8.水にする理由

「さて、俺はヤツハ人にしてはまだるっこしいのが苦手だから単刀直入に行こう。犯人は今日俺が話を聞いたうちの一人だ」

「行きずりの犯行というには無理のある現場ですもんね」

「その通り。犯人は目的を隠すためにあんな凝った現場を作った。でもその裏に隠されたものは非常に簡単だ。『深紅の骨』の「願い」を考えれば、その答えは自ずと出てくる」

「血を水にするというやつか」


 リディアが真っ先にそう言ったが、数秒考えてから「いや」と否定を続けた。


「違うな。そう解釈できるというだけか」

「その通り。元々の「願い」は『水の流れのように血が絶えんことを』。何も血を水のようにしろと言っているわけじゃない。要するに、この事件はさっきお嬢さんが言った通り「血を水に変える」のが目的というわけ」

「でも」


 シホはミソギのカップを取り、中に新しい紅茶を注ぎながら言葉を返した。リディアは少女がうっかり中身を注ぎすぎないか横目に見守る。


「どうしてそんなことをするのかは……」

「簡単明快だよ。血を水に変換するメリットは「汚れないこと」、「透明になること」だ」

「汚れないことはわかりますけど……透明になることって?」


 すると、それまで静かだったホースルが喉を引きつらせるような笑いを零した。


「なるほど、そういうことか。面白いことを考えますね」

「あんた好みの事件じゃない? この被害者は『金満家』に似てると思うよ」


 ホースルは何も言わずに、右の口角だけ吊り上げた。


「血を透明にすることで得られるものって何ですか、リディアさん?」


 シホは今度はリディアのカップに紅茶を注ぎながら尋ねた。


「何で俺に聞くんだ。……そこの軍人は敢えて「透明」と表現した。単に血の色を消すことが目的なら「血の色を消す」でいいはずだ。じゃあ透明になることで得られる効果と言うと……」

「……血が視界の邪魔をしなくなる?」


 ふと思いついたように言ったシホだったが、その理由までに行きついていないためか顔はきょとんとしたままだった。ミソギはそんな少女を見て面白そうに笑いながら口を開く。


「体の中の血を透明にしたらさ、内臓が見やすくなるじゃないか。犯人は被害者の体の中に用事があったんだよ」

「おい待て」


 リディアが嫌悪を顔に浮かべるが、ミソギはその口調のままに続けた。黒い瞳には並々と注がれた紅茶の表面が映っている。


「この紅茶の中に小さなビースがいくつも入っているとしよう。それを取り出そうとした時に、色のついた液体じゃ具合が悪い。透明にしてしまえば、中に入っているものがわかって、取り出しやすくなる」

「だから……」

「何を出したんですか?」


 シホはリディアの制止を乗り越えて疑問を発した。

 興味津々のシホに、ミソギは申し訳なさそうな顔をして肩を竦める。


「わからない」

「……はい?」

「だって現物が残ってないからね。ダイヤか真珠か、金か銀か。そのあたりじゃないかなーとは思ってる」

「も、もしかして自分の財産を体の中に入れていたんですかっ?」


 両手で口を押えて青ざめるシホに、ミソギはあくまで