第30話 そこらで勘弁してください!
白い薔薇の花言葉は、「純潔」。
そして、「私はあなたにふさわしい」。
今日は悪王子というより、黒王子だな。
どちらにせよ、格好いい。
でも、所詮、私はモンキーの石膏像。
王子様にはふさわしくありません、すみません。
などと考えていたとき、葉名の母、
その手には花嫁のベールがある。
「あげてもいいんだけど、貸してあげるわ。
いるんでしょ? サムシングボロード。
『なにか借りたもの』が」
と言い、佳恵は、ベールを葉名の頭にかけてくれた。
佳恵が昔使ったものだそうだ。
……嬉しいが、ちょっと縁起が悪い気もするんだが、と葉名は、後ろで揉めている龍彦と室田先生を横目に見ながら思っていた。
佳恵が言う。
「サムシングフォーっていうのはね、祈りよ。
幸せになってね」
すると、准の母、瞳もベールを手に現れた。
既に頭にかかっているベールを見ながら、無言で豪奢なベルギー製のレースを差し出してくる。
「あ、ありがとうございます」
と葉名は瞳に向かい、頭を下げた。
瞳がベールをかけてくれる。
……二重につけてみました。
「どうした、葉名。
頭が重そうだが」
と二人が去ったあと、准が言ってきた。
「いえ、ちょっと愛情が重たいだけです」
と二重のレース、しかも結構長い、に耐えながら、葉名は苦笑いして答える。
サムシングフォーっていうのはね、祈りよ、という母の言葉を思い出しながら、葉名は植物園の中を見回した。
「でも、幸せなことですよね。
大切な思い出の詰まった植物園にみなさんに集まっていただいて、みなさんに借りたりいただいたりした指輪とベールとドレスを身につけて結婚するとか。
サムシングフォーって、みなさんの幸せを分けていただくってことなんですね」
そう言い、葉名は微笑んだ。
准が他の招待客と話し出した頃、葉名はスーツ姿の誠二が溜息をついているのに気がついた。
いつもと違う服装の誠二は、一際目を引き、綺麗にドレスアップした涼子が、
「やっぱり、誠二さんもいいわね」
と言っていた。
いや……おにいちゃんと
「どうかされたんですか?」
と訊くと、誠二は昼の日差しを受け、青々と輝く植物たちを見ながら言ってくる。
「いや、ガジュマルもパキラも、結局は准に味方したな、と思ってさ。
売るまでは僕が世話してたのにさ」
なんだかわからないが、テンションが下がっているようだ、と思いながら、葉名は言う。
「大丈夫ですよ。
誠二さんの運気はきっと上がってますよ。
観葉植物には、いい花言葉のものも、悪い花言葉のものもあるけど。
それだって、解釈次第だし」
縁を切るとかネガティブな花言葉を持つものだって、悪縁を断ち切ると思い変えることもできる。
「どんな植物だって、人を癒してくれる。
そんな植物たちを一生懸命世話している誠二さんに、いいことがないはずないです。
この植物園を世話している瑠璃子さんがそれを証明しているじゃないですか」
准や誠二たち孫に、今もこんなにも愛されている。
此処で瑠璃子のように人をもてなすのが夢だと、大人になっても語るほどに。
まだ椅子に座ると地べたに足がつかないような頃の二人が、あの植物園で、瑠璃子とお茶をしていた姿を思い浮かべると、微笑ましくて、つい、笑ってしまう。
「子どものころの憧れって、いつまでも胸に残りますよね」
と葉名が微笑むと、
「葉名さん」
と誠二が呼びかけてきた。
「僕と結婚してください」
は? と固まるウエディングドレス姿の葉名の両手を握り、誠二は真摯に言ってくる。
「結婚してください、葉名さん。
僕、やっぱり君のことが好きみたいだ」
「おいこら、人の結婚式でなに言ってたんだ」
と後ろから現れた准が誠二の首に後ろから腕を回し、締め上げる。
「ほら見ろ、葉名。
俺より、よっぽど、こいつの方が悪王子だぞ。
だいたい、こういう素敵な笑顔の奴の方が怪しいんだよっ」
と言い放つ准に、素敵な笑顔だとは思ってたんだ……? と葉名は苦笑いする。
どうやら、支度が早すぎたようだ……。
准が誠二を追い払ったあとも、まだ式は始まらず、葉名は石膏状態のままだった。
ずっと立っていると疲れるので、葉名は植物園の隅にある白いアイアンの椅子に腰掛け、ソテツを眺めていた。
後ろから、
「それ、食べられないからな」
という准の声がする。
准はソテツを見上げ、
「ソテツには毒がある、か。
結婚生活にも毒があるんだろうな」
と言ってきた。
いや、今、結婚しようという、まさに、このときに、なに縁起の悪いこと言ってんですか。
そう思う葉名に、准は言う。
「この先、いろいろあるのはわかってる。
めでたしめでたしで終わらないのもわかってる。
ロミオとジュリエットが離婚するくらいだからな」
すみません、と今も後ろで揉めている葉名の両親の声を聞きつつ、葉名は俯く。
「でも、それでも、俺はずっとお前と一緒に生きていきたい」
そんな決意を秘めた准の言葉に、葉名は顔を上げた。
