行きも長かったが、帰りはさらに長い道のりのように感じた。

 しかし故郷の村が見えてきたときには、足や腰の痛み、疲労も忘れて走り出していた。

「おーい、みんなー! 帰ってきたぞー! 魔王を倒して帰ってきたぞー!」

 僕は思わずそう叫びながら、村へと走り込んだ。

 村の人たちがぞろぞろ住居から出てきて、僕を盛大に出迎えてくれた。

「おー、マルコ、帰ってきたのか!」

「魔王を倒したってのは本当か?」

「すごい! さすがは勇者ね!」

「これでもう莫大な税に悩まされずに済むぞ!」

「いつ目をつけられて処刑されるかとびくびくする必要もない!」

「これは平和な世界が訪れるぞ! 魔王になんか支配されない、自由で平和な世界だ!」

 村人たちは僕を胴上げし、口々に歓声を上げた。

 僕はあまりの嬉しさに、我も忘れて「僕はやったぞー!」と叫んでいた。

 お供だった三人が死んだのはみんな悲しんだが、それを差し引いても、僕一人が生き残ったことだけでも喜んでくれた。

 しかも魔王はもう倒された。人々の言うように、これからは魔王の支配に苦しませられることはない。魔王から世界は奪還されたのだ、僕の手によって。

「お前はこの村の誇りだし、世界を救った英雄だ!」

「そうよ! あなたはよくやったわ! 私たちの最高の宝物よ!」

 父と母はそう言って、僕を抱き締めてくれた。感動でほろりと涙が零れた。

 国という概念は魔王に支配されてから滅んでいたから、国王の城へと招待されて歓迎や褒美を受けることはできなかったが、今はこの村人の喜びようと達成感だけでも満足だった。

 村に帰ってきてから一週間は非常に穏やかで安らかな日々を過ごした。

「さぁ、魔王は死んだし、この世界を束縛するものは消えた! 今こそ新しいリーダーを決めるときだ。支配者でも、独裁者でもない。この世界のリーダーを、だ」

 そう誰かが言い出したのを皮切りに、世界の新たなリーダーを決定しようと議論の動きが高まった。それで、各村から一人代表者を集め、誰か最も相応しいか議論し合うことになった。当然、僕の街からは僕が代表として出席することになった。

「何せ魔王を倒した勇者だぞ。どう考えても決まりだな」と誰もが言った。

 僕もそう思った。新たなリーダーは僕が最も相応しいと。

 しかし、各村の代表者と集まって議論を始めてみれば、話は思わぬ方向に転がり出した。

「代表として来た身でなんだが、リーダーは勇者でどうだろう?」

 一人が開口一番にそう言い、ぱらぱらと拍手が起こった。

 これはもう決まりかなと思ったとき、「異議あり!」の声がどこからともなく上がった。

「何も一人でなくともいいだろう」

 その声を上げた人物は、顔を顰めてそんなことを言った。狐顔の男だった。

「王を一人決めるというのはこの世界の古くからの習わしだが、そんなものは今すぐ捨てた方がいい。王一人に全権を任せるということは、第二第三の魔王を生み出す結果になりかねない。第一、魔王が支配する国王だって似たようなものだっただろうが」

「それではどうしろと?」

「政治にこの世界の人間全員が関わるんだ。一人に全権を与えるのではなく、この世界の人間全員に平等に権利を与えて、格差をなくす。そして権力を一つに集中しないようにすることで、独裁政権を防ぐ。どうだ? 名案だろ? 俺はこれを民主制と名付けたんだ」

 その男は自分に酔い痴れるように、持論を熱弁した。

 代表者たちはみんな黙って聞いていたが、一様に困惑顔だった。

「全員平等に権利を与える――そんなことができるんでしょうか?」

「できるかではない。やるんだよ」

「いや、俺は反対だな。どれだけの時間と労力がかかるんだ。今は早急にリーダーを決定することが求められてるんだぞ。その民主制とやらは落ち着いた頃にしてくれ」

 反対の声を上げる者が現れた。太い眉の者だ。

 狐顔は太眉をキッと睨み付ける。

「何だと? 俺のせっかくの名案に、なんて言い草だ」

「何が名案だよ。そんなに名案だと思うなら、一人でやってみろよ」

「てめぇ、人並みの意見しか言えないくせに偉そうにしてんじゃねぇ!」

 狐顔は太眉に飛びかかった。それに太眉が好戦的な態度で応戦するから始末に終えない。

 狐顔と太眉は殴り合いの喧嘩を始めた。今にもどちらかを殴殺してしまいそうな勢いだ。

 人々は呆気に取られた様子だったが、僕は持ち前の正義感で仲裁に入った。

「やめてください! もっと冷静に話し合って――」

「うるせぇ! 邪魔すんな!」

 怒り狂った二人の力は異様に強く、僕はなぎ倒された。

 倒れた拍子に胸の辺りに痛みを感じ、そして見下ろし、驚愕した。

 胸に大きなナイフが突き刺さり、そこからどくどくと血が溢れ出していたからだ。

 ぐらっと視界が揺れ、その場に倒れた。血は容赦なく地面へと流れ出ていく。

 力を振り絞って見上げると、狐顔の顔面が蒼白になっていた。

 狐顔がナイフを出したところで僕が仲裁に入り、そのナイフが僕に刺さったようだった。

「た、大変だ! 勇者様がー!」

 人々は叫び、騒ぎ立てながら僕の周りを取り囲んだ。

「勇者様、今医者を呼んできて手当てをしますので! お気をしっかり!」

 そう呼びかける声も、段々と遠ざかっていく。意識ごと段々と遠ざかっていく。

 ようやく魔王を倒したというのに、こんな最期を迎えるとは――。

 僕は死の恐怖と人生への絶望、いっそのことという後悔の念をごちゃ混ぜにした感情を抱いた。

 一瞬のうちに脳裏で走馬灯の上映が終わり、思わず呟かずにはいられなかった。

「世界の半分、もらっときゃ良かったかなぁ」

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せかいのはんぶん すごろく @hayamaru001

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