REACT:009

 姫神が乗物酔いをする性質だったとは、意外だな。

 姫神は文武両道で知られる生徒会長様だ。三半規管はそれなりに強いはず。車酔いとは無縁だと思っていたんだが……。


 オレは道端にある自動販売機へ向かう。ミネラルウォーターをお財布ケータイで購入すると、側溝に蹲っている姫神の元へと戻った。

 ようやく落ち着いてきた姫神にミネラルウォーターを渡してやると、姫神は素直に受け取った。うがいをして口元をすすぎはじめた。


 つーか葛之葉さんよ、コレ不良物件じゃねーか。

 乗物酔いする退魔師と駆動霊ドリヴンガイスト退治などできるはずがない。

姫神がこんな状態だったら協力なんぞ求めなかった。わかっていて黙っていたんだろう。

 オレが姫神に協力を求めたとき、葛之葉は笑いだすのを堪えていたように見えた。この結末を予想していたにちがいない。

 あの野郎、……明日、覚えておけよ。


「お前さぁ……、なんでオレに協力しようなんて思ったんだよ。そんなんで退魔師やれないだろ」


「うるさい――! ケホッ……、こんなの、スグ治るわよ……! あなたの運転が荒いのが悪いんでしょ!!!」


「あれで荒っぽいって言われてもな。安全運転でどうやって駆動霊ドリヴンガイストとやりあう気なんだよ」


「あんな乱暴な運転されたら誰だって酔うわよ!」


「人のせいにするな。葛之葉は酔わなかったぞ。……と言うか、いままで乗せて酔った奴いねーし」


 葛之葉はもちろんのこと。退魔師協会の人を乗せたこともあるし、生前は友人や家族を送り迎えしていた。


 しょっちゅう乗せていたのは妹だ。学校に遅刻しそうなときは何度も送ってやったからな。妹は酔った素振りはいっさいなかったし、用事がなくても乗せてくれとせがんでいたからやせ我慢でもないだろう。


