10.捻れる終結

 我が物顔でカウンターに腰を下ろしたミソギは、武骨な作りの拳銃のパーツを一つ一つ丁寧に外していた。その向かい側で伝票をチェックしていたホースルは、暇つぶしのつもりで口を開いた。


「お前がそんなものを持っているなんて珍しいな」

「護身用には丁度いいよ。剣だと人を斬りすぎる。あんたのショットガンと同じさ」

「なるほど。偶には違う武器を使うのも、良い経験にはなるだろうしな」

「……そういえばさぁ、いつだったか変な事件があっただろ?」


 普段から客の限られる小さな雑貨屋に、淡々とミソギの声が響く。


「ほら、腹の中に金の延べ棒詰め込んでた女が殺された」

「あったな。それがどうした?」

「犯人の医者、死んだらしいよ」


 螺子が一本カウンターの上を滑る。ホースルはそれを拾い上げて、ミソギの手元に戻した。


「強欲な医者だったな」

「本当にねぇ。「貯金のつもり」だったって言うんだから恐れ入るよ。女の体に埋め込まれた金が目標額に達するまでドキドキワクワク待ってたって言うんだもの。貯金箱を割るために金を貯めるタイプだね」

「趣味が悪い」


 銃筒に掃除用の器具を入れながら、ミソギは軽く肩を竦めた。


「あんたに言われれば本望だろうね。そういえば、あの時に出会った骨董商のお嬢さん。あんた、何か頼んでなかった?」

「黒いナイフをもう一度融通してくれるように頼んだ」

「身内からの贈り物だって言ってたっけ? あんたの奥方ってナイフとか贈るように見えないけどな」

「何故妻が出てくる?」

「だって、あの時双子ちゃんはまだ生まれてなかっただろ」


 そう言ったミソギだったが、少し首を傾げると眉に皺を寄せる。二十年近く前の記憶を、脳の底から搾り出すような仕草だった。


「そうだよね? よしんば生まれてても赤ん坊がナイフ贈るわけないし」

「妻や子供ではない。私の兄だ。あれが一番マシな贈り物だったな」

「兄ねぇ。あんたの兄って性格は似てるの?」

「最低最悪だ」

「そっくりってことか」


 揶揄する言葉に、ホースルは不思議そうな顔で「どういう意味だ」と聞き返す。ミソギは黙秘を貫いて銃の手入れに神経を集中した。

 相手に喋るつもりがないのを悟ったホースルは、暫くすると諦めて伝票のチェックに戻る。しかし、ふと顔を上げると店の外へと視線を向けた。


「疾剣」

「何だよ」

「あの時のナイフが来るぞ。見てみるか?」

「どういう意味?」


 ホースルは笑いながら窓のほうを指さす。そこにはいつものように仲良く肩を並べた双子が、丁寧に梱包された箱を持って歩いていた。箱には親愛なる身内への贈り物の証として、雪の結晶を模した飾りが輝いていた。






「ありがとうございました」


 黒髪の少年と青髪の少女が出ていくのを見送ったシホは、ドアにかかったプレートをひっくり返して、休憩時間に入ることにした。店内には少し梨の匂いが漂い始めていた。

 数日前に手に入れた梨は今朝には良く熟しており、調理するには絶好の状態だった。あれこれと悩んだ挙句に決めたのは梨のパイで、慣れない調理器具とレシピと睨めっこをしながら作っていたのだが、途中でオーブンが動かなくなってしまった。

 困っていたところに現れたのが先ほどまで客として来ていた二人組で、一人は魔法陣の不具合を直し、もう一人はパイ作りを手伝ってくれた。


「……でも本当に来るとは思いませんでしたね」


 店のレジスターの横にいたクラウスが、ふと呟いた。


「お二人の話を聞いた時には半信半疑だったのですが」

「私もです。でもあの二人は、この前来た方のお子さんですよ」


 証拠も何もないが、シホは確信めいた声でそう言った。クラウスは何か言いかけて、しかし思い直したように口元を笑みに変える。


「貴女がそう言うのなら、間違いはないでしょう。それにあの二人からも、似た気配がしましたから」

「やっぱり悪い人じゃなかったのに、リディアさんたら酷いです」

「多分同じ場所にいたら同じことを言っていましたよ……」


 シホは隙間の出来た陳列棚に近づき、左右に置かれた品物を再配置する。その棚には、数日前に近所で殺害された女性の家から出た雑多な骨董品が並んでいた。黒曜石のような美しい刃を持つナイフに、客として訪れた二人組はすぐに興味を示した。シホは最初こそ戸惑ったが、すぐに二人が何者か気が付いた。


 父親へのプレゼントを探している、と二人は楽しそうに言っていた。少女の髪と目の色以外は、あの商人の面影を探すのは困難だったし、少年の方に至っては何一つ似ていなかったが、それでもシホには二人があの商人の子供だと認識出来た。


「何が起こっているんでしょうか」

「さぁ。きっと何かの巡り合わせでしょう」


 あっさりとそんな言葉で片づけて、シホはカップを並べた棚へ移動する。今日のお茶請けは梨のパイ。紅茶は少し苦く、砂糖とミルクはお好みで。頭の中でそんなメニューを並べながら、自然と口元が緩んでいく。

 四つの不揃いのティーカップを円卓の上に置き、それぞれに見合った皿を用意する。


「あ、戻ってきましたよ」


 クラウスの声が先代オーナーとその息子の帰宅を告げる。「年寄り扱いするな」「子ども扱いするな」と不毛な口論が段々と店へと近づいてきた。それが耳を澄まさなくてもはっきりと聞こえるようになった頃、どちらかが扉を開けて、ドアベルの音が店内に鳴り響く。

 シホはそちらを見ると、「おかえりなさい」と明るく声を掛けて、そしていつものようにお決まりの文句を続けた。


「お茶にしましょう」


END

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