「准さんは――
バナナみたいですね」
すぐ近くに青々と茂ったバナナがある。
は? バナナ? とついていけずに振り返った准は、
「お前がモンキーだからか」
と言ったあとで、ん? という顔をする。
「……今、准さんって言ったか?」
だが、恥ずかしいので、そこは流して葉名は言った。
「バナナって、成長が早いので、下に生える木を直射日光から守ってくれるんですって」
そういう役目を果たしてくれる木をシェードツリーというのだそうだ。
バナナの下には、今も小さなコーヒーの木が生えている。
「私の旦那様だったり、会社の社長さんだったり。
准さんは、みんなを守ってくれる存在なんだなって思って」
「そんな立派なもんじゃない」
とその小さなコーヒーの木を見ながら、准は言ってきた。
「お前たちが居るから、俺は夫だったり、社長だったりするわけだから」
そんな准に葉名は言う。
「コーヒーの木の花言葉は、『いっしょに休みましょう』だそうですよ。
長い人生、いろいろ疲れることもあるかもしれないですけど。
そんなときは、いっしょに休みましょうね」
と微笑んだ葉名の手をいつの間にか、准が握っていた。
二人で勇壮なバナナと小さなコーヒーの木を見つめる。
まるで、准さんと私だな、と思いながら。
二人の側のテーブルには、あのペペロミア・ジェイドがあった。
運命のペペロミアにも結婚式を見てもらいたいと思い、運んできたのだ。
「葉名。
俺は最初、お前が俺の運気を上げてくれると思っていた。
でも、今は、例え、お前が不幸を振りまいても、俺はお前と一緒に居たい」
照れて俯く葉名に准が言う。
「いや、いろいろ決意を述べるなど俺らしくもなかったな。
即決即断、短く明確に、が、俺のモットーだ。
葉名、結婚してくれ」
それは准の決意表明だったのだが。
聞いていたらしいみんながこちらを見ていた。
今、プロポーズか?
式は五分後だが―― と。
「さあ、そろそろ神父さんがお見えですよ」
と素敵な渋い藤色のロングドレスを着た瑠璃子が現れる。
葉名を見て、言ってきた。
「葉名さん、貴女、将来、成功したら、ウンベラータが欲しいのですってね」
そんなものは今すぐ買え、と言われるかと思ったら、
「此処にウンベラータがあります」
と瑠璃子は右手を指差す。
芸術的な形に幹が湾曲した立派なウンベラータが水瓶を抱えた白い天使の像の側にあった。
「ウンベラータの花言葉は、『夫婦愛』。
いずれ、貴女にあげましょう」
えっ?
いいんですかっ? とそのウンベラータを振り返ると、
「この植物園を――」
と瑠璃子は言う。
「ええっ? なんでっ?」
という誠二の叫びは、葉名の心の叫びでもあった。
「特別気に入ってくれている、准か誠二のどちらかにこの植物園を譲り渡そうと思ってました。
でも、どちらに渡しても、喧嘩になるから。
此処は、お前たちの二人ともが心惹かれた葉名さんに――」
「やったぞ、葉名っ」
と瑠璃子が言い終わらないうちに、准は葉名を抱き上げる。
「やっぱり、お前は幸運の女神様だ」
と笑う准に、誠二が、
「待てよ、准っ。
おばあちゃんは葉名さんにって言っただろうがっ」
と訴える。
「なにを言う。
葉名のものは俺のものだ」
と言い出す准に葉名は、
……貴方はどちらのジャイアンですか、と思っていた。
「おばあちゃんは、ストレートに俺に譲ると揉めるから、葉名にって言ったんだろ」
いや、そうですか?
単に、どっちか選ぶのがめんどくさかったんじゃないですか? 揉めそうだから、と思う葉名の片手を誠二が、むんずとつかむ。
「じゃあ、葉名さん、今すぐ准と別れて、僕と結婚してっ。
牧師さーんっ」
いや、それ、神父さん……と思う葉名を引きずり、連れていこうとする。
「牧師さん、僕たち、今すぐ結婚しますからっ。
式を挙げてくださいーっ」
ひーっと思う葉名の手を反対側から誰かがつかんだ。
准だ。
「なにを言うっ。
葉名は俺と結婚して、俺に植物園をもたらすんだっ。
葉名はそのために俺の前に現れた女神様なんだからなっ」
いや、待ってください。
貴方、さっき、私が不幸をもたらしても、結婚したいって言いませんでしたっけっ!?
「葉名っ」
「葉名さんっ」
「結婚してくれっ」
「結婚してくださいっ」
と二人は葉名の手をつかんで離さない。
こいつら、欲まみれだーっ!
新婦ひとりに、新郎二人。
神父は白い薔薇のアーチの前で、それこそ、石膏像のように笑ったまま固まっている。
「だっ、誰か、助けてーっ」
と叫んでみたが、みんな面白がっているだけで、誰も助けてくれそうにない。
艶やかに薔薇咲き乱れる植物園で、准と誠二に両手をつかまれ、葉名は叫んだ。
「もう~っ。
そこらで勘弁してください~っ!」
完
そこらで勘弁してください 櫻井彰斗(菱沼あゆ) @akito1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます