REACT:012

 長い順番待ちの末、オレたちの出番がやってくる。

 しかし、一歩踏み出したところで係員のお姉さんがわたわたと割り込んでくる。


「あ、あのぉ……、お連れ様の容態が、その……あまりよろしくないようですが……。このままですと、その、他のお客様のご迷惑にも……」


 係員のお姉さんの視線はオレとオレの後ろを行ったり来たり、弱りました困りましたと訴えかけてくる微笑み浮かべている。

 背後に視線を向ければ、手すりに全身を預けている少女の姿がある。


「……ぜ、ぜんぜん、……ぅぷ……へい、きよ……」


 ――などと蚊の鳴くような声で宣っているが、額から唇まで真っ青な顔。額に浮き出ている尋常でない脂汗。誰がどうみても見ても平気でない有様である。


「わかった。……申し訳ないけど、キャンセルさせてくれ」


 他の客に迷惑になるのは非常によくない。ここは皆が楽しい思い出をつくるテーマパーク。いくら美少女高校生からの貰い物とは言え、酸味を含んだ溶解液をぶちまけられて大喜びする奴はいないだろう。


 オレは手すりにもたれかかっている少女もとい姫神を回収すると、長蛇の列をつくっている絶叫マシンジェットコースターから引き上げる。


 本日は土曜日。

 姫神からバイトがないと聞いていたので、朝一から姫神を誘って優姫凪ゆきな市の隣の市にあるテーマパークに遊びに来ていた。

 遊びに来たといってなんだが姫神の特訓のためだ。


 絶叫マシンジェットコースターから聞こえてくる悲鳴を聞きながら近くのベンチへ姫神を座らせた。ぴくりとも動かない。でも、死んではいないので良し。オレはベンチ横にあったフードブースへと向かった。


 テーマパーク料金のコーラとホットドックを二人分携えて戻ってくると、青い顔のままベンチで体育座りをする姫神がいた。


「……食べるか?」


「た、べれる、わけ……、ない……、でしょ……」


「そうか」


 食べないのなら仕方ない。ケチャップとマスタードの乗った熱々のホットドックにかぶりつく。その様子を恨めしそうに姫神が睨みつけてくる。


「こんな、方法で……、本当に、治るんでしょうね……」


「スタントドライバーの学校はこのやりかただった。治らなかったやつは……いたが、少なくともマシになってた」


 酔いはひどいが運転手ドライバーになれば酔いにくくなる奴もいたしな。乗って揺られているのと、乗せられて揺られているのでは、感覚も異なる。


「……はぁ、そう……先は長そう、ね……、ぅぷ」


「乗物に乗れないなら退魔師じゃなくてもいいだろ……。巫女を目指してもいいんじゃないのか?」


 退魔師は駆動霊ドリヴンガイストを祓う専門職とするならば、巫女は地縛霊ホーンティングを祓う専門職だ。初日に心霊災害の霊を供養していた姿を目にしている。姫神は巫女がぴったりだと思わなくもない。

 巫女装束とマシンガン、は似合わないけどな。


「嫌よ」


「じゃあ、どうして退魔師になりたい?」


「……なんでそんなこと、あんたに話さなきゃいけないのよ」


「しなくてもいい苦労をしてるようにしか見えねーからだよ」


 オレは苦手分野を克服するよりも、得意分野を伸ばしたほうがいい、と考えるタイプだ。だからクルマよりもバイクを使うし、駆動霊ドリヴンガイストの力よりも自分の運転技術を鍛えている。


 オレの言わんとすることがなんとなくわかったのか。姫神は長いため息をついてからぽつりとつぶやく。


「……わたしの祖父は贄巫女の大百足にえみこのおおむかでに止めを刺した退魔師なの」


「……は?」


 わたしのおじいちゃんて総理大臣なのって言われたのと同じような衝撃を受けた。姫神の顔も真剣だ。ギャクじゃないらしい。


「…………マジか。――ッ、姫神 壮一郎って、あー……」


 姫神ひめがみ 壮一郎そういちろうは戦後に活躍した退魔師の一人で、歴史本にも載るほどの有名な人物だ。贄巫女の大百足にえみこのおおむかでの心霊災害では尽力した退魔師として内閣総理大臣顕彰を授与されている。

 当時、すでに七〇歳を超えていたが贄巫女の大百足にえみこのおおむかでと最初から最後まで戦い続けたのは姫神ひめがみ 壮一郎そういちろうだけだったと言われている。


「つーことは神水流高校かみずるこうこうの創始者の孫じゃねーか!!! ……なんで苗字が流郷るごうじゃないんだよ」


 姫神ひめがみ 壮一郎そういちろうの息子、流郷るごう 慶次けいじは退魔師の道は進まず、資産家として様々な事業を手掛けている。流郷るごう 慶次けいじは父である壮一郎そういちろうの要請を受けて、退魔師派遣企業を設立。神水流高校かみずるこうこうの卒業者を雇用する受け皿を作っている。


「わたしはお爺ちゃんを継いで退魔師になりたいの。実業家になりたいわけじゃないわ……」


「後継ぎが生まれて喜びそうだな。お前の退魔術は爺さんから教えてもらったわけか」


「ぜんぜん。田舎に遊びに行ったときに、折鶴に霊力を込めて飛ばす遊びを教えてもらっただけ。アレが退魔の基礎って知ったのはだいぶ後だから、わたしの退魔術は独学なのよ」


