おれはゲームで皇帝で
阿部エース
ボーダーランズ2
わかってくれるかい? 語りたいことは山ほどあるんだ。おれの人生の一部を容赦なくえぐり取っていった、この偉大な怪物的タイトルについて。
語っても語っても語り尽くせないほどだ。おれがこいつに捧げた時間を想像してみて欲しい。いいや、そんなものじゃない。誓って言うが、そんな程度じゃないんだ。正直なところ、おれ自身だってどれほどのものなのか、とんと把握できてやしない。おれが時間を気にするたちじゃないってのもあるし、実際にプレイしていない時だって、おれはこいつと延々ダンスをしていたからね。こいつはものの見事におれを支配したんだよ。おれがどこで何をしようが、一切お構いなしだ。ちょっと待てよ、あのスキルとあのスキル……それにあのレリック……これはガンマンでいけって託宣か? ZER0にトーグは似合わねえ……でも火力が……ダメだダメだ、ハロルドはもう封印したんだ……。寝ても覚めてもこんな調子さ。なあ、わかってくれるかい? 語りたいことは山ほどあるんだ。だけど、言葉が出てこない。こいつを前にすると、おれはしどろもどろになっちまう。饒舌になるには、おれはこいつに弱味を握られ過ぎたんだ。
住民票を移したくなるゲームってのがある。そんなゲームにハマっちまうと、リアルとゲームとの主従は逆転して、ゲームの合間に働いたりメシ食ったり眠ったりするハメになる。現実は味気なく色褪せたものになり、反対にゲームの中でなら歩いているだけで格別の幸せを実感できる。永遠にこうしていられたならどんなに素敵なことだろうな。ちらちらと時計を盗み見ながら、ほんの僅かでもいいから、一分でも二分でも長くこの世界で彷徨っていたい。一時間後のおれはきっと職場にいることだろう。仕事はどうしようもなく退屈ってわけでもないし、気が乗らないから手を抜くってのもおれの性には合わない。それでも一時間後のおれを想像すると、溜め息が漏れるぜ。だってどっちのおれが本当かって言ったら、断然こっちだからね。こっちって、どっち? さあね、そいつは想像に任せるよ。身を切られるような思いで、ゲームからおれをむりやり引っ剥がし、せっかちな秒針を恨みがましく見上げる。ああ、早く帰りたいぜ、おれのいるべき場所に、心の底から安らげるあの世界に、一刻も早く……。
肩透かしをくわすようで悪いが、ボーダーランズ2はそういった類のゲームじゃない。惑星パンドラでのんびり歩いてたって、心の充足は期待できやしない。必要なものは銃、そして敵。どっちも惑星パンドラには佃煮にするぐらい溢れている。おれは敵を倒す(ただ倒すだけじゃない、ど派手に倒すんだ)ために銃を手に入れ、銃を手に入れる(ありきたりの銃じゃ満足できない、イカした銃が入り用なんだ)ために敵を倒す。やりたいことはこれだ。シンプルな話なんだよ。
だが本当にそれだけか? ただ単に手持ちの銃をぶっ放して、木っ端微塵にした敵から銃をぶんどることだけが、夢見心地のアドレナリンラッシュを呼び起こすのか? いいや、おれはそんな単純な男じゃない。殺して、奪う。その殺伐としたサイクルに、こだわりという優雅な調味料を少々。
ある時、おれはZER0だった。この素性の知れないニンジャ風味の暗殺者を操るんだったら、やっぱり渋くきめたいわけだ。アホな敵どもを翻弄して、死角からぶすりと一撃で仕留め、涼しい顔で戦場から立ち去りたいわけだ。ならば、セカンドウィンド狙いのロケットランチャーや、手数勝負のSMGを懐に忍ばせる必要はない。例えそれがZER0の死体の山を積み上げる結果になったとしてもだ。
