃなくて、近隣の学校中……下手したらどこかの会社の中でもこんなやり取りがなされているのかもしれない。

 なんだかまるでシンデレラのようだ。靴の片方でも落としてくるべきだったか?


「それで、君たちもこの二人みたいに『僕が助けたんですー』とか言うの?」

「いやまさかそんな」

「っつーか俺たち、今事件を知ったばかりなんだからあり得んだろ」


 いまさら何を言おうともこの状況じゃ誰も信じてはくれないだろうなぁ。まあでもよくよく考えれば、これはこれで悪いことじゃない。僕はどっちかっていうと外見的特徴に乏しいし、筋肉も運動神経もないと思われている。この上さらに見ていた人がほとんどいないとなれば、僕がやったなんて誰も思わない。

 このまま噂だけが独り歩きしてくれれば、いずれ真相は闇の中。

 当然殴った相手から何を言われようとも証拠不十分だ! ま、調子に乗って誰かが代わりに復讐の標的になってくれればもっと助かる。


「おっと、1時限目の予鈴だ。ほら二人とも、いつまでも喧嘩しないで席に戻った戻った」

「ちっ、後で吠え面かくなよ」

「ウソがばれたときの顔が見ものだな」


 保村と小渕は結局和解することなく席に戻っていった。

 僕の机は二人の飛ばした唾まみれだ。一生懸命ティッシュで拭いていると1時限目の数学の担任が入ってくる。

 ようやっと落ち着いた僕のクラスだったけど、みんな朝ヒートアップしすぎたからか、居眠りする奴が続出して先生は大変ご立腹だった。



×××××××××××××××××××××××××××××× 



 それから数日はドタバタの連続だった。

 今回の事件は、僕が思っていた以上に燃え上ってしまい、街のあちらこちらや特に繁華街で学生同士のけんかが多発した。

 さらに謎のスーパーヒーローの正体が「おそらく未成年の男子」としか分からなかったから、高校生だけじゃなくて大学生や中学生にまで「自称命の恩人」が現れる始末。

 噂では九重紫苑さんは、身の安全のために周囲にボディガードを常駐させているらしいけど、それでもなお彼女に直訴しようと近づく男性は後を絶たない。彼女の邸宅には、「自称命の恩人」が九重家に面会を求めて列を作り、その滑稽な光景はまるでルイ17世生存説が流れた直後のようだったとか。


 けれども、騒動はこれだけでは収まらなかった。

 自称命の恩人たちは、妄想ばかりが先行しすぎた余り、大変な見落としをしていたようだ。

 騒動発生から3日後、繁華街を中心に学生が愚連隊ギャングから集団暴行を受ける事件が勃発した。やっぱりなとは思ったけど、彼らにとっては自業自得だろう。何しろ噂は尾ひれはひれが付きすぎて「5人まとめて倒した」だの「相手は土下座して命乞いした」だの「指先一つでダウンさ」などと人前で臆面もなく言うものだから、あの不良共からしたら我慢ならなかっただろうな。

 ただ、さすがに警察が駆り出される事態になってしまい、1週間たってようやく騒ぎが沈静化してきたところだ。いまだに命の恩人を自称する奴は何人かいるけど、愚連隊にボコボコにされるぞと言ってやれば、大抵は黙る。根性無しが多いなぁ。


 ちょっと気がかりなのは、九重家がほとんど何の反応も示さないことか。普通は大切な娘さんがチンピラに絡まれたというだけでも大騒ぎなのに、お嬢さんの警護を増やした以外は何もアクションを起こしていない。ある意味気味が悪い。



「はっはっは。商売繁盛で笑いが止まらん」

「真顔の上に棒読みで、ちっとも嬉しそうに見えないよ」

「医者の商売繁盛がいいことだと思うかお前」

「思いません」

「だろ」


 事件の余波は、寿実が経営する「竜舞医院」にも波及した。外来は連日、けが人が絶え間なく訪れていて、中には時間外になっても診察を要求する厚かましい患者もいるらしい。寿実は顔にこそ出さないが、僕に愚痴を言うということはよほど疲れがたまっているんだろう。


「ごめん。僕が余計なことをしたばかりに」

「あら、開は悪くないわ。時には門限より大切なことだってあるんだから」


 そうは言いますが奏さん。遅れてたら言い訳無用だったと思います。


「まったく、女性を集団で襲うわ、他人の手柄を横取りしようとするわ、最近の男どもは小さくなったものだ」

「ふふふ、うちの子たちを見習ってもらいものですね」

(そうとも言えないかもしれないけどね……)


 表面上、男子の兄弟たちは事件に関しては無関心なように見える。

 彼女がいる高行はほぼ興味がないようだけど、貫太郎なんかは「受験に成功すればひょっとしたら九重の御嬢さんに会う機会とかあるかな」とか言ってる。

 かくいう僕も、誰にも言えないちょっとした悩みを抱えている。


「一度でもいいから本物を見てみたいな……」


 あの日、徳馬から見せてもらった写真が――――九重さんの顔が頭からなかなか離れない。このままじゃバカな男子たちと同じだと自分に言い聞かせて、極力考えないようにしても、ふとした瞬間に脳裏を横切るのは、あの夜彼女の手を取った感触。

 一目見たいという気持ちは日に日に増すばかり。でも、下手なことをしたらそれこそ藪蛇だ。何もせずおとなしくしているのが最善だ。わかっているんだけれどね。

 ただ、自分から名乗り出るつもりはないし、たとえ名乗り出たとしても信じてもらえる可能性はほぼ0だろう。何しろ証拠がない。だからこそ……見るだけならと思っちゃうんだ。


