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 そんなある日、偵察係の魔物が慌てた様子で俺にこんな情報をもたらした。

「魔王様! 大変です! この城に勇者の一行が向かってきているようなのです!」

「なに? 勇者だと?」

 俺は咄嗟に自分の腰の辺りを見た。伝説の剣はちゃんと腰にぶら下がっている。

 もっとも、伝説の剣は今や禍々しいオーラを放つ、魔の剣と化しているが。

「勇者は俺一人じゃなかったのか?」

「どうやら伝説の剣は、この世界に二本あったようなのです」

「二本だと? そんなことは初耳だが?」

「最近見つかった古い文献に二本目の伝説の剣の在処が書かれていたのです。恐らく以前の勇者が、一本が使い物にならなくなったときのための予備として用意していたものと思われます。それでその剣を引き抜いた適性のあった少年が、仲間を引き連れてこちらに向かっているようなのです。魔王様、どういたしましょうか?」

「どうもこうもない。魔王なら魔王らしくするまでだ」

 俺は玉座から立ち上がり、威厳を意識した改まった口調で魔物たちに命じた。

「全力で勇者一行を向かい打て。そして殺せ」

 こうして俺は城の魔物も城の外の魔物も総動員し、新勇者一行に攻撃を仕掛けた。

 しかし、そこはさすが勇者とその仲間たち、雑魚の魔物など相手にもならないようだった。

 そうこう手を拱いているうちに、勇者一行は魔王の城の前へと到着してしまった。

 例によって偵察係の魔物が大慌てで俺に報告をした。

「魔王様! もうダメです! 勇者一行が城の中へと入ってきます!」

「案ずるな。城の中は罠だらけだし、まだ強い魔物がたくさんいる」

「そんな悠長なこと言っていたら、すべて突破されてしまいます!」

「大丈夫だ。何にせよ、最後は私が相手をする。だから大丈夫だ」

 俺は腰に差してある伝説の剣――いや魔の剣に触れ、にやりと不気味に笑ってみせた。

 実際に、俺は勇者になぞ負ける気がしなかった。つい最近伝説の剣を引き抜いて勇者になったやつと俺とでは、くぐってきた修羅場の数が違う。経験で俺が負けるはずがない。

 俺を屠れるのは、俺自身しかいない。俺はそう自負していた。

 勇者一行は魔王の城の中を突き進み、そして勇者一人のみが私の玉座の前に辿り付いた。

 金髪の髪に青い目をした、綺麗な身なりの青年だった。

 他の仲間たちは、ここに辿りつくまでに全員死んだようだった。

 ふと、自分が勇者として、この魔王の城にやって来たことを思い出した。

 そういえば、俺も仲間だったやつらがみんな死んだんだったな。何も感じなかったが。

 その新勇者は、正義感と怒りを宿した目で俺を睨み付けていた。

 今の境遇が似ていても、俺とは根本的に違う人間であることは、この時点でわかった。

 しばらく静寂が辺りを包み、俺と新勇者はただひたすらに睨み合っていた。

 このままでは埒が明かない。俺から何かを言うべきだろう。しかし何を言えば――。

 俺は初めて以前の魔王と対峙したときの、魔王の台詞を頭の中でなぞった。

「くっくっく、勇者よ、よくここまで辿り付いた」

 俺が口を開いたのに驚いたのか、勇者はさっと緊張感で身を強張らせながら剣を構えた。

 勇者はまだ何も喋らない。俺がまた何かを言うべきか。

 だが、次の台詞が思いつかない。以前の魔王の台詞も思い出せない。

 表面上は涼しい顔をして悩みながら、ぱっと頭に浮かんだ台詞を反射的に口にした。

「勇者よ、戦う前に提案がある。俺の仲間にならないか?」

 なぜかそう言ってしまった。

 勇者は意表を突かれたという表情で目を丸くしている。私も自分自身で驚いていた。

 なぜこのような提案をしてしまったのか。確かにあのときの魔王は勇者だった俺を仲間になるように誘った。しかしそれは、あいつ自身の目的のためだった。だが、俺にはこの勇者を仲間に引き入れる理由も打算も目的もない。仲間に誘う意味などない。

 それなのに、俺の口からはぽろりとその台詞が零れ落ちた。

 撤回しようかとも思ったが、俺の口はすでに続きの台詞を喋っていた。

「お前に世界の半分をやろう。どうだ? 仲間にならないか?」

 勇者は目を丸くし続けていた。俺は何も捕捉せずに返事を待った。

 またもや睨み合い、沈黙、静寂。

 勇者はこの提案を逡巡しているのだろう。かくいう俺も頭の中はフル回転だ。

 なぜ自分はあのときの魔王と同じ提案しているのか? それをずっと考えていた。

 しかし答えは一向に出ず、先に勇者が返事をした。

「いや、魔王の誘いになんか乗らない。俺は勇者だ! お前を倒す!」

 思ったよりも幼い声で、勇者は俺に拒否の返答を寄越した。

 やはり初めの印象通り、俺とはまったく別次元の人間だ、こいつは。

 別に残念な気持ちはなかった。半ば予想していたし、最初から結論は一つだったから。

 俺は一度息を吐き、そしてもう一度吸い、改めて吐くと同時に厳かな調子の声で言った。

「良かろう。ならば戦うまでだ。覚悟しろ、勇者」

 俺はゆっくり玉座から立ち上がり、腰の魔の剣を抜き、構えた。

「さぁ、どこからでもかかってこい」

「いざ、勝負!」

 勇者は俺に飛びかかってきた。俺はそれに応じた。

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