またある時、おれはサルバドールだった。こいつはチビだが、タフなガソリンタンクだ。不満をためることを知らない、怒りと暴力ががっちり手を組んだような男だ。そんな野郎が高級家電みたいなマリワンの銃を自らの得物に選ぶだろうか? あるいはガキのオモチャのようなハイペリオンの銃を? 冗談はよしてくれ。こいつの手にしっくり馴染むのはヘビーデューティーな男の銃だ。筆頭候補はジェイコブス、次点でバンディット。ああ、トーグもぴったりだ。
大事なのはスタイルなんだ。スタイルを確立するために、おれはレベルをあげ、スキルポイントを握りしめ、スキルの森に分け入ってゆく。たった三本のスキルツリーからなるこじんまりとした森。だが気をつけな、こいつは見た目に反してなかなか奥深い。迷ったらそう簡単には出られないぜ。おれ? おれに関しては心配いらない。おれはスキルの強弱なんかに興味はないんだ。効率的に敵を捌くためのスキル振りなんて、数学者どもに任せておけばいい。もう一度言う。大事なのはスタイルなんだ。それ以外のものは……端的に言って、クソだね。おれは間抜けなマンチキンどもが大嫌いだ。ポップアップする数字にしか興味を示さないとち狂ったインポ野郎どもはね。まったくセクシーじゃないぜ。くたばりやがれ。
まあ、そんな感じだ。おれは段々とこれを書くのにうんざりしてきた。なんだってこんなもん書くんだ? 暇だからだ。どうしてゲームなんてしょうもないもんで時間を浪費するんだ? 暇だからだ。
おれはまた一からボーダーランズ2をやっている。これを書いていたら無性にやりたくなったのだ。久しぶりの惑星パンドラは何も変わっちゃいなかった。当たり前だ。こいつはゲームだ。変わるわけがない。だが、おれが生きてる現実ってやつは、日々変わり続けてるんだってな。そうかも知れない。初めてこのゲームを触った時と比べると、おれを取り巻く環境もずいぶんと様変わりした。本当か? 知るか。おれは何人目かのクリーグ(ああ、そういやこいつは追加キャラだったな。すっかり忘れていたよ)で、ブリーモングを吹っ飛ばし、クラップトラップの目をサー・ハマーロックに手渡した。何度も何度も何度も同じことを繰り返して、おれは馬鹿か? 一体いつになったら、おれはこいつから卒業できるんだ? 並のゲームなら擦り切れて破けるくらい、おれはこいつをやりまくったはずだ。なのに何故、まだこいつとやりたがる? このゲームの中において、新鮮な体験などは最早ありえないのに。「導火線に火をつけな! テメェらまとめてブーンだぜ!」ああ、何度も聞いたよ、おまえのその台詞。最初はそれなりに興味深かったはずのカットシーンは、いまや退屈極まりないものに成り下がった。アンコモン装備が放つ緑の光は、鈍く曇り、原初の輝きは永遠に失われてしまった(ハクスラの一番悲しい部分だ。かつておれの心を浮き立たせたものの殆ど全てがゴミになる。変わったのはおまえの価値じゃない。おれの心だよ)。操作は身体に染み込んで、ハプニングなんて起こりやしない。
おい! それでもめちゃくちゃ面白いぞ、ちくしょう! おれの頭は一体どうなってやがるんだ? おれにはちょっと先の未来が見えるぜ。二周目の後半あたりでおれは急激にこいつに飽きる。飽き飽きして、たまらなくなって、もう二度とこんなゲーム起動するもんかよ、それで他のゲームに手を出す。金に余裕があったら新作を。なければ、ちょっと手をつけて放って置いたやつに取りかかる。ウィッチャー3とか、PREYとかな。まあ、それも程なくして飽きる。で、POEやったり、フォールアウト4いじくったり、意味なくHALOシリーズをマラソンしてみたり。それらも飽きる。ああそうだ、全部飽きるんだよ、結局な! それで気づくと、よせ、よせ、ああ! おれはボーダーランズ2を始めからやり直してるんだ。気が滅入ってくる。なあ、この呪いはいつ解けるんだ? 死ぬまでか? おれは死にたくない。だが死ぬべきだ。
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