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 オレの日課に『姫神を鍛える』という項目が追加されることとなった。

 バイトの送迎、夜の見回りを兼ねた乗物酔い訓練、といった具合。悪霊退治に費やせる時間が減ってしまったものの、未来への投資へと考えれば安いものだ。


 ちなみに、昼夜と問わず愛車Ninjya H2に乗せられている姫神と言えば、毎日毎日飽きもせず顔面蒼白になって道端にうずくまっていた。

 バイトの送迎で、見回りの途中で、駆動霊ドリヴンガイスト退治の最中に、休日のぽかぽかと陽の満ちた田舎道の側溝で、マーライオンのようにリバース&リバースである。


 すでに一週間を経過しようというところであるが変化なし。変わったことと言えば、ロクにものを食べれなくなった姫神がやつれてフラフラになっていることくらいか。

 おかげでオレの構内での風評がさらに悪化。最底辺どころかマイナスとなっている。


 曰く、オレが退魔師の勧誘がうまくいかないので生徒を洗脳して従わせようとしている、とか。

 曰く、オレの悪辣な洗脳から生徒たちを守るために身代わりとなって生徒会長が協力を強いられている、とか。

 曰く、オレが生徒会長から霊力を奪い取っているから日に日に疲弊しているのだ、とかとか。


 噂は大嘘だが、姫神が弱っているのはオレのやらせている特訓のせいだから、まったくのでたらめってわけでもないんだが――、まことしやかに語られる噂のおかげで生徒たちからの視線は忌避ではなく敵意に変わり、もはや関係改善を図ることすら困難を思わせる。果たして未来への投資は安かったのか……。

 こうなってしまっては何が何でも姫神を使えるようにしなければなるまい。でないと、オレの悪霊退治の計画が詰む。


 そして、ある日の昼休み。


 いつものように食堂へとやってきたオレはお高めの食券を購入、食堂のおばちゃんから嫌そうな目を向けられながら特別カレーを受け取り、座席を探す。

 視線を巡らせれば、避けられる顔、割れる人並み。

 お、いい席発見。

 ちょうどいい窓際の日当たり席をゲットしてほっと一息。さっそく辛口のスパイスルーを一口。スプーンを口に運んだところで、スッと目の前に立つ人影が現れた。


「閑野貴久、顔を貸してもらおうか」


 口元にまで運びかけたスプーンが止まる。

 いつものように除霊目的の退魔師生徒のご登場である。


「……へぇ、すげーな」


 だが、珍しいことにコイツは二回目の奴だった。はじめて再戦を挑んできた退魔師に感動を覚えつつ、ちょっぴり申し訳なさを感じる。


「名前、なんだっけか」


「……ッ、数日前に会ったばかりだろうがっ! 薬師神衆の神谷だ!!!」


「神谷か……、悪いな。すぐに食べる」


「ち、さっさとしろ……って、――名前を覚えていなかったほうに謝れよ!」


 わめく薬師神衆の神谷くんを視界よりシャットアウト、スパイス香るルーをパクり。ざく切りジャガイモ、厚切り牛肉、たっぷりの玉ねぎで煮込まれた味わい深い辛口カレー。

 薬師神衆の神谷くんに睨まれながら熱々な特別カレーをもくもくと食べ続けた。




◆◇◆◇◆◇◆




 食後。

 場所は人気のない校舎裏へ。薬師神衆の神谷くんに連れられてやってきたオレは盛大な歓待を受けていた。


「――たいした数だな。進歩したじゃないか」


 オレはぐるりと取り囲む生徒たちを眺めて感心していた。

 数は十数人、いや二十人以上。どいつもこいつも一度は除霊といって襲われた気がするが、顔もおぼろげで名前に至っては欠片も記憶にない。


 しかし、手も足もでなかった生徒たちはこのままでは勝てないとようやくわかったよう。いままでは決して異なる派閥とは手を組まなかった生徒たちが、たった一人の悪霊を倒すために、己が退魔師の派閥を超えて一致団結していた。

