第3話 密偵

 フォガラに食べさせられた朝食の後、緩やかに雨音は落ち着いていき扉の開いた穴からは明るい光が入ってきた。そのせいか、床でおとなしく寝ていた連中がじわじわ起き上がり出していて正直怖い。雨が収まったようなので今の隙に水を取ってこようと動いたら、フォガラがついてきた。

「どこ行くんだ?」

「別に…。水取りに行くだけだから。」

 足下に今だ転がる男達を踏まないように歩く。フォガラもその後に続く。そういえばフォガラは俺を見張っているのだった。逃げるのなら他の連中が起き出す前に逃げてるって。カナートはさらに足を速めた。そのとき不運にも足下に伸ばされていた足が曲がった。危うくつんのめって転けそうになったがフォガラが腕を引いたため転けずにすんだ。

「んあ。フォガラ? どっかいくのか?」

「ああ、水を取りにな。」

「みず? いいな。おれものみたい。つれてってくれよ。」

 銀に近いプラチナブロンドの髪とフォガラに近い褐色の肌を持つ彼はフォガラと違い、ぱっと表情を緩めていいだろー? とねだった。自分の記憶が正しければ昨日扉を破ってくれたやつの声である。

「俺よりも家主に聞け。」

「やぬし?」

「そいつだ。」 

 フォガラがカナートのいる方に視線をやった。それでようやくその男はカナートの存在に気付いたようで男は目を丸め、輝かせた。

「おーっ! ひとじゃん。うわ、すごいひさしぶり。」

 がっしりとした図体に似合わすはしゃぐ様はまるで子供のようだ。男ははしゃいだ勢いのまま、無遠慮にカナートの頭へと手を伸ばす。しかし、それは半ばでカナートの手によって止められる。

「やめとけ。お前力加減下手なんだから。うっかり握りつぶしたらどうする?」

「えー。ひさびさなのに。それにほかにひといないならよくないか?」

「だめだ。水飲みたいんだろう。案内してもらわないとな。」

「あ、そうだった。よろしくなー。もうのどからっからでさあ。」

 大げさな冗談を朗らかに笑い飛ばした男はしかし、もう手を伸ばしてはこなかった。

 

 家を出て岩場をくだりかめが置いてある陰まで歩いた。陰の岩の隙間から出てくるヒヤリとした風が頬をなぞって心地いい。おお、と歓声をあげて飛び付いた男に対しフォガラはやれやれといった風情で瓶へと近づいた。

「フォガラ、これのんでいいよな?」

 男は飛び付いたもののそのまま飲みはせず、フォガラが瓶に近づきそれを舐めるのを待った。柄杓ひしゃくで一すくいしたフォガラはほとんど表情を変えないままほんの少し眉を動かした。

「大丈夫だ。ただ、飲み尽くすなよ。」

「よっしゃ。」

 がぶがぶ飲み始めた男を尻目にフォガラはあらぬ方角に目をやる。今いる場所より少し高い林の方だ。カナートの位置からではフォガラの体の影になって見えない。

「何かいるのか?」

 好奇心で聞いたのだがフォガラはカナートへは目もむけずくぐもった声で問い返した。

「こちらを見ている。男が一人。近づいてくる様子はないが、心あたりはあるか?」

「・・・さあね、あんた達を追ってきてんじゃないの?」

 何でもないように返そうとしたが声が上ずった。この連中のせいで忘れかかっていた心臓が握られるような痛みに汗がにじみ出た。違和感を覚えさせてしまったからだろうかフォガラは瓶の傍の男に何やら言って瓶から離れさせた。

「これに汲んで帰ればいいか?」

 それでも何事もなかったかのようにフォガラは淡々としていてそれが急に怖くなった。もし、こいつら俺を狙ってきていたとしたら?

「そうだよ。」

 隠せもしない震えた声にうなずいて瓶の方へとフォガラがカナートを置いて歩き出した。その隙に音を立てないよう走り出す。

「・・・カナート?」

 ようやく揺れたフォガラの声を背後に聞きながら来た道とは違う方へと駆けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伏流水 ユラカモマ @yura8812

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る