終節

俺たちの提案はみんな賛成してくれた

というかおばさん連中も同じことを考えていたらしい


早速みんなで募金をし始めた


「はい、私が管理するからお金出したら記名してね~」

こういうのはバイタリティーある人の方が向いてるよな

バイトの仲間はほぼお金を出してくれた


金額は、まあ入院生活に役立つ、着るものとか、コップとか

 テレビのカードとか買って、、、それでも余るくらいは集まった

「まあほんとに100万円ももらったら逆に立つ瀬ないだろうし

  このくらいで十分でしょ」

「それでも8万も集まってよかったじゃないの」

「多少足しにはなるでしょう」



そして斉藤さんの入院のために休暇を取る前日

明日から入院ということでその日にお金を渡すことになっていた

が・・・

・・・当然のように断られた


「皆さんに休暇で迷惑かけるのに受け取れません、

  私はきちんとこの病気を治してまた復帰します

  その時に休んだ埋め合わせをします」

それでは1か月後、と言ってさっさと帰ってしまった



「まあ、本人のプライドとかもあるからね」

「まだチャンスもあるでしょう、退院祝いにもできるし」

「そうですね」



そんな感じでお金はそのままに1ヶ月が経とうとしていた


そして無事手術が成功した斉藤さんの復帰の日が来た


「みなさん、ご迷惑をおかけしました」

「私事ではありますけど、、、実は息子が今回の件で思うところがあったようで」

「契約という立場ではありますけど、、、きちんとしたところで働くように

 なりました」


斉藤さんは何か吹っ切れたような笑顔だった


「じゃあ、これは息子さんの就職祝いということで・・・」

おばちゃんが言った


「・・・ありがとうございます、正直、、、今の私の生活では

  背広を買ってやることも、、、できなくはないけど

  大変なので、、助かります」

斉藤さんは少し照れたように頭を下げた


ちょっとだけ、空気が変わった気がした



ところがその後、俺といつも食事をしてくれていた

 いいおじさんこと市川さんが辞めることになった

何でも、奥さんが痴ほう症になってしまったらしい


まだ普通の生活はできる、というけど、

 やはり付きっ切りでないと不安らしい


「大変ですね」

月並みな言葉しか言えない自分が悲しかった

「まあ人はみんな年を取ればそうなっていくものだから・・・」


俺は、バイトの一部からちょっとだけお金を包んだ

いらないといいながら、でも最後の記念に包み紙のまま取っておく

 といって受け取ってくれた

これも気を遣わせたのかな、、、、


そのごも仕事は続く、、、

そんなあわただしい日も落ち着いたころ僕はたまたま深夜近くに

 一人で食事をしている斉藤さんを見かけた

・・・

声をかけてみよう

なぜかそう思った

正直あの日以来からも、多少は会話するようにはなったけど

 プライベートなことは一切話してはいない


「斉藤さん、ここいいっすか?」

斉藤さんは一瞬目を見開いたが

「ああ」

と席を勧めてくれた



「息子さんは、、どうですか?」

「ああ、ちゃんとやってるよ」

「よかったです」

・・・

会話が続かない


自分の心を開かないと

そう思って、自分のこれからを語ろうとする


「資格試験を受けようと思って、もっと時間の少ないバイトに変えようかと

 思うんです」


すると斉藤さんは険しい、あの頃の顔に戻って怒った

「まだそんなこと考えてるのか?お前いくつだ?・・・・」

「ちゃんとした仕事の経験が大してないのに資格だけ取っても・・・」

「うちの息子なんかお前よりも人と話せなかったんだぞ・・・」

「それでも!」

延々と怒る



怒らせてしまった



でも不思議とその熱意は”怖い”から”嬉しい”と思う気持ちに変えさせられていた

真剣に諭してくれる人っていつ以来だろう・・・


俺は

「そうですよね、俺もちょっとこれからの事、、、仕事、考えてみます」

そう答えた

「あと、、、血管に悪いですよ・・・」

これはほんとに本心からの言葉



「野郎!、こっちは・・・・」

余計怒らせたけど


「まあいい、呆れたわ」


「その言葉、信じるからな」

斉藤さんはまだ言い足りないのか、でもちょっと口ごもって、

 その言葉を信用してはくれているようだった


行動で示さないとまた怒りそうなのでその日以来プライベートの話題は避けた

いい人、、かは分からないけど、俺にとってはいい人がまた増えたよ


おれはちょくちょくハロワに行っている

いい仕事なんてないけど

でももうバイト生活はやめる


今度の忘年会には来てくれるらしい、いいおじさんと、新いいおじさんこと

 斎藤さんにいい報告ができればいいな・・・

そう思いながら求人検索をしている

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おじさん 豊田とい @nyakky

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