REACT:010
翌日の放課後。
葛之葉と姫神とオレは校舎のはずれにある空き教室に集まっていた。オレンジ色の陽が差し込む教室で三人は思い思いの場所に腰かけている。
「……で、姫神のことをちゃんと伝えなかった言い訳を聞こうか」
「えぇ~……、だってあの場で言ったら貴久くん、姫神さんの協力蹴っちゃったでしょ?」
「あたりまえだ」
誰が好き好んで乗り物酔いする退魔師を相棒にするライダーがいるか。
それに誘えばスグについてきてくれる協力的な人を求めていたはずなのに、姫神はバイトがあるからダメな日があるときたもんだ。
条件に合わないどころかマイナス点があるなら蹴るしかないだろーが。
「そういうわけで姫神はクビだ。ちゃんと条件に合うやつを連れてこい」
びきりと姫神のこめかみに青筋が浮き上がる。
「――ッ、……面と向かって言われるとむかつくわね……」
次いで葛之葉は頬を膨らませる。
「ボクが紹介できる人なんてもういないよ、てゆーかっ!」
葛之葉はずびしっとオレを指さした。
「そんな都合のいい退魔師いないんだよっ! これ以上求められたって誰も紹介できないよっ!」
「逆ギレかよ。一緒に戦う退魔師を探してくれっていってるだけだぞ? 何が難しいんだ」
「前提条件がきつすぎるの! やさしくて可愛くて、スリムでおっぱいが大きくて、なんでも言うこと聞いてくれる女の子を募集ってのと、ぜんっぜん変わらないからねっ!!!」
「オレはそんな要求していない」
「例えだよっ! 貴久くんの求める理想の退魔師なんていないのっ! 貴久くんといっしょにいられる退魔師ってだけで我慢してよっ!」
「だがな……」
「つーん、だ。もう知らないもんっ!」
「おい! ――ったく」
葛之葉はプイっとそっぽを向く。
こいつにへそを曲げられると退魔師探しに支障がでるんだが、これ以上の人はいないと言われてしまうと困ってしまう。
オレと葛之葉の会話を縫うように、黙ったまま窓の外を眺めていた姫神が口を開く。
「はじめから葛之葉が協力してあげればいいじゃない。都合が合わないだけでやれるんでしょ」
「お前よりはマシだが、相性が悪い」
「走ってる
葛之葉はソロ特化の退魔師だ。
「あっそ、ご愁傷様。あきらめがついたらさっさと成仏したら?」
「そのつもりはねーよ」
理想の退魔師に協力してもらえないのならば、いまある手持ちの札でなんとかするしかないのだ。
「気の長い話だが、姫神の車酔いを解消する方向でいくか」
「はじめからそうしてよ」
オレと葛之葉の視線が姫神へと向く。当の姫神は腕組みをしたまま口をへの字に曲げる。
「問答無用でクビにしておいて都合のいい話ね。わたしが素直に頷くとでも?」
「お前の悪酔いをついでに治すんだ。ギブアンドテイク、悪い取引じゃないだろーが。嫌なら来月の授業で大恥かくんだな、ゲロ会長」
「もっとスマートなネーミングのほうがいいんじゃないの? ゲロ姫さまとか」
姫神の目元がピクピクと震えている。
口元にはひきつった笑みがあり、ギリギリを奥歯をかみ砕かんばかりの歯ぎしりが聞こえてきそう。普段のふるまいを知るクラスメイトであれば全身から怒気を迸らせる姿にぎょっとするであろう。
ここに至るまでにさんざんこき下ろされてきた姫神だ。内心怒り狂うどころかこの場で暴れだしてもおかしくないだろうが、……オレの出した提案に飛びつかないまでも興味は示した。
「……どうだか、……本当に、治るんでしょうね――?」
「さぁな。やらないよりはやったほうがいいだろ」
スタントライダーの訓練校にも乗物酔いのひどい奴はちらほらいたが、《このやり方》で治った。治らないまでも改善された実績がある。
姫神が史上最悪に乗り物酔いをする女だったとしてもマシになるはずだ、たぶん。
「ふん、わたしが協力してあげる理由はないわね――」
強気の態度を崩さない姫神に忍び寄るように葛之葉の声が聞こえてくる。
「あこがれの生徒会長が乗り物酔いする退魔師だったなんて知ったら……みんなどう思うのかなあ、んふふ……」
薄い笑みと低い声色、葛之葉の表情には爛々と光る瞳がある。
神水流高校は退魔師の学校。
十代の少年少女がきゃっきゃうふふと戯れる学び舎であるが、内面は学生カーストを含む退魔師の勢力を色濃く繁栄した権力闘争の渦巻く世界である。
姫神の退魔師としての家系はそれほどでもない。彼女の地位を確固たるものに知らしめているのは、学力、美貌、生徒会長、と持ち前の分け隔てなく生徒たちを守る公平な態度によるものだ。
家系を第一とするものたちにとって姫神の弱点は学年最上位の地位から引きずり落とすにはうってつけの情報。入手したその日のうちに学校内に広まることだろう。
その情報の流布された結果、姫神の処遇がどのようになるのかは火を見るよりも明らかだ。
「――ッッ」
びくりと姫神の肩が震えた。
「おどかすな、バカ」
意地悪な葛之葉の頭を軽く叩いて黙らせる。
「決めるのはお前だ。どうする?」
「……ぅぅ、っく――! ……わかったわよ! やるわよ! だからってバイトがある日は無理だから。そこは考慮して」
「お前にそんな時間はない。バイトまでの短い時間でもつきあってもらう」
姫神は何か言いたそうに口を開きかけて、結局何も語らず、がっくりと肩を落とした。
「……はぁ、好きにすればいいじゃない……」
