第2話不出来な弟と秀逸な姉と
リビングに入ると小さな背中がビクッと震える。いつもの事ながら不愉快だ。怯えられているのか嫌悪されているのか分からないがどちらにせよ気持ちの良いものではない。そのままソファーに腰を下ろして、さっきからこっちを伺っている人間に声をかける。
「さっきから何だよ。邪魔って言いたいの?」
「ちがっ、私はそんなつもりじゃ……」
声の主は篠之宮しののみや遥はるか。俺の姉だ。
わざとらしくため息をつき、机に置いてあった漫画雑誌を読む。
俺、篠之宮しののみや悠里ゆうりは受験生だ。そして高校入試まで一ヶ月を切っている。漫画雑誌など本来読んでいる暇はない。しかし今から少し勉強したところで何が変わるわけでもない。なぜなら俺の成績はクラスどころか学年でも最下位という惨状だからだ。その悲惨さの程は進路担当の教師にも匙を投げられたと言えば分かりやすいかもしれない。少し勉強したところで意味は無いということだ。願書こそ出したものの合格は絶望的だ。
「悠里くん、あの、これ」
そう言って姉は紅茶と茶菓子を机に置いた。
「なにこれ」
「その……悠里くん勉強で疲れてるかなと思って」
「は?」
入試を一ヶ月後に控えているのに呑気に漫画雑誌を読んでいる受験生が勉強を頑張っているはずがないだろう。リビングで堂々と漫画を読んでいる俺への当てつけだろうか。
そう勝手な解釈をして姉に当たる。
「これが勉強してるように見えるの?嫌味でやってるんだろ、それ。遠回しに陰湿なことするんじゃねぇよ!」
そう言って姉を睨みつける。
「あ、いや、えっと、その、ごめん、ごめんなさい」
姉は下を向いたまま謝り続ける。
いつものことだが俺が何か言うとすぐにこうなってしまう。言い返してくることはない。すぐに非を認めて謝り倒す。なぜ弁解も反論もしないのだろうか。
言われるがままにされている態度に余計に苛立つ。俺は思いつくままにグチグチと負の言葉を羅列する。
「出来の良い姉貴の経歴に泥を塗るだけなんだから俺なんてさっさと縁でも切って勘当してくれよ」
「そんなことない。悠里くんはそんな子じゃ……」
「中学レベルの勉強で落ちこぼれたゴミが本気を出したところでたかがしれてるだろ。無責任にそんな事言うなよ!」
「……ごめんなさい」
だから何故謝るのだろうか、何故言い返してこないのだろうか。何故俺を非難しないのだろうか。
追い打ちをかけるように自虐的な言葉を重ねる。
「俺なんかと会話しても姉貴の貴重な時間を浪費するだけなんだよ。こんなクズ相手に時間を割いて勿体無いとは思わないのか」
「もうやめて……お願いだから」
気が付くと姉は泣いていた。言い過ぎたのだろう。ムキになってしまうと止まらないのは我ながら悪い癖だと常々思う。罪悪感に駆られて謝罪をしようにも言葉が出てこない。何とかして捻り出した言葉は、謝罪とは遠くかけ離れたものであった。
「女は良いよな、そうやって泣けばなんでも解決するんだから。羨ましいよ」
そう言い終るや否や、姉は泣きながら走り去っていく。こうして姉との会話が一方的な言い合いに終わるのはいつもの事だが、相変わらず後味が悪い。残されたリビングで一人ため息をつく。
ブラコンの姉とシスコンの俺と @poraril
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