第4話




“また会いに行くから”



もう何度この夢をみただろう。

幼い頃の発作で苦しい時も、それから成長してからも度々現れる優しい誰かの温もりと幸せな感情。


この夢を見るときはきまって、枕が涙で濡れているけれど。いつか本当に会いに来てくれるのなら、私はきっと、すぐに彼だと分かってしまうのだろう。雰囲気とか、話し方すべてが変わっていたとしても。


そんな変な自信はきっと彼の方にもあるのだと信じてしまう私も、もうそろそろ大人な考え方をして現実をみなければいけないのだろうか。


『ねえ、そこのお姉さん。』


「…え?」


突如かけられた声に、それが自分にむけられた言葉だと理解するのにしばらくかかった。

海風が心地よいこの砂場には、あいにく今私しかいない。


『お姉さんのことだよ、といっても俺の方が年上かもだけどね」』


そうヘラっと笑う青年は確かに幼い笑顔のわりには私より年上のようにも見える。これは、新手のナンパなのだろうか。


『お姉さんさ、ここで何してたの?』


「なに、といわれても…。」


ただ久々に海にきて物思いにふけってただけ、なんて答える義理はあるのだろうか。そろそろ帰り時かな、と思いつつ青年の方を向いた。夢のなかのあの人…ではない気がする。直感だけれど。


『じゃあお姉さんさ、運命とか前世とか信じたりする?』


立ち上がろうとした身体が大げさに震えた。

それを彼が見逃すはずもなくケラケラと笑い出す。



『やっぱり女性ってそういうの信じちゃうんだね。』


「そういうわけじゃ、」


思わず力の入った声に、青年は盛大に笑ったあと、急に真面目なトーンでこちらを見た。



『じゃあさ、“また会いに行く”って言われてみたい?』



じーっと見つめてくる目に息をのんだ。


「な、んで…その言葉…」


目を丸くしてる私に、彼は驚いてその後よりいっそう楽しそうに笑った。首をすくめて愉快そうに話し出す。


『いや?知り合いに変なやつが居てさ、少女趣味っていうの?探さなきゃいけない人が、いる気がするんだ。ってよく聞かされてるワケ』


いきなりの言葉に理解が追いつかないまま、青年はその場を立って伸びをした。


『ま、俺はそんなの信じないタチなんだけどさ。お姉さん、もしかするともしかするかもね。』


「なにそれ、…。」


呆然としている私にかまわずに、青年がおーいと誰かに手を振って駆け寄っていく。あっけに取られたままその場を離れられずに遠くで繰り広げられる会話が流れていくだけ。


『兄さーん!遅いよう、俺の分のアイスは?』


「お前がふらふらとどっかにいなくなるからだろ!?」


『だって可愛い女の子がいたんだもん。

あの娘のネックレスめっちゃ綺麗なんだよ!』


「ナンパばっかりするんじゃない!」


あ、あの青年、お兄さんがいらっしゃったのか。じゃあやっぱり、結局は呑気なナンパをされただけだったのか、私。それにしても、さっきの言葉はなんで…。


「すみません、弟が面倒をかけたみたいで」


低いテノールが耳元で聞こえた瞬間、心がざわざわと揺らぎだした。


「あの、良かったらお礼にアイスいかがですか?」


俯いてた顔をゆっくりとあげて、その人の顔を見る。相手と目があった瞬間、なにもないはずなのに涙が溢れ出した。


彼は私と目があうとひどく驚いたように言葉をつまらせた。




“絶対に、何度だって見つけ出すよ。

また会いに行くから。”




夢の中の言葉がゆっくりと頭を駆け巡った。

ああ、分かってしまった。

この人なんだって。

ずっと待ち望んでいた人。



「やっと、見つけた…。」


彼がそう呟いて、私の胸元にあったネックレスに優しく触れた。ああ、彼も、私のことを私だと本能で悟ったのだろうか。触れた指先が、こんなにも懐かしいなんて。



『“必ず、会えば彼女だと分かる気がする”だっけ?兄さん良かったね、じゃあ邪魔者は先に帰りまーすっ!』



振り向けば、ニヤニヤとした青年が、いや弟さんが、アイスの入ったコンビニ袋を揺らしながら揚々として帰り道へと歩いていく。


なんだか、さっきの一部始終を見られていたのかと思うと恥ずかしい。彼の方をみれば彼も照れくさそうに頭をかいていた。


「俺、ずっと探さなきゃいけない人がいたんです。変な話かもしれないけど」


「私も、ずっと会いたい人を待っていたんです。夢に現れてくる。」


ふたりして、おかしくなって笑い合う。

涙をながしながら笑うなんて、私いまひどく不思議な表情をしてる。


「はじめましてなのにな、懐かしくてたまらないんだ」


「私もですよ。」


心が身体が全てが嬉しいと叫んでる感覚。

ふと抱きしめられれば、懐かしくてたまらない。愛しくて切なくてそれ以上に幸せで。


「会いたかった…」


そう苦しく愛おしむように囁かれた言葉に、ぎゅっと抱きしめ返して答える。


しばらくして惜しむように離れると、彼との間に涼しい風が突き抜けて言った。

繋がれた手はそのままに2人で歩いていく。


「これからは、貴女自身のことを知りたい」


「ふふ、そうですね。せっかくまた会えたのだから。」


「まずは自己紹介でもしようか。」


のんびりと始まるこの奇妙な関係は、想像以上に幸せな日々になっていくのかもしれない。


「あ、そういえばその前に、改めて…」


彼が微笑むのと私が紡ぐのはほぼ同時。




「「はじめまして」」







夕日に照らされたネックレスは、一段と綺麗に輝いて、二人を照らしていた。それを空から眺めるように見ていた男女もまた、手を繋いで花が綻ぶように顔を寄せあっていた。


“良かったね”


“ああ”


そんな幸せそうな会話は、海の風に攫われて消えていく。と同時に男女の影も消えていった。







End


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Name ∞ Less はとぬこ @hatonuco

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