 そんな僕の身に大きな転機が訪れたのは、事件から1週間たち、2週目の月曜日に突入した日だった。



×××××××××××××××××××××××××××××× 



 この日僕は、中学生の妹分と小学生の弟分を連れて、学校帰りに駅前のショッピングモールにあるこじゃれた服屋に寄っていた。

 先日の動画投稿者生放送がそこそこ盛況だったおかげで、今日臨時収入が入ったんだ。なので、せっかくだから年少二人に普段いい子にしているご褒美ということで、服を買ってあげることにした。もちろん寿実も奏さんも了承済みだ。


「どーお、開あにぃ、似合ってる?」

「いいんじゃないかな。これからの季節によく合いそうだ」

「ああでもさっきのも捨てがたいな! 迷う~!」


 妹分の七々原榛名ななはら はるなは、久々のオシャレタイムを幸せそうに迷走してる。女の子は無限に似合う服の組み合わせがあるから、そりゃ迷うよね。


「じゃーん! みてよアニキ! かっこいい?」

「あー、うん。似合ってるけど、今どきそんな服売ってるんだ……」


 一方、弟分の仁内陸じんない りくはというと、なんだか一昔前の少年探偵のような服を選んでいた。来週の日曜日に一緒に動画に出るって約束したから、張り切っておめかししたいんだろうな。


 そんなかんじで、あれこれ服を選んでいる弟妹を見ていると、後ろから誰かから声を掛けられた。


「あ、あのっ! 失礼ですがっ!」

「うん?」


 振り返ってみると、そこにいたのは聖耀リリアン女学園の制服を着た女の子だった! しかも、若干緊張しているのか、頬が赤い。なんだか色々勘違いしてしまいそうなシチュエーションに、僕も若干顔が赤くなってしまう。


「間違ってたらごめんなさい。ひょっとして……ひょっとしてなんですけど『踊り手』の「ハルロッサ」さんですか」

「え!? あ、うん……そのとおりだけど」


 なんと! なんとなんとなんと!

 僕のことを動画で見たって言ってくれる人が!

 うわ~、そんなこと言われたのはすごい久しぶり! しかも聖耀リリアン女学園の女の子にまで見てもらえるなんて光栄だ!

 そこまで爆発的に人気があるとは思ってないけど、いまだに同じクラスの誰にも気が付かれないものだから、声をかけてもらえるだけでもすごくうれしいよ!


 あ、ちなみに「ハルロッサ」は僕の源氏名ならぬ、ネット上のニックネームね。なんとなく、かの神聖ローマ帝国の王様「バルバロッサ」にちなんでみた。


「あのっ、実は私っ! 中等部の頃からハルロッサさんのファンなんです! こんなに近くで会えるなんて、とてもうれしいですっ!」


 「中等部」って言葉がまたリリアンらしいな。

 でも、知ってるって言われることはあれど、ファンって言われたのは初めてだな。なんだか芸能人になった気分だ。


「いつも応援してくれてありがとう。君のその言葉だけで、これからももっとダンスを好きになれそうだよ。もしよかったら、リクエストとかあれば答えてあげたいな」

「いいんですか!? あ、でも、そうだ……」

「?」


 彼女は何やらカバンをまさぐって、ちょっと古い機種の携帯電話を取り出した。ひょっとして……一緒に写真撮りたいとか?


「じつは私の親友に、私以上にハルロッサさんのファンの子がいるんです! せっかくなので、呼んでもいいですか?」

「そうだね、30分以内に来れるのなら…………」

「わかりましたっ!」


 僕はあくまで下校途中に買い物をしているに過ぎない。今日の門限は19時だ。さすがにもう二度とギリギリなのは勘弁だ。

 女の子はどこかに電話を掛けると、すぐに話が通じたのか、一言二言話しただけで終わった。若干妙な予感がするけど、もしかしたらまだ何人も来るのかも?


「大急ぎで来てくれるみたいです! 10分以内には来ると思ますよ!」

「そんなに慌てなくても大丈夫だけどね」

「ところで、その…………お妹さんたち、ですか?」

「ああうん、まあね」


 そのあと10分ほど、その親友さんを待つ間に、女の子から動画の話やらリクエストのダンスやらを語り合う。さすがお嬢様学校の子だけあって、すごく礼儀正しいし、聞くことを避けてるとはいえ、プライバシーにかかわることをほとんど話さない。きちんと自己管理できているところは、なかなか好感が持てる。男なら一度はお付き合いしてみたいものだけど、さすがに贅沢すぎるだろう。


「あ、携帯が……いったん失礼します」

「ご友人かな?」

「はい、そのようです。――――もしもし、モールについた? 今二階の服屋さんの前で…………そうそうこっちこっち!」


 わざわざ来てくれるほどの親友さんはいったいどんな人なのだろう?

 そう思って、なんとなく彼女の視線の先に目を向けてみると――――――


 僕は二重の意味で心臓が止まりそうになった。


「な……なっ?」


 まるで、モーセのエクソダスのように人の波が真っ二つに割れる。

 きっちりとしたスーツを着込んだ四人の大人の女性を従えて現れたのは、かつて写真で見てから網膜に焼き付いて離れなかった―――――


「は、開兄ぃ……?」

「なにあれ……?」


 圧倒的な存在感の前に、弟妹は思わず僕の背中に隠れようとした。

 僕もまた、体が硬直して一歩も動けない。


 九重紫苑――――本物が僕の目の前にいる。


「道重開様……ですね?」

「……はい」


 鈴のような透き通る声で名前を呼ばれる。

 僕が想像していた以上に美しい声だ。


 あまりのことに呆然とする僕の右手を、紫苑さんは両手で強く、しかし優しく握ってくる。


「また、会えましたね…………あの時は助けていただいて、ありがとうございました」


 そう言って紫苑さんはにっこりほほ笑んだ。





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