第138話

 トーナメントの勝敗は3つ。一つは自ら敗北宣言を行うこと。2つ目はトーナメント参加者全員に配られる一度だけ致命傷を無効化するお守りアミュレットのコインが割れること。割れた時点で審判が勝敗を告げる決まりとなっている。3つ目は審判が片方が試合続行が不可能と判断した場合だ。

 コインはペンダントトップに加工される。現在、下半身は蛇人の民族衣装に身を包み、上半裸のノティヴァンと私の首元でコインは淡い光を放っている。

 石舞台の中央で私とノティヴァンは互いに武器を構え開始の合図を待っていた。


 人族の勇者と異国の他種族の魔物とでおこなわれる前代未聞の決勝戦に観客席は極度の緊張で賑わうよりもむしろしんと静まり返っている。


「アステルとこうして戦うのは水の国以来だな」


 静かな会場で楽しい思い出を懐かしむような口調でノティヴァンが語りかける。あの模擬戦があったからこそ彼と出会えた。思い出深い一戦でもあり、私にとっては少しばかり苦い一敗でもあった。


『今回は負けませんよ』


 相手が誰であっても今回だけは負けられない。あの頃とは違う。魔鎧の森しか知らなかった私ではない。魔鎧王に炎骨竜という強敵とも戦ってきた事は確実に私の糧になっていた。

 愛槍である吸魔の槍が使えないノティヴァンにとって今回は完全に技量と体力勝負。


「今回はハンデなしだ。アステルの本気を見せてくれよ」


『言われずとも、本気で行きますよ』


 真剣な眼差しとは裏腹に彼の口角は楽しげに引き上げられている。私も同じだ。真剣に向き合っているのに心は躍っているかの様に弾んでいる。


 上空を舞う、一羽の鳥の鳴き声を合図に「これより決勝戦!勇者ノティヴァン対死の騎士デスナイトアステル。試合開始!」と審判が開戦を告げる。


 開始の合図と同時に互いの刃の潰れた武器がかち合うギーンという音が会場に響く。

 普段の稽古とは違う鋭く重い刺突からもノティヴァンが本気なことが伺える。

 連続突きからのなぎ払いや突きと斬りを複雑に織り交ぜた攻撃を剣で受けたり、距離を取って躱していく。

 致命傷となるようなものはまだ受けていないがこちらはまだ自分の間合いにすら入れていない。あと一歩が踏み込めない。


「間合いに入れなくて焦れてるみたいだな」


 私の焦りを煽るノティヴァン。落ち着いかないと。持久戦なら私のほうが分がある。何より刃の潰れた武器程度では私の身体に多少傷がつこうが直ぐに修復出来る。むしろ焦っているのはノティヴァンの方。


 どちらも決め手に欠けたまま30レプトほど打ち合ったが試合は膠着状態。パテル様に当てた技はもう見られている。ノティヴァンの事だから当たる確率は極めて低い。それにあの技は一発勝負。外せば魔力を使いすぎてまともに動けなくなってしまう。今は使うべきでない。そうなると……


 策を巡らせながらも打ち合っていると先に攻撃の手を止めたのはノティヴァンの方だった。


「やっぱり、吸魔の槍がないと決着がつかないかー」


 ぼやいているもののノティヴァンの目はまだ勝利を諦めていない。彼は握っていた槍を放り投げると拳を握り構えた。

 体術でくるか。私のほうが有利にも見えるがその実、剣を持っているため小回りが効かなくなる。

 迫る拳や蹴りを双剣で弾くも2,3回に一度は踏み込まれて顔や腹に重い一撃を食らわせられる。私に攻撃を当てるたびに当てた拳も足も痛むのかノティヴァンの眉と口元が苦悶に歪む。当たり前だ、こちらは金属であちらは生身。それでもノティヴァンの攻撃は止むことを知らない。


 互いに決定打を与えられないまま時間は過ぎ、いつの間にか頭上真上にあった太陽は地平線に隠れようと傾いていた。


 肩で息をするノティヴァンに対して余裕があるように見える私。見えるだけで私の方も余裕などない。魔力も減り着実に修復速度は遅くなっているし、もう大技を使えるほどの残量もない。

 ノティヴァンの拳を受けようとした剣が一瞬遅れ、剣を握る右手に一撃を受けてしまった。激痛と痺れに剣が手からこぼれ落ち、カランと軽い音を舞台に響かせる。

 左手の剣が奪われるまでにそれほど時間はかからなかった。

 武器を奪われた私にノティヴァンは笑いかける。


「これでお互い残る武器は身体だけだな」


 疲労困憊のはずなのにその笑みにはまだ余裕が見えた。強いから勇者なのか?勇者だから強いのか?どちらか分からないけれど、さすが魔王様を倒す存在としか言えない。本当にノティヴァンは強い。けれど、負けるわけにはいかない。


 拳を固め構える。鏡合わせのように同じ構えをとるノティヴァン。同時に踏み込み最初に繰り出した拳は拳同士で撃ち合いになった。その後も膝蹴りなら膝蹴りでと観客には鏡像が戦っているように見える光景が続く。

 少しずつタイミングがずれ、互いの一撃が相手の身体にダメージを与えていた。

 私の頭部、胸部、腹部にはいたる所に治りきらない小さな凹みが点在している。対するノティヴァンの身体にも無数の内出血の赤黒い斑点や赤く腫れているのが見受けられた。


 こうして本気で殴り合ったのは初めてだった。

 勇者って何なんだ?本当に人族なんだろうか?蹴りが入ったときの感触が硬いゴムの板を蹴ったようだ。魔獣でも骨が折れたり、内臓が傷つくような一撃を受けてもノティヴァンは顔をしかめるだけで両足で地を踏みしめている。


 沈みゆく太陽の赤い光は石舞台を血に濡れたように照らす。ここまで戦っているとノティヴァンの顔から余裕は消えていた。あと一発が限界。互いの状況からそれは読み取れた。殴りか蹴りか?考えるよりも先に私は拳を突き出していた。

 ノティバンの拳が私の横っ面を抉ると同時に私の拳は彼の顎を下から突き上げる。衝撃で私とノティヴァンは吹っ飛び、石舞台に仰向けで倒れた。

 早く立ち上がらないとと気は焦るものの、思い切り揺らされた頭の平衡感覚はなかなか戻ってこない。

 なんとか上半身を起こしたところで目にしたのは完全に伸びているノティヴァンの姿。と同時に審判から「勇者ノティヴァン選手、戦闘続行不能とみなし、勝者アステル」と勝利が告げられた。


 勝った、勝ったんだ!勝利を確認した瞬間、ふっと世界が暗転した。

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太陽の王子と星の騎士 犬井たつみ @inuitatumi

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