「詳しい話はあとでする。それよりも。葛之葉、お前に聞いておきたいことがある」
「んー? なあに?」
話は終わったとばかりに教室の出口へ歩き出していた葛之葉を呼び止めた。
オレははっきりとした口調で葛之葉を問い詰めた。
「二人乗りの
背を向けていた葛之葉の足が止まった。ぴんと張りつめた沈黙が流れる。
「知っていたですって?」
「そうでないならオレに協力するワケがねーよ」
――オレは人に忌避される。
それは退魔師であっても例外でなく、少なからず影響があることは姫神を見れば明らかだ。それなのに葛之葉は入学早々にオレの退魔師募集に乗っかり、できる限りの協力を惜しまず、長年来の友人のように親しげだった。
オレと葛之葉は友人じゃない。互いに利害関係の一致した悪霊と退魔師だ。だから、葛之葉がオレに知られないようにコソコソと動き回っていることに気が付きながらも見て見ぬふりをしてきた。
もちろん何が目的なのかをじっくりと観察をしていたのだが、昨晩の二人乗りの
葛之葉は意思を持つ
オレのことを知るためだけならば日本退魔師協会を出し抜こうとしているくらいにしか考えなかった。しかし、二人乗りの
「そんなにオレが怖いか?」
背を向けていた葛之葉がくるりと振り返る。いつものように、にへらっと笑う。
「さすがに気づかれちゃったねえ、アハハ――」
葛之葉はボクがってわけじゃないんだよ、と前置きしてつらつらと語りだす。
「倒せない
「協会は保護、退魔師は除霊ってわけか。……学校で喧嘩売られてるのもそれが原因かよ」
「ただのお馬鹿さんもいるから半々だよ」
家のためでなく腕試しで挑んでいるような生徒もいるってことらしい。
個人的には言葉回しで察し合うよりも拳で語り合うほうが好みだったりする。真の友情はいつだって殴り合いの末にガッチリとつながるのである。
「オレはそっちの方が好みだ」
「……ああ、貴久くんもどっちかというと脳筋タイプだよねえ」
「ぐちゃぐちゃドロドロの策士タイプよりつきあいやすいからな」
「ぅぅ……、ボクはドロドロしてないよ。と、とにかく! ボクは貴久くんを除霊しようとか考えてないから。家の指示だからしかたなくなんだよ。ほんとのほんとだよ?」
瞳を少しばかりうるうるとさせつつ両手を合わせて少しばかり上目遣いに見上げてくる葛之葉である。あからさまに妖しさ三割増、怪しさ百三十パーセントである。
「どうでもいい。オレの頼みごとを叶える代わりに、お前の頼みごとをオレが解決する、それだけの関係だからな」
「うん……、そう、だね……」
うるうるとした瞳にほんの少しばかり悲しそうな感情の陰がよぎる。
葛之葉は葛之葉衆をとりまとめる当主の娘。家を意向に逆らうなんてことができるはずがないのはわかっているが、裏切っていることを気に病むくらいだったら、他にやりようはあるんじゃないのか、と思わなくもない。
頭の回転の速い葛之葉だ。オレが考えることよりも良い考えを実行できるはずだ。
それ故に、葛之葉が感情面に訴えてくるときには斜めに見てしまう。
「ねえ、そろそろ時間がないから細かい話は明日にしない? バイトに遅れそうなんだけど」
「! ……ああ――」
姫神の待ちくたびれたと言わんばかりの声に我に返る。外の夕日は学校の裏山の影に隠れつつある。夜闇の色が空にうっすらと広がりつつあった。
「解散だ。葛之葉は、
「うん、おっけ。じゃあ、またあしたねっ!」
葛之葉の顔に先の悲しそうな表情はない。両手をぶんぶんと振ると、助走をつけて開け放たれた窓枠に飛び乗り、ひらりと中空に身を躍らせた。
しなやかな健脚を追う眼に、一瞬ひるがえる裾から見えた聖域は純白であった。
「あいつは、……ここ四階だぞ」
「同感ね。名門校なのに、もう少しお行儀のいい退魔師はいないのかしら」
姫神は開け放たれた窓を閉じる。風によれたカーテンを畳みつつ愚痴を零す。
窓から飛び降りたら大怪我するという至極まっとうな意見ではなく、スカートを履いているのだから視線に気をつけろ、という意見で物を語る生徒会長様である。
オレから見て、姫神も十分ズレている気がしてならない。
もし姫神が閑野の胸中を知ったのなら、高所の階段を、ビルの建設現場を、大型バイクで全力疾駆する悪霊に人のことを言える常識をもっているのかと宣うことは確実だと思われるが、閑野がその考えに至ることはない。
「それで、どうするの?」
「……いくぞ」
オレは姫神を連れて向かったのは、神水流高校の駐輪場だ。
薄闇に包まれつつある駐輪場には
「ちょっと、これからバイトだって――」
「バイト先まで送っていく。そこまで遠くはないんだろ?」
「なによそれ……」
「乗り物酔いは乗り物に乗らないから起きる。慣れていないから体がついてこないんだ。毎日すこしずつ、いや……お前の場合はそんな悠長な時間はないが、ともかく体を慣れさせることが第一だ。これから毎日オレがお前を送り迎えしてやる」
オレは
「
「だからって! その訓練をしたら酔うじゃないの! そんな状態でバイトなんて――」
「時間がないと言っただろ、乗れ。いまから歩いてバイトに間に合うのか?」
ためらい、わずかに半歩引いている姫神に向かって有無を言わさぬ口調で言い放った。
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