「独学って、そんな簡単にやれんのかよ?」


「もちろんお爺ちゃんの秘伝書を借りたわよ。……お父さんが禁止するからこっそりだけどね」


「ほお、親父さんがねえ……。よく神水流かみずるに入学させてもらえたな」


「そうね」


 姫神がついっと視線を逸らした。


「おい……」


「…………奨学金の特待生制度を利用したのよ、入学金と学費無料だし。保証人はお婆ちゃんで」


 だとしても娘が家にも帰らずどこへいったかわからないとなったら捜索願がでるだろうが――。


「じゃあ、姫神って勝手に名乗ってるだけかよ!? しかも、ぇえ……、今年で三年目だろ? 連れ戻されねーのかよ……」


「知らないわ。子供のことなんてどうでもいいんでしょ」


「それは……、いや、まあ、オレが言うのも何だが、話しあったほうが良いと思うぞ」


 オレは家族とわだかまりを残して死んだわけじゃないから後悔はないけど、もし、妹とケンカした翌日に死んだりしたら……。やっぱり気に病むだろう。

 姫神と姫神の親父さんがどんな確執があるのかは知らないし興味もないが、退魔師をやっていれば死は身近にある。何も語らずしてどちらかが死んでしまえば残された方は何も知ることができなくなる。何故、もっと話しておかなかったのかと、後悔するだろう。


「貴方が言うと説得力が感じられないわね」


「オレを基準に考えるな。……誰でも駆動霊ドリヴンガイストになるわけじゃない」


 オレはただの高校生だった。意思のある駆動霊ドリヴンガイストなんて特別な存在になれたことが奇跡だ。むしろ何で俺がって感じだ。幼馴染の、――天音あまねのほうが特別な存在だったはずだ。


「やりかたがわからないならいいわ。それなら、あなたが駆動霊ドリヴンガイストになった原因を聞かせてほしいわね」


「ふざけろ。なんでお前に――」


「フェアじゃないからよ。あなたに拒否権なんかないわ」


 公平フェアじゃないって。……姫神は退魔師になりたい理由を話したから、オレも復讐の理由を話せ、と言いたいわけか。

 当然、話したくない。

 思いだしたくもない情けない瞬間が脳裏を過るたびに、何もできなかった怒りがじりじりと湧き上がるからだ。この怒りを消すためには復讐が必要だ。この怒りが消えない限り成仏することはないんだろう、きっとな。


「……事故って死んだだけだ。なにもありゃしない」


「詳しく知りたいのよ。もちろん、大雄寺だいおうじ 天音あまねのことも」


「調べたのか?」


「当然でしょ、どんな奴なのか気になるじゃない」


 言われてみればその通り。入学早々、大立ち回りを繰り広げた駆動霊ドリヴンガイストの素性が気になる奴はいるか。葛之葉もそうだったしな。

 とは言え、一般人がオレの名前を調べてわかることなんぞ、新聞記事を飾った交通事故の内容くらいなもんだろう。


「調べたならわかってるだろ。バイク事故で高校生が二人死んだ、それだけの話だ」


「……週刊誌には、男子生徒の遺体しか見つからなかった、と書いてあったわ。大雄寺だいおうじ 天音あまねはどこへ行ったの?」


「週刊誌の情報を鵜呑みにするのはよくないんじゃないか。部数稼ぎのデマかもしれないだろ」


「事故現場にも行ってみたの。道路脇に添えた献花があっというまに腐れ落ちるくらいのおぞましい霊力が残っていたわ」


「あれはオレが駆動霊ドリヴンガイストに変異したから起きたことだ」


 現場調査を実施した日本退魔師協会からはそのように聞いた。

 オレも現地に同行して調査に協力していた。もちろん、退魔術はちんぷんかんぷんだから何をどう調べたのかはわからないけどな。

 しかし、姫神は疑いの眼差しを向けてくる。


「そうかしら。……あなたは知っているんでしょう。大雄寺だいおうじ 天音あまねの最後を」


「それを聞いてどうする気だ」


「どうもしないわ。他の生徒を勧誘しない代わりに悪霊退治に協力する、――約束したはずよ」


「……」


 姫神はどこまで知っているのか。

 日本退魔師協会はオレの言葉には耳を傾けず、現場調査で導き出した答えを最終結論とした。

 現場に残された異常な霊力は意思を持つほどの強力な駆動霊ドリヴンガイストが発生したためだ、と。日本退魔師協会の下した結論によってオレが見た事実は誰も信じることなく忘れ去られていった。

 もちろん現場にいたオレと天音のほかに事実を知る者がいるはずもない。居るとするならばオレたちを殺した駆動霊ドリヴンガイストくらいしかありえない。


 姫神は何を調べて、何を得て、何を想像したのか。


「……悪霊オレを信じるのか?」


「かんちがいしないで。わたしが正しいかを確認したいだけよ」


 要するに答え合わせか。

 どうせ誰も信じなかったことだ。姫神の想像と合致して信じてもらえるなら儲けものか。


「いいだろう、話してやるよ」


 オレは深呼吸をしてからゆっくりと語りだした。

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霊駆祓魔のドリヴンガイスト horiko- @horiko-

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