「ふん、なんだっていいわよ。あんな運転するならもう協力しないわ。一人で走ればいいのよ!」


「なんだと。お前、……約束破る気か?」


「条件を追加するわ。わたしが酔わないように運転しなさい! 文句があるなら他の人に協力してもらいなさいよ、見つからないでしょうけど!」


 姫神は不敵な笑みを浮かべて言い放つ。

 あと出しで条件追加とは強気だな。協力できる退魔師が姫神と葛之葉しかいないからって、ここまで大きな態度するか。


 まあ、いいさ。

 そういうつもりならオレにも考えがある。


「そうかよ。じゃあ明日からお前のことをゲロ会長と呼ぶ。明日からの学校生活が楽しみだな」


「やればいいじゃない! いったい誰が信じるかしらね、生徒会長と悪霊。どっちを信じるかなんて考えなくてもわかるでしょ」


 あくまで強気の姿勢を崩さない姫神。ふふんと鼻で笑い飛ばされた。


 姫神の考える通り。

 オレが何を言ったとしても学校の生徒たちは信じないだろう。下手をすれば生徒会長を貶める悪質な噂を流したやつだと言われることになる。

 学校の生徒からの評価が最底辺のオレがいまさら気にすることじゃないが、噂が信用されないんじゃやるだけムダだ。


 ――しかたない。


 できればこういう手は使いたくない。

 しかし、言いなりになるのも癪だからオレは悪辣な手を使う。


 ポケットからスマートフォンを取り出すと姫神に見えるように画面を突き出した。


「そう思うんなら思っておけばいい。――この写真をばら撒くだけだ。そうすりゃ嫌でも信じるさ」


「な……!?」


 オレは姫神がグロッキーになっているところをこっそりと撮影していた。

 愛車Ninjya H2と顔の映っていないオレの身体と姫神を撮った写真。ツーリングの最中に具合の悪くなった姫神が道端に蹲っているような状況だ。


 一目見れば、姫神は車酔いしているとわかる。完全無欠の生徒会長様にあるまじき姿を収めた一枚絵だ。

 適当に煽り文でも入れておけば良い画像になるだろ。


「そんな写真、信じないわ――!」


「こいつを葛之葉のアカウントでばら撒いてもらう。葛之葉も知っているんだろ。お前が酔いやすいこと」


「そ、れは……」


 葛之葉は協力してくれる人が姫神しかいなかったと言っていた。どんなふうに協力してくれるように話を持って行ったのかは知らない。だから、姫神がオレの勧誘から学校の生徒たちの守るために志願したと思っていた。


 実際は違うのかもしれない。

 葛之葉は姫神を協力させるために弱みを握って脅迫したのかもしれない。


 オレの予想を裏付けるように、姫神の言葉が詰まる。


「ないわよ。……葛之葉が、悪霊の言うことなんて……聞くわけないわ……」


「やってくれるさ。あいつはオレの協力者だ、なにより面白くなりそうなことは首突っ込んでくるだろ?」


 姫神の唇がわななく。

 頭のいい生徒会長様だ。嘘でも冗談でもなく現実になってもおかしくないと即座に理解してもらえたようだ。


「……あなたって最低にゲスな悪霊だわ」


「……約束を平気で破ろうとする最高にクズな生徒会長様に言われたくねーな」


 弱みを握って命令するなんて最低だが、悪霊退治にお手軽に連れていける退魔師がいないと困るのはオレだ。

 葛之葉が忙しくて仲間に引きこめないなら姫神を捕まえておかなくてはあてがなくなってしまう。

 とはいえ、今のままだと姫神が役立たずだからどうにかせねばいかんのは変わらないわけだが……、どうしたものか。


「だいたいよ、必死に隠したところで二人一組アサルト・セルの授業がはじまれば一発でバレるだろ。どうするつもりだったんだ?」


「なんであなたにそんなことを言わないといけないのよ!」


「いいから言えよ、ゲロ会長」


「ぐ――、こ、この――ッ!!!」


 姫神は目に涙を溜めて憤死するのではないかと思うほどに顔を真っ赤にする。怒ったところでどうしようもないとわかっているので、いまにも飛び掛かってきそうな形相のままぽつりぽつりと話しだす。


「~~~~~ッッッ、……酔わないための訓練をしてるのよ! ……三半規管を鍛えるような!」


「訓練ね、ふむ」


 もう少し詳しく聞いて見ると、トランポリンを使った運動や回転いすを使った体操をやっているとのこと。

 正直に言ってあまり効果があるとは思えない手法だった。


 まずは姫神の乗物酔いを改善することを考えるとするか。多少、荒療治になるかもしれないけどな。


「今日は終わりだ。帰るぞ」


「……わかったわよ」


 オレは愛車Ninjya H2に乗ると姫神を呼ぶ。姫神は嫌そうな顔をしながらも後ろにシートに跨った。

 酔うとわかっていてもここから歩いて帰るのはさすがにしんどいからな。ゆっくり運転するから先のような様にはならんだろう、……たぶん。


「明日も夕方からだ。またつきあってもらうぞ」


「は? 明日はムリよ。バイトがあるもの……、それは葛之葉に言ってあるわよ?」


「……なんだって?」


 詳しく聞いて見ると、姫神が協力してくれるのは週に四回だけらしい。土日も片方はバイトが入っていると聞かされた。

 ――葛之葉に言ってあるのかもしれないが、オレははじめて聞いたよ。葛之葉の野郎……、都合の悪いことはぜんぶ伏せてやがったな。


「……葛之葉とは一回話をする必要がありそうだな」


 ふつふつと沸き上がる怒りと全身にのしかかってくる疲れに目頭を押さえる。

 とにかく葛之葉に一発殴らせろと言ってやりたいところだった。

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