不文律の二択

青葉 千歳

不文律の二択

 増えすぎた人類を適当な人数に減らすため、半分の人間を殺す政策が立てられた。もちろんそれは全人類の賛成を得て行われたものではなかったが、ある程度の人々は「仕方がない」と思っただろう。ある程度というか、多分半分以上の人がそう思ったに違いない。かく言う僕も。もちろん死にたくはないが、その政策の後でまともな生活が送れる可能性があるのなら、その可能性に賭けてもいいと、そう思えた。今までどんな場面でも二択を外すような運のない人生だったけれど、今回くらい、僕の味方になってくれてもいいだろう?都合のいい考えかもしれないけど、そう考えるしかないのも事実だ。実際のところ、ジタバタしたって仕方がないのだ。どう足掻いたって、この現実からは逃れられないのだから。


 どのようにして半分の人間を殺すかと言えば答えは至極単純、くじ引きだ。白と黒のプレートが入った箱の中から、どちらか一枚を引く。ただそれだけだ。そんなものに僕らの生死がかかっているかと思うと笑えてくるが、ランダムに決められるよりかは面白みがあっていいのかもしれない。この馬鹿馬鹿しさに、何となく世界の終焉が見えた気がした。


 問題なのは白を引いた者、黒を引いた者のどちらが死ぬことになるかという話だが、実はこれは決まっていない。生きるか死ぬか、その二択を決めるのは引いた色ではなく人数だ。「引いた人数の多かった方の生命活動を停止させる」というルールらしい。これまで多数決で決めてきた世界は、最後の最後で少数派に味方した。普通なら多いほうを残しそうなものだが、人類を減らすのが目的である以上、多いほうを消すというのは至極真っ当なのかもしれない。くじ引きという時点で、明確に半分の人間が死ぬわけではないが、こうなると一体どれだけの人間が生き残るか、正直見物である。


 生命活動の停止というのは、パフィルの停止を意味する。僕らは生まれたとき、心臓にパフィルと呼ばれる機械を装着される。身体の健康状態を逐次管理するという目的で作られたものだったが何てことはない、数百年後の、この日を見据えて作られたものだった。既にその時から、人類が180億人を超えたら今回の政策を立てることは決められていて、だからパフィルには生命活動を停止させる機能が備わっていたのだろう。誰もこの命運から逃れることはできない。くじを引かなかった者は問答無用でパフィルによって生命活動を停止させられるため、生き残る可能性さえ捨てることになってしまう。そうなれば当然、くじを引かない人間はいない。死にたがりなら或いは、分からないけれど。


 どんなときでも子供は優遇されるもので、15歳以下の者は無条件で生存を許されている。つまりくじを引くのは16歳以上の人類ということだ。これは満16歳ではなく、今年で16歳になるもの全員という意味で、つまり高校一年生は全員対象となる。この時ばかりは流石に「どうして後一年遅く生まれなかったんだ」と毒づいた。もうこの時点で既に僕の運の悪さが垣間見えるが、16歳の人間なんて僕以外にも沢山いるので、文句を言うのは間違いかもしれない。でもやはり僕ら16歳は、この政策に一番納得できない世代であったろう。これが16歳以下だったなら、今度は17歳が納得できていなかっただろうから、結局運がなかったというしかない。


 一ヶ月にわけて、生死を賭けたくじ引きが世界で行われた。引く順番は生まれたときに与えられる生命番号順だ。つまり年寄りから順に引いていくことになり、僕ら16歳は一番最後ということになる。くじ引きが始まったその日から、世界はこの話題一色だった。自分が引いたのが白なのか黒なのかは知ることはできるが、全体でどちらがどれだけ引かれたかというのは全員が引き終わった後でしか知ることができない。だからみんな身の回りの人たちと集まって「自分は黒を引いた」「私は白だった」と、小さな世界で統計を取っていた。果たしてそれに意味があるかと言えば、当然ない。むしろ白を引いた者と黒を引いた者で小さな争いが耐えなくなった。どこからか「死ぬのは白の方だ」という情報が流され、それを信じた白を引いた者たちが、他の人々を殺すという事件も起きた。どうせ死ぬのなら道連れにでもしようと思ったのだろう。その事件は次第に大きくなり、いつしか世界は白と黒の戦争に勃発した。国も民族も宗教も関係なくなり、ただ「白か黒か」というそれだけで味方と敵がつくり上げられた。それは、初めて世界が国境を越えてひとつになった瞬間だった。白のプレートを持つ者たちに同じ白のプレートを見せれば、まるで家族のように受け入れてくれる。逆にその人たちの前で黒のプレートを見せようものなら、酷い迫害や拷問を受けて殺される。今ここに世界は明確に二分され、きっとそれは全員がくじを引き終わるまで続くだろう。まだくじを引いていない若者は「くじを引くまで生き残る」ということが必要だった。くじを引く前に死んでしまう人は沢山いた。しかし、たとえ生き残ってくじを引けたとしても生き残れるとは限らない。そこまでして生き残る必要があるのか、僕はいつしか疑問に思い始めていた。僕以外の家族が全員引き終わった頃には、既に数十億人の人が死に絶えていた。


