1.森の中で
―ハルside―
「……きて、起きて……」
声が聞こえる。誰の声かはわからないけれど。
なんだろう。懐かしくて、あったかい、そんな感じ。
「…………」
その声に引き上げられるように、あたしの意識はゆっくりと浮上していった。
重たくなった瞼をゆっくりと開くと、一番最初に見えたのは。
「……ああ、やっと目が覚めました?」
「……ぇ」
金色の髪に蒼い瞳の、男。かなりのイケメンじゃん。青いマントっぽいのを着てて、帽子はそれよりも濃い色。胸元には丸に星が描かれた金色のバッジがついている。
この男は、あたしの顔を覗き込むようにして見ている。
……え、ということは。
あたし、この男に、膝枕されて……?
「……きゃ、きゃああぁ!」
あたしは勢いよく男から離れる。
パシンッ!
あ、反射的にビンタしてしまった。
手が地味にジンジンと熱く、赤くなっていくのがわかった。
「いってぇ!」
バシャンッ!
男は勢い余ってすぐそばの湖に落っこちそうになっていた……いや、下半身は落ちてるな。かわいそうに。
って、あたしがビンタしたから落ちちゃったんだよね?
「えっ!?あ、大丈夫ですか!?」
自分でやったことに今更ながら後悔し、びしょ濡れになった自分の足を呆然と見つめる男に声をかける。
男は振り向くと、はぁとため息をついて自分の頬をさすった。思っていたよりも赤く腫れていた。
それを見ると、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「……何がしたかったんですか、君は」
「ご、ごめんなさい!あの、えっと、ちょっと何がなんだかわからなくて、びっくりしちゃって……っていうか!あんた、何勝手に人を膝枕してんのよ!そのせいでびっくりしたんだから、自業自得でしょ!?」
最後のほうは逆切れしてしまった。
だって、目が覚めたとき、知らない男に膝枕されてたら……ね?
怖いじゃん!仕方のないことだったんだよ!
「……助けてもらったら、『ありがとう』ですよ」
「……へ?」
「君はこの湖で溺れていたんです。ここをたまたま通った俺が君を救助しました。俺がここに来なかったら、君の命はなかったでしょうね」
男はやれやれ、とでも言うように溜息をつく。そして、ちょっと悪戯っぽく笑って言った。
「まさか、命を助けてあげたのに平手打ちされて怒鳴られるとは思いませんでしたよ。お詫びに何かしていただかないと……罪人として訴えてしまいますよ?」
こ……コイツ!
いや、そんな罪がないことも、訴えられることがないのも知ってるよ?
そうじゃなくて、顔はいいくせに性格が曲がってるってこと!
しかも、めちゃくちゃ大人げないし!
「うわ……大人げない」
「はい?」
「聞こえなかったの?あんた、大人げないねって言ったの!」
そう言うと、男はきょとんとした顔をして言った。
「……どういう意味ですか?俺はまだ15歳ですよ?俺は10歳で軍に入り、史上最年少で准将になったあのレオ・ガルシアです。聞いたことはありますよね?」
「……は?いや、そんなこと言われても信じられないし。っていうか、知らないし。あんた、レオ・ガルシアっていうんだ」
だってさ?
身長は170くらいあるんだよ?で、かなり顔は大人だしね。
完全に20代とか。それくらいだよ。
ひとつ年上って言われても、信じられないって。
「な……知らないのですか?というか、そんな失礼なことを言う君はいくつなんですか?かなり幼く見えますが」
男……レオ・ガルシアの言葉にイラっとした。
幼いって、女の子に言う言葉じゃないでしょ?
はいはい、わかってますよ。どうせあたしはチビですよ。
「あたしは、大み……ハル・マーティン。14歳。中2。まさかひとつ年上だとは思わなかったよ」
大嶺遥と名乗ろうとして思いとどまった。
さっきあたしの名前はハル・マーティンに変わったんだ。
その話はあとでするつもり。
「チュウニ?」
レオ・ガルシアは不思議そうな顔をして首を傾げた。中2がわからないの?
そこでやっと気づいた。
レオ・ガルシアっていう名前は日本人じゃない。髪と瞳のも、写真でしか見たことのない珍しい色だ。
なんで言葉が通じているんだろう。中2って言葉を知らないんだから、日本語を喋れるってことではなさそうだし。
「ねえ、ここはどこ?」
「は?」
「ここ、日本だよね?」
そう言うと、レオ・ガルシアはますます不思議そうな顔をした。
「二ホン?何ですかそれは。ここはリルベール王国西部、サキュラという町の郊外にある森ですよ」
彼はそう言うと、マントの内側に手を入れて何かを取り出した。
そして、それをあたしの額にスッと当てた。
カチャ、と小さく音を鳴らしたそれが何か気づいたとき、あたしは目を見開き、動けなくなった。
「君はおかしなことを言っていますね。何を言っているのかはわかりませんが、とりあえず俺についてきなさい。話が聞きたい」
レオ・ガルシアはすっと目を細めて言った。それまでの穏やかな瞳が、氷みたいに冷たく変わった。
月並みな表現だけど、まるで、獲物を見つけた猛獣のように。
あたしの額には、月の光を浴びて銀色に光る銃が突きつけられていた。
それを見つめて何も言えなくなったあたしを見て、苦笑いを浮かべた。
「ああ、そこまで固くならなくても大丈夫です。悪いようにはしません。それに、抵抗しなければ撃つことはありませんよ」
くすり、と彼は笑った。
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