グランド・セフト・オート・バイスシティ

 今でこそおれの生活の一部となったゲームだが、ガキの頃は殆どゲームをしなかった。興味がなかったわけじゃない。家が酷く貧乏だったせいで、同世代のやつらが当然のように持っているもののいくつかが、おれの少年時代からごっそり抜け落ちていた。ゲーム機もそのひとつだ。惨めな気持ちがなかったわけではないが、自分じゃどうすることもできない。おれには縁のないものなのだと、かなり早い段階ですんなりと諦めていた。親にねだったりしたこともない。アホなガキだったが無駄骨を折るのは好みじゃなかった。

 ところが驚いたことに、おれは大人になった。想像もしていなかったことだが、おれは都会に出て働き始めたのだ。おれは生まれて初めて金と言うものを見た。こんな紙っ切れが何にでも交換できると言う。どんないんちきが働いているか知らないが、便利なもんだ。

 たちまちのうちに金の魅力の虜になったおれは、少年時代に復讐を始めた。金の命ずるまま、欲しいものを手に入れた。それほど欲しくないものさえ手に入れた。しみったれたものから、怪しいものまで、アルバイトを転々としていた。入ってくる金も乱高下を繰り返していたが、その使い方は大したもんだった。懐の金だけじゃ到底満足できなかったおれは借金を繰り返した。


 そのゲーム機がいつおれの部屋に来たかは覚えていない。気づくとそこにあった。おれははっきりとした熱意を持って、そいつに接していたわけじゃない。どうしても暇で暇で仕方がない時に、野球ゲームとかサッカーゲームとか、その辺をちょこちょこいじくっていただけだ。問題は、大抵の場合において、おれが暇で暇で仕方がなかったってことだ。

 おれは毎日ホームランを打ちまくって、ゴールを決めまくった。虚しい行為だと思っていた。時間を無駄にしている罪悪感がおれをしょげさせた。このままでいいのか? おれは自分が才能のある男だと何となく思っていた。とりわけ音楽、文学、ボクシングについては天才だと根拠なく思い込んでいた。なんだってできるさ、おれだもの。でも、どうしておれは、なんにもやらないんだろう? 鏡に自分を写しながら、そんなことをよく考えていたものだ。おれは自分がまだスーパースターになっていないことが不思議でたまらなかった。よし、何かをやろう! 自分の頬を叩いて気合を入れた。でも何をやれば?

 おれはこんな理屈を思いついた。おれがおれでい続けさえすれば、自然とおれの進む道が見えてくるはずだ。これだ、と思えるものが見つかりさえすりゃ、おれはモノになる。その日まで、このままこうしていよう。


 働きもせずふらふらしていることが多くなるにしたがって、おれのゲームの幅がじわじわと広がっていった。だがそのころのおれは自分の好みがてんでわかっちゃいなかった。腑抜けたもんを頻繁に摑まされて、よくえらい目に遭っていた。

 今はもう絶滅寸前だが、そのころは近所に何軒かの中古ゲームショップがあった。おれはその全てにほぼ毎日通っていた。あまりにも頻繁に通っていたので、転売屋か何かだと勘違いされたほどだ。確かにおれの風貌はゲーム屋にそぐわないものではあったかもしれない。ゲームソフトを買いまくるくせに、売りに出さないのがやつらにとっては不思議でたまらなかったのかもしれない。それにしたって、メールの返信をするために携帯電話をちょっと触っていただけで、警告を授かるのは決していい気分ではなかった。それも一度や二度ではない。似たようなことが何度かあった。

 いかにも冴えない店員がおずおずと近づいてくる。大抵、だらしない身体をした脂の塊のようなやつか、今にもくたばりそうなほど痩せ細った蝋燭みたいなやつかのどちらかだ。

「あのう……そういったことは、やめてもらえませんか?」

 なにがこいつをこんなに必死にさせてるんだ? 転売屋だかなんだか知らないが、連中が動くとこいつらが大損するってのか? まあいい。おれは陰気なこいつらが嫌いじゃなかった。放っておくと一日中でもアニメを観たりゲームをやり続けたりするんだろう。オタク。気味の悪いやつらだが、ぞっとするほどじゃない。

 そのころおれがつるんでた連中のまわりにはおぞましいやつもいた。大物になりたくて、なにかをやる連中。例えばそれは、音楽だったり服飾だったり文筆だったり映画だったり写真だったり、まあ色々だ。例外なく全員クソだった。口を開けば間抜けなことばかり言っているし、本当につまらないものしか作っていなかった。すでにそこそこ有名だったり、後に有名になったやつもいる。でもクソはクソだ。こいつらは誰でも彼でも褒めるのが得意だった。おれのことすら褒めてきやがった。そのあと決まってアホ犬みたいな顔してじっと見つめてくるのだ。「そっちを褒めてあげたんだから、こっちも褒めてよね」ってわけだ。どこを褒めてやればいいのかわからず、おれはよく途方に暮れていた。連中のこれ見よがしの虚栄心や溢れ出る自尊心は、おれの心を深く傷つける。おれは醜いものを見ると傷つくたちなのだ。おれを傷つけるものが、街には、この世には、なんと多く溢れていることか。時には自分自身でさえおれを裏切るのだから、一体何を信じればいいのかおれにはわからなかった。


 そいつは中古ゲーム屋の棚にあって一際輝いていた。鮮烈な体験だった。そいつを目に留めた瞬間、おれの中でのビデオゲームのイメージが一新されたのだ。どうにも信用できない軟弱なやつから、信じるに足る骨太なものへと。

 当時の状況とおれの懐具合を鑑みるに、決して安い買い物ではなかったはずだ。だが金など問題ではなかったろう。おれはこんな出会いのために生きているのだから。金など。クソたわけた紙っ切れなど。大した問題ではないのだ。

 グランド・セフト・オート・バイスシティ。こんなにいかしたゲームはなかった。芯からしびれた。今でもしびれている。あれからずうっと、だ。

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おれはゲームで皇帝で 阿部エース @panchra

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