2.氷華の騎士

 あたしがレオ・ガルシアと出逢う少し前。

 泉に飛び込んだあとのこと。


「……っ、はぁぁ!?」

 冷たい水の中に飛び込んだつもりが、なぜかあたしの頭上、足元にも宇宙のような空間が広がっていた。

 手を繋いでいたはずなのに気づいたらヒカリはいなかった。ヒカリ、意外にビビりだからなぁ。心配なんだけど。


『大嶺遥』


 後ろから声が聞こえて、あたしは振り返る。そこには、白いロングドレスを着た金髪の女の人が立っていた。


『我が名は《命の騎士》レーヴェン。そなたの名を大嶺遥からハル・マーティンに改名し、《星の騎士》に選ばせてもらう。大いなる試練を与えよう。《命の神殿》を目指すのだ。そこで《月の騎士》と合流し、神殿で力を手に入れて魔族と戦え』


「は?」


『《命の神殿》に向かう途中、魔族の妨害があるだろう。だが、心配することはない。そなたには共に戦う仲間がいる。きっと神殿まで辿り着けるはずだ』


「いや、それじゃわかりませんって!どういうことですか!?」


 あたしは大きな声で女の人……レーヴェンさんに言った。

 《星の騎士》に選ばせてもらうって……上から目線なのか、下から目線なのか。

 っていうか!本当に意味わかんないし!

 レーヴェンさんはふっと微笑んで囁くように言った。


『青い服を着ている、金髪に蒼い目をもつ少年。氷を操る残酷な軍人。その者はそなたが知りたいことを知っているだろう』


「氷……残酷な軍人?」


 何を言っているのかわからなかった。


『では行きなさい。そなたは星の子。きっと星が道を示してくれると信じて――」


 レーヴェンさんがそう言うとカッと目の前が白く光り、あたしの意識は遠のいていった。




「……だから、そんな嘘を俺が信じるとでも?」


「はぁぁ!?」


「せめて、もう少しマシな嘘をついてくれませんか?君はともかく、俺までおかしくなりそうです」


「あんたねぇ……!」


 あたしが腰掛けていた椅子からガッと立ち上がる。ガチャリ、とあたしの手を拘束する鎖がぶつかり合って揺れた。その音を聞いてますます苛立ってくる。

 レオ・ガルシアに銃を突き付けられたままあたしは森の中の白い小屋に連れてこられた。腕を背中側に回され、鎖付きの手錠で固定されている。何度話してもあたしの話は信じてもらえない。

 そりゃそうだ。当のあたしだってよくわからないんだから。


「……君が《星の騎士》だというのですか?」


「そんなの知らないよ。あのレーヴェンって女の人が言ってただけだし」


 そう言うと、レオ・ガルシアはすぐそばにあった分厚い本であたしの頭を叩いた。ゴスッ、と鈍い音がした。地味に、いやかなり痛い。


「いっ……!?」


「君は本当に異世界から来たようですね。《命の騎士》の名前を呼ぶとは。しかも呼び捨てで」


「なっ!だから、ずっとそう言ってるじゃん!このわからず屋!」


「立場をわきまえなさい。君はいつ殺されてもおかしくないし、文句も言えませんよ」


 ガチャッと銃に弾を装填する音が聞こえ、あたしは少し表情を強張らせながら渋々黙った。


「でもさぁ、気になることがあるんだよね」


「気になること?」


「違う世界から来たはずなのに、何で言葉が通じるんだろ?」


「だから言っているじゃないですか。君の頭がおかしいんですよ」


「そういうのじゃない!」


「はいはい。わかっています。きっと君は本当に異世界から来たのでしょう。そして、《命の騎士》に会ったことも、《星の騎士》であることも嘘ではなさそうですね」


 そう言うと、レオ・ガルシアは少し笑った。


「手荒な真似をしてすみませんでした。改めまして、俺はレオ・ガルシア。15歳です。軍での階級は准将。敬語は使わないでくださいね?レオって呼んでください。よろしく」


 今までの冷たかった瞳が嘘のように、初めて会ったときみたいな穏やかな色をした瞳に戻っていた。


「うん。あ、あたしはハル・マーティン。14歳。こちらこそよろしく。握手したいからこれ外してよ」


 ガチャガチャと鎖を引っ張った。

 レオ・ガルシア……レオは呆れたように笑いながらポケットから小さな鍵を取り出し、手錠を外した。

 見ると、意外にサイズが合っていなかったようで少しアザのようになっていた。痛くはないから大丈夫だろう。


「……手首、大丈夫ですか?」


「え?」


「座ってください。少し冷たいですけど、我慢してくださいね」


 不思議に思いながらもすぐそばの椅子に腰かけた。


「……」


 レオがあたしの手首をじっと見たあと、ゆっくりとさする。

 レオの蒼い瞳が少しずつ輝く。それに伴って、手首に氷が触れたような冷たさを感じた。


「冷たっ……」


「もうちょっと我慢してください。すぐ治しますから」


 確かにその言葉どおり、手首の青アザが時間を早送りしたようにどんどん薄くなっていく。1分もかからずに手首は元通りの色に戻った。


「す……ごい」


「あ、言うの忘れてましたね」


 レオはふと思い出したように言った。


「俺、《氷華の騎士》って呼ばれています。氷を操る騎士です。だいたいは水や液体などを触って操りますが、空気中の水分を凍らせることもできます」


 そのとき、あたしは思い出した。レーヴェンさんの言っていた言葉を。

 

『青い服を着ている、金髪に蒼い目をもつ少年』


『氷を操る残酷な軍人』


 もしかして、レオのこと?

 残酷という言葉に心臓がドクンと跳ねた。


「どうしました?」


 目の前で笑顔を浮かべて首をかしげるレオを見て、さすがにそんなことはないだろうと暗い考えを打ち消した。


「なんでもないよ。それより、この世界や騎士、魔族について教えてくれないかな?」


「いいですよ。少し長くなりますけど、時間大丈夫ですか?」


「この世界の時間さえも知らないよ、大丈夫だって」


「それもそうですね」


 レオは笑って話し始めた。

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MoonStar・Knight -星空に浮かぶ月- 茉凜 @marin0219

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