 昨日の敵は今日の友、敵の敵は味方とはよくいったものだ。


「姫神のためにご苦労なこった」


「……何を勘違いしているかは知らんが、姫神様は関係ない。薬師神衆は、――この場に居る複数の家すべてが、貴様のような悪霊の存在を許せないだけだ」


 オレを囲む生徒たちも、そうだそうだ、と声を上げる。


「家、ね」


 オレと姫神の噂を信じて徒党を組んだのかと思ったが違うらしい。と、言うことは葛之葉衆以外の退魔師たちがオレにちょっかいだしてきてるってことかね。


「そうかい。気にしないように生きればいいんじゃねーの?」


「空気のように無害な存在であればな。――夜間に見回りと称して優姫凪ゆきな市で暴れまわっているのは知っているぞ」


「暴れてねーよ、オレと姫神は二人一組アサルト・セルの練習をしてるだけだぜ?」


「貴様の仲間は退魔師を殺して回っている。薬師神衆の退魔師も殺されている」


二人乗りの駆動霊そいつとオレは関係ない。むしろ、探しているんだ。場所を知ってるなら教えてくれよ」


「しらじらしい――! 退魔術の効かない悪霊同士、関わり合いがないとは言わせんぞ」


「そう言われてもマジで知らん。姫神あたりから話してもらえば信じるか?」


「……平時であれば信じる。が、いまは貴様のせいで心身共に疲弊している。信じることは出来んな」


「なに言ってもダメじゃねーか……」


 あーだこーだと言ったところで有罪判決ギルティ。悪霊の発言など考慮の価値なしと一刀両断である。昨今の扱いを思うとプラカードを掲げながら国会議事堂前をマックスターンをしたくなる。


「話は終わりだ、今日こそ成仏させてやる!」


 薬師神の神谷くんとやらが霊符を振りかざすに続いて、取り囲む学生たちが一斉に霊符を掲げる。

 宙に投げられた霊符は寄り集まってオレの頭上で渦を巻く。旋風に撒かれた桜がヒラヒラと舞い落ちるが如く、季節外れの花吹雪となって降りそそぐ。


 数の勝負の視点は悪くない。悪くないが、――霊符に触れて感じる。


 何も変わっていない。

 彼ら一人一人の退魔師の力はオレを消滅させるには弱すぎる。そして、弱い退魔師が群れて力を合わせたとしても弱い力は変わらない。


 張りついた霊符をペラリと剥がして掌に載せる。

 退魔師の力は束ねることはできないんだろうか。かの有名なバトルマンガでは世界中の人の力をすこしだけ分けてもらって、大きな力に束ねてから敵にぶつける技があった。退魔師の力も同じように束ねればオレを倒すに至るのではないか。


 おそらく、退魔術の効かない駆動霊ドリヴンガイストを倒したい退魔師たちはそんな考えに辿りついたんだろうけど、……オレを倒すには足りないな。


 霊符の吹雪が途絶える。全身紙だらけになったオレはいつものようにベリベリと張り付いた霊符を引っぺがして破り捨てていく。


「……気が済んだか?」


「まだだ!」


「あっ、――やめなさい!」


 と、そこへ現れたのは生徒会長こと姫神 穂乃香。

 いつものパターン。遅れて現れた姫神の一声でこの場は治められてめでたしめでたし。――とはならなかった。


「――聞けません! これならどうだっ!!!」


 薬師神衆の神谷くんは姫神の制止を無視した。

 そして、ズボンのポケットから取り出した一枚の霊符。きらりと輝いた霊符を手裏剣のように投げ放つ。放たれた霊符がオレの胸元にざくっと突き立った。


「――!」


 びりりっと体の芯を突き抜けるように痛み。思わず、一歩後ずさる。

 なんだ?

