第34話

私はキリ君に頼まれて不思議な店に来ていた。その店の店主は怪しげな英国貴族風の男だった。


「どうかな?なかなか良い雰囲気だった思わない?」

男はそう言いながら私を木製の丸テーブルに座らせた。目の前には古そうな大きな柱時計があった。

「コーヒーしかないんだけど、よかったら」

男はそう言いながら私の前にカップを置いた。

コーヒーの濃い香りが鼻をついた。一口飲んでみたがとても苦かった…


男は私の前の席に座ってコーヒーを美味しそうに一口飲んでから薄く目を開いた。

「君、面白いね。よくそれだけの傷なのに動ける。それ魔法?」

男はそう言うと今にもケラケラと笑いだしそうだった。

私は膝の上に乗せているキリ君を揺すった。でもキリ君は全く意識を取り戻す気配はなかった。

「ねぇ。ケイトちゃん。君何でそんな蝙蝠と仲良くしてるの?と言うかそんな傷あるのにひょこひょこ私みたいなのに憑いてきて馬鹿?」

男にそう言われた瞬間手が小さく震えだした。コーヒーの香りは紅茶の香りとは違い体を蝕む様だった…

男は立ち上がると私の後ろに回った。

「君は可愛いけど美しくはないね。綺麗じゃない」

男はそう言いながら私の首筋を指でなぞった。

「あぁ、そういうこと」

男は何か納得したように頷いた。

「いいね。その恐怖に満ちた顔」

そう言うと私の耳に息をかけた。

「…貴方が何者かは知らないです。でもキリ君が貴方を信じているみたいだから」

私は絞り出すようにそう言った。

男はツマらなそうに「ふ~ん」言うと私の太ももに手を置いた。

「味見していい?」

男は囁く様にそう言った。今すぐこの場から逃げ出したかった。でも、体が動かなかった。

「いっい…い…」

「いい加減にしろ!この腐れ爺!!」

そんな叫び声がすると同時にゴスっと言う鈍い音がして男は後ろに吹き飛んでいた。

「えっ!?」

私が目を丸くしていると木製の床にボタリと蝙蝠が落ちた。

「キリ君!?」

私は駆け寄るとキリ君を拾い上げた。

「師匠に向かってなにするんですか…」

男は額をさすりながらそう言った。

「都合の良いときだけ師匠面すんな!!あと、友達泣かす奴は許さねえ!」

キリ君は男に向かってそう叫んだ。

「あはは。ごめん。つい」男はそう言いながら立ち上がってキリ君と私の上に手を置いた。

この人は一体何者なのだろうか…



『魔術師とお茶を一杯。26の3』

不思議な店の店主は自分の事をキリ君の師匠だと言った。


「さて、私の出来損ないの弟子は何故こんな姿にされたんですか?恋路の邪魔でもしました?」

男はそう言いながら私の手からキリ君を連れていたった。私が唖然としていると男は

「ほら、お嬢さんそんな床に近いところにいると押し倒すよ」

と言って椅子を引いた。

「黙れ!この変態!!」

男の手のひらの中でキリ君はそう叫んだ。男は無表情になりながら椅子に座るとキリ君の羽をもって自分のカップの中に何度も浸して「あはははは。楽しいな」と棒読みするように笑った。「止めろ~」と言うキリ君の悲痛な叫びが店内に響いた。

「やっ止めて下さい!」

私は男に向かってそう叫んだ。

男はチラリとこちらを見ると

「そう言えば自己紹介がまだでしたね。初めまして、トキザカ トオル。それにしてもヒツジノケイトちゃんって本当に頭飛んでるよね~」

と言った。そう言われて私は今頃ハッとした。

「何で私の名前知ってるんですか!?」

私がそう言うとトオルさんはケラケラと笑い出した。

「こいつはそう言う魔法が…」

キリ君がそう言って教えてくれようとしたけれどまたカップの中に入れられたら。

「あぁ!キリ君!!きっキリ君返して下さい!」

私がそう言うとトオルさんは何処からともなく傘を取り出すとその先端にキリ君をぶら下げてこちらに突きつけてきた。

私が手を伸ばした瞬間キリ君が叫んだ。

「避けろ!!」

意味も分からなかったし、そんなに素早く反応は出来なかった。次の瞬間床に頭を打った。

「痛い…」

頭をさすっていると遠くでトオルさんがゲラゲラと笑っている声が聞こえた。それから妙に体が重くてコーヒー臭かった…

「悪い…」

すぐ耳元で絞り出した様なキリ君の声がした。そして目を開くと蝙蝠ではなく人の姿をしたキリ君が私の上に乗っていた。しかも全身びしょ濡れで…

「ひっひゃああああああ!!」

つい、叫んでしまった。

「本当に悪い…」

キリ君は顔を真っ赤にさせながら私から離れた。

「うっわっキリ君さっいてぇ~」

トオルさんはとても楽しそうにそう言った。

「誰のせいだと思ってるんだ!!」

キリ君はそう叫ぶと魔法を発動させて叫びながらトオルさんを追いかけ始めた。

キリ君が誰かとこんなにじゃれ合う姿は初めて見たので私はついクスリと笑ってしまった。

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