MoonStar・Knight -星空に浮かぶ月-

茉凜

プロローグ

 夜空が綺麗な日。

 太陽の騎士は2人の少女を選ぶ。

 選ばれた2人のうち1人は『星の騎士』、もう1人は『月の騎士』と呼ばれ、世界を救うために魔族と呼ばれる邪悪な敵と戦うのだ。

 太陽の騎士は2人を引き離し、それぞれに大きな試練を与える。

 2人がそれを乗り越えられたときに、太陽の騎士は世界を救う力を彼女たちに与えるのだ。




「はあぁ、もう疲れたぁ!」


「ちょ、ハル、声大きいって」


 少女が2人、夜道を走っている。


「そりゃ、居眠りしちゃったハルも悪いんだけどさ。だって、部活のあとだよ?めっちゃ眠いんだよ!塾長もありえないし。だいたいさ、中二の女の子を夜の11時まで居残りさせる!?マジでありえないんだけど」


 明るめの茶髪をショートカットにした少女は、面白くなさそうに足元の石を蹴った。その隣にいる黒髪の少女はポニーテールを揺らしながら苦笑している。

 呆れたように黒髪の少女がクスッと笑って言う。


「まあね。でも、居眠りはダメだよ。入試シーズンになったら塾長がピリピリしてくるのは、去年でわかってたことでしょ?」


「そ、そうなんだけど、さ」


「でも、今日のハルは寝る気満々だったでしょ?頭から膝掛けかぶってふせてたんだからね。塾長があんなに怒るのもわかるよ」


「ヒ、ヒカリ……。ちょっとはハルの味方になってくれないの?」


「今回はハルが悪いんだからね」


 ハルとよばれた茶髪の少女ががちぇ、といいながら黒髪の少女から目を逸らす。彼女は何気なく、空を見上げた。


「……うわぁ」


 ハルが空を見上げたまま小さな声を漏らす。ヒカリもそれにつられて空を見上げた。


「……綺麗」


 文字通りの満天の星空が広がっていた。その中に、お盆のように丸く大きな月が浮いていた。星が踊っているみたい、とハルが呟いた。


「ヒカリ、覚えてる?」


「え?何を?」


「『月と星の騎士』が選ばれる日。こんな風に、夜空が綺麗な日だってルイ兄が言ってたじゃん?」


 ああ、とでもいうようにヒカリが結っていた髪をほどいた。頭を何度か振って、彼女は笑った。


「桜道公園、行ってみようか」


 


 桜道公園は、二人が小さな頃に毎日通って遊んでいた公園だ。

 看板が掛かったアーチをくぐると、2人にとって懐かしい景色が広がっていた。


「ヒカリ、見てぇ!」


「え?……ハル、あんたの頭は幼稚園生なの?」


「なんで!?めっちゃ懐かしいじゃん!」


「あのね。あんたが滑り台なんかやったら壊れるって。……いや、ブランコならいいわけじゃないから」


 ハルは意味が分からない、とでもいうように首をかしげる。ヒカリはそれを無視して公園の奥に歩いて行った。


「ヒカリ、待ってよ~」


「はぁ。ハル、今日は遊びに来たんじゃないでしょ?」


「わかってるって。泉を見に来たの」


 奥のほうへ行くにつれて街灯の光が弱くなっていく。

 光が届かなくなり完全に真っ暗になっても、2人は歩き続けた。

 それから数分後、目の前に広場のような場所が見えてきた。


「変わってないね、全然」


「確かに。まあ、たぶん公園じゃないでしょ、ここ」


 広場の中央には白い石でできた噴水があった。

 2人は小さな頃に初めてこの場所に来てから、この噴水を泉と呼び毎日日が暮れるまで遊んでいた。

 

「ここって、他の場所より空が綺麗なんだね」


 ハルは小さな声で呟いた。闇色の空に硝子細工をちりばめたような星がキラキラと輝く。満月は一段と大きく見えた。


「月と星の騎士、か……ハル、今思ったんだけど。さすがに嘘っぽいと思わない?ルイ兄は、もう」


「わかってるよ。逃げてるだけだもん。ヒカリ、今はまだ何も言わないでよね」


 ハルは夜空を眺めながら言う。ヒカリはやってしまった、と思いながらそれを悟られないようわざとらしい溜息をついて言った。


「はいはい、現実逃避ね」


「え、まさかそれを本人に向かって言うとは思わなかったんだけど」


「わかってるでしょ、私の性格」


「うん、そうだね……納得しちゃって何も言えないよ」


 喋りながら2人はカバンを芝生に放り投げた。ハルは泉の縁に手をついて覗き込んだ。水面に星空と月が揺れる。


「ヒカリ、どうやって、召喚?するんだっけ」


「んー……なんか、あれじゃない?何か呪文唱えてから手を繋いで泉に飛び込む、みたいな」


「うわあ……寒い、絶対」


 12月の初め。水に濡れたら寒いに決まっている。


「でも、やるんでしょ?」


「当たり前じゃん!」


 ハルはそう言うと、泉の縁に飛び乗った。ヒカリも慌てて後に続く。

 小さな頃、教えてもらった呪文を記憶の中から手繰り寄せ、ハルは大きな声で叫んだ。


『我は太陽の子。未来に右翼を羽ばたかせるもの。名を大嶺遥という』


『我は太陽の子。未来に左翼を羽ばたかせるもの。名を清水緋璃という』


『門番よ、我が命に従い、世界を繋ぐ扉を開け!』


 唱え終わると、泉が青白く輝きはじめた。

 ハルとヒカリは顔を見合わせる。


「嘘、マジでできるとは思ってなかったんだけど」


「え、今頃そんなこというの?どうする?やめる?」


 ヒカリは笑って言った。ハルは自分の顔をパンッとはたき、頭をぶんぶんと横に振る。


「やめない。行くよ、ヒカリ」


「はいはい」


 2人は手を握り合うと、泉の中に飛び込んだ。

 バシャンッという音とともに水しぶきが飛び、水面が大きく揺れた。

 少しずつ光が消えていく。完全に光が消えたとき、そこに2人の姿はなかった。


 揺れがおさまった水面に、大きな満月が映っていた。

 まるで、2人の少女を見守っているかのように。


 

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