 僕の家族は父と姉が白、母と兄が黒と、綺麗に二分される結果となった。しかしそのおかげで両親は酷い喧嘩をして離婚してしまった。どうせどちらかが死ぬのだから、むしろ喧嘩別れができてよかったと言えるが、家族と離れ離れになるのは辛かった。母と兄は家を出て行き、僕は家に残った。もし僕が黒を引いたなら、父と姉は僕をどうするだろうか。


 くじは18歳が引くことになり、ついに僕の学校でも戦争が起こり始めた。クラスごとの仲間意識はいつしか白か黒かの仲間意識へと変わり、今までの比にならないいじめが勃発した。いつも5人組で行動している者たちの中で、一人だけ違う色を引こうものなら、壮絶な地獄が待っていた。本来ならば抑止力になっている教師さえ自分と違う色の生徒を迫害し、世界の戦争よりも醜い争いがそこにあった。迫害を受けるのはいつも少数派であるが、こぞって少数派をいじめている多数派である彼らは、自分たちが多数派であることに気付いていないのだろうか?クラス内、学校内だけではあるが、既に自分たちは死ぬ側の「多数派」であると言うのに。その現実から目を背けたくて、そんなことをしているのかもしれないけれど。


 やがて18歳、17歳が引き終わり、僕らの学年の番になった。その日から政府にくじを引きに行く生徒が現れ、クラスに人が少なくなった。その閑散としたクラスの中で、僕はぼんやりと自分の番を待っていた。


 「ただいま」


 隣の席の美羽が、そう言って席に着いた。彼女は今日、くじを引く番だったはずなのだが、どうやらそれが終わった後でわざわざ学校に来たらしい。休んでも誰も文句は言わないのに、律儀なやつだった。「どうだった?」と聞くわけにもいかず、適当に相槌を打つ僕に彼女は笑いながら「結果、聞かないの?」と聞いてきた。正直聞きたかったが、聞いたところで何も変わらないし、どうにもならない。僕の好きな人が白だったか、それとも黒だったかなんて。知ったところで、僕にはどうしようもない。死ぬときは死ぬし、生きるときは生きるのだから。だから僕は「別に」と素っ気無い返事をした。


 「爽哉は大変だね」


 「何が?」


 「だって、一番最後だから」


 「・・・・・」


 「爽哉はどっちを引くかな?」


 「そんなの、わかりゃしないよ」


 「それじゃあ、黒を引いてね」


 「・・・どうして?」


 「さあ、どうしてだろうね」


 彼女は笑って言う。



 「一緒に生き残れると、いいね」



 ・・・・・・・。


 ついに、僕が引く番が来た。そして今日で、全て終わりだ。戦争も、世界も、人類も。


 「生命番号214・379・032・765番、空地爽哉。2XXX年4月1日生まれ。間違いないな?」


 政府の人間が僕に問う。僕は「はい」と答える。


 「よし、お前で最後だ。引け」


 目の前に、箱を差し出される。その箱の上に、手が入れられる穴が開いていた。僕はその中にそっと手を入れる。


 世界は静寂に包まれ、僕が引くその瞬間を見届けていた。気付けばいつしか戦争は終わり、人々はただ祈るばかりだ。自分の生存を。或いは、大切な人の人生を。僕は、どちらを願うだろう。どちらかが死ぬと言うのなら、自分の命と、美羽の命と。どちらを、選ぶだろう。


 ・・・願わくば、二人とも。


 ひとつのプレートを掴み、箱の中から手を出す。その手に握られていたプレートは。


 黒だった。


 瞬間、全人類が見守るモニターに、数字が映し出された。僕らの命運が、生き死にが、そこに映っていた。


 そこには。

 


                白:5,876,339,180



                黒:5,876,339,181

 


 ・・・・・。


 どうやら僕は。


 どっちを引いても、死んでいたらしい。


 最後は運がないどころか、運そのものが許されなかったようだ。


 でも、それならせめて。


 彼女のために、白を引きたかったよ。

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不文律の二択 青葉 千歳 @kiryu0013

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