13

 その戦いはどれほど長く続いただろうか?

 勇者も俺も無言の中、暗い室内には剣と剣とがぶつかり合う音だけが響いていた。

 その合間に相手の荒い息遣いが聞こえ、剣と剣が触れ合ったとき、一瞬火花が散った。

 最初は俺の方が優勢に思えた。やはり経験の差だ。勇者は俺の動きに上手くついていけず、守りに徹する他ない様子だった。俺が勇者を斬り殺すのも時間の問題だと思っていた。

 が、じきに俺の方が劣勢になっていることに、気づくのが遅れた。

 剣だ。俺の奮っている剣が、みるみる刃毀れしてボロボロになっていくのだ。

 対して、相手の伝説の剣は、これだけ激しく剣同士をぶつけ合っても傷一つなく、暗闇の中で輝いていた。

 これが、伝説の剣の本来の力なのだろう、と俺は悟った。

 俺はあまりにも邪悪な心と人の血で、この剣を汚し続けた。

 その結果、俺の伝説の剣は伝説の剣と呼ばれるようなものではなくなり、また魔の剣と御大層な冠を被れるようなものでもなく、普通よりも劣る剣になり下がったと推測するのは、想像に容易かった。

 そして決着の瞬間は訪れた。何の前触れもなく、唐突に。

 もう何百回目かの剣と剣との接触の瞬間、俺の剣の刃が粉々に砕け散ったのだ。

 そしてその流れのまま、驚いている間に隙を突かれ、首を刎ねられた。

 それはもう見事に、首と胴体をばっさりと切り裂かれ、分断された。

 胴体はどさっと前のめりに倒れ、俺の首は宙を舞ったのちに床に転がった。

 胴体から切り離さ手もなお、俺には意識があった。ただ、息絶えるのは時間の問題だった。

 転がった拍子に頭が床についたところで止まってしまったらしく、俺の視界は逆さだった。

 その逆さの視界の中、俺を倒したことに歓喜の声を上げて喜ぶ勇者をぼんやり眺めた。

 脳裏を走馬灯が駆け巡った。

 ――あの村での虐げられ馬鹿にされた貧乏な日々、溺れさせて遊んだ湖とミミズ、あの洞窟で伝説の剣を引き抜いたこと、国王の城での料理、その後の名ばかりの仲間との冒険、魔王の城での戦闘、魔王との対峙、仲間になって魔王の城での食事、制圧のための戦い、勇者だと知って驚く人々の顔、あの村の連中の死に怯え絶望した表情、国王の情けない顔、圧制成功後の魔王との乾杯、世界の半分が俺の物になった瞬間、罪人や疑いのあるものを拷問したり処刑したときの血みどろの光景、魔王の本音を知りそしてその魔王を斬り殺した瞬間、そういう経緯を経て今、勇者に首を刎ねられる一瞬――。

意識は薄れていく中、記憶だけが昨日のことのように鮮明に目の前を駆け抜けた。

 思考まで薄ぼんやりしてきた。死ぬんだな、と思った。今まで好き勝手してきたが、ここで死ぬんだな、と。

 怖くはなかった。悔しくもなかった。ただ少しだけ、悲しかった。

 そのせいか、俺はどうやら首だけの状態で涙を流しているようだった。

 情けない。飛ぶ鳥あとを濁さず、といった感じで逝きたかったのだが。

 そこで気づいた。あぁ、そうか。そういうことか。

 俺があの勇者を、あのときの魔王と同じように仲間に引き入れようとしたのは――。

 単純に――寂しかったんだな。同じ立場で話ができる相手がいなくて。

 俺は馬鹿馬鹿し過ぎるのと情けないのとで、思いっ切り笑い出してしまいたい気分になったが、生憎口角はちっとも動かなかった。

 涙も、もう流れなくなっていた。

 もう一つ、死に際になって女々しく考えた。「もしも」のことを考えた。

 もしも、俺が魔王の仲間にならず、勇者として魔王を倒していたら――。

 そうしたら、俺はこんな惨めな想いを抱いて死なずに済んだろうか? 

 薄っぺらでも、表面上でも、反吐が出るほど偽善的でも、魔王を倒した英雄として迎えられたなら、褒め称えられたなら、俺はそちらの方が幸せだったのだろうか? 報われた気になれたのだろうか?

 後悔の念に襲われながら、情けなさに笑い泣きしたい気持ちで、最後の力を振り絞り、ぼそりと呟いた。

「世界の半分、もらわなけりゃ良かったかなぁ」

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