 何を喰らった――。


 胸元に煌めく霊符に視線を落とすが、ゆらりと視界が歪んだ。


 薬師神衆の神谷くんの一撃に反射的に駆動霊ドリヴンガイストの本能が猛る。


 ――やべ、まずい……。


 咄嗟に体全体に力を込めて不可視の力を抑え込む。

 しかし、意思に反してオレの体から駆動霊ドリヴンガイストの力が迸る。


「ぎゃ――!?」


「きゃあああ――!!!」


「ぐぁ――!?」


 放射状に放たれた衝撃に取り囲んでいた生徒たちが突風に吹き飛ばされたかのようになぎ倒された。


「ひゃ、ちょっ、……なによ!?」


「ぐぬ――!?」


 姫神と薬師神衆の神谷くんは退魔術で防御したのか、たたらを踏んだ程度で済む。身構えた姿勢のままなぎ倒された生徒たちを見渡し、


「なん、なのよ。この有様は……」


「これは……!?」


 周囲の惨状に驚きの声をあげる。


「ふー……、あっぶね」


 オレは抑え込んだ駆動霊ドリヴンガイストの力をゆっくりゆっくりと鎮めていく。


 駆動霊ドリヴンガイストはエンジンを持った乗物に宿る霊である。さらに、強力な悪霊であれば霊力を自在に操ることができる。

 昨晩の二人乗りの駆動霊ドリヴンガイストも腕を伸ばして車をひっくり返していた。姫神はたいそう驚いていたがなんてことはない。目に見えるほどに凝縮された霊力を腕の形にして物を掴んでいるだけだ。


 オレは駆動霊ドリヴンガイスト。当然、霊力を使えるんだが普段は使わないように意識している。


 その理由はお察し。オレは校舎の壁に刻まれたへこみを見上げる。

 背後の校舎の壁には解体用の鉄球クレーンをめりこませたかのようなクレーターができあがっていた。素のままの力が生徒たちに向かっていたらと思うと……割とシャレにならん。


 さて、いったい何を飛ばしてきたんだと胸元に突き刺さっている霊符を引き抜いた。ひんやりとした冷たさと硬い感触に違和感を覚える。


「金属……?」


 煌めく白銀の霊符。極薄のプラチナプレートにはきめ細やかな文様と呪文が彫られており、使い捨てには惜しいくらいの芸術性に富んでいる。なかなかお洒落でかっこういい。


 さすがにこれはくしゃっと潰して捨てられない。ちょっと欲しいなと言う気持ちを抑えつつ薬師神衆の神谷くんに返却する。


「返す」


「あ、ああ。……」


 まさか返してくれるとは思っていなかったのか、目を見開く薬師神衆の神谷くん。差し出した金属の霊符をおずおずと受け取った。


「――あなたたち! 閑野貴久の除霊は禁止していたはずよ、どういうつもり!?」


「そ、それは……その……」


「あたしたちは……」


 凛と響き渡る姫神の声に囲んでいた生徒たちが顔が強張る。


 姫神はいつも物静かだ。生徒たちを褒めるにせよ窘めるにせよ、いかなる時も声を荒げることはない。

 それだけに怒っていますと言わん表情と声音に生徒たちはたじろぎ、声もなく顔を俯かせた。

 続く言葉の出ない生徒たちに変わって、薬師神衆の神谷くんが一歩前にでる。姫神と生徒たちの間に立つように割り込んだ。


「申し訳ありません。家の事情がある故、詳細は控えさせていただきたい――」


「風紀を乱すなら許されないわ。ここは学校よ、家じゃないの」


「承知しております。ですが、この学校も家がなければ存続しないことをお忘れなく、……皆、解散しろ」


 薬師神衆の神谷くんの号令でバラバラと生徒たちが散っていく。最後に薬師神衆の神谷くんがオレを一睨み、最後に姿勢を正して姫神に一礼すると踵を返す。

 残されたのはオレと姫神だけである。


「オレに手を出すなってのはどういうわけだ?」


「……わたしの苦労がムダになるじゃない。勝手に成仏したら困るのよ」


「ああ、そういう……。ま、あの体たらくじゃ効果のほどはわからんがな」


「効果がなかったら、ただじゃおかないから」


「お前もただじゃすまないけどな。わかってるならもっと気合い入れろよな……」


「――わかってるわよ!!! 酔うものは酔うんだからしょうがないじゃない!!!」


「そうかい。ふむ、……いまのままじゃどうにもな」


 平日の特訓だけで何とかなると思っていた見込みは甘かった。と、なれば更なる時間を特訓に割かなくてはならない。


「今週は土曜日がヒマなんだろ? より効果的な方法をやってやる」


「……ほんとに効果あるんでしょうね?」


「たぶんな」


 オレは車酔いをしたことがないからわからんのだよ。とにかく、スパルタちっくに姫神の三半規管を鍛えていくよりしかない。

 オレの未来は姫神の三半規管にかかっているのだ。




◆◇◆◇◆◇◆




 その日の放課後。部活動の声が遠くに聞こえてくる人影の減った校舎の一角にて。薬師神衆の神谷くんは廊下の陰に佇む人物と出会っていた。

 喉はからから、唇は渇き手足は強張っている。ようするにひどく緊張している。嫌な意味であまり一緒に居たくない人物との連絡役を家の当主から命令されているのだった。

 その家の当主も薬師神衆の神谷くんに命令などしたくはなかった。しかし、代役を用意しろと言われれば従わなければならないのが上下関係の厳しい退魔師の家のつらいところである。


 廊下の陰から少女の冷たい声が投げかけられた。


「効果がありましたね」


「はっ――、白金を使用した霊符であれば効果は見込めるかと……」


「もう少し実験しましょう。あの悪霊を退治するにはまだまだ改良が必要です」


「は、はっ――。しかし、さすがに気づかれるのでは?」


 あの悪霊、閑野貴久と言えど何度も何度も除霊をされれば強気に出てきてもおかしくない。悪霊としての強力な力も見せられている。

 薬師神衆の神谷くんは校舎の壁に刻まれた破壊の痕を思い出す。

 もし本気で襲いかかってきたのなら、あの場にいた生徒たちはひき肉になっていたはずだ。


 廊下の陰に佇んでいた少女が動く。


「が――!?」


 強烈なローキックに足を刈り取られる。廊下に叩きつけられたところをトーキックで鼻面を蹴り飛ばされた。ぐぎりと嫌な音と共に激痛がはしる。


「あ……が、……ッ、……ッ!」


 悲鳴を上げようものならさらにひどい目にあわされる。わかっているからこそ薬師神衆の神谷くんは声を殺して悲鳴を堪えた。

 折れた鼻を抑える指のすきまからはボタボタと血が溢れ、廊下に点々と斑点をつくっていく。あっという間に薬師神衆の神谷くんの足元には血が広がる。


「ムシケラ如きが頭を巡らせる必要はありません。……気づかれたところであの甘っちょろい悪霊は反撃などしませんよ。良い練習台として使わせてもらいます」


 廊下の陰にいた少女は呻く薬師神衆の神谷くんに歩み寄る。無造作にポケットをまさぐり金属製の霊符を抜き取った。


「霊符を改良します。準備ができるまでは良く鍛錬しておくことです、……ムシケラでも鍛えればマシになるでしょう」


「……は、い」


 少女は床に広がった血を見て眉を顰める。


「汚いですね。掃除をしてから帰るように、姫神に見つかると面倒です」


 そして、少女は床に倒れたままの薬師神衆の神谷くんから背を向ける。振り返ることもなく立ち去った。預けていた霊符さえ回収できればどうでもいいと言わんばかりの態度。

 おそらく薬師神衆の神谷くんが瀕死の重傷で倒れていたとしても一顧だにせず立ち去っていただろう。


「ああ、ったく。余計なことはいうもんじゃない……」


 少女が立ち去ってから薬師神衆の神谷くんが呟く。ただ、まあ、鼻が折れるくらいで済んで良かっただろうか。

 前の連絡役は女の子だった。ちょっとばかり可愛らしい女の子だったが、いまは病院のベッドの上で顔も体も腫れ上がらせて寝込んでいる。

 特に何をしたわけでもないのだが、少女の機嫌が悪かったことと余計な一言を口にしてしまったために、殴る蹴るのサンドバックにされてしまった。


「……閑野貴久。悪い奴ではないとわかってはいるがな……」


 薬師神衆の神谷くんは床の血をハンカチで拭く。痛む鼻を抑えつつ、その場を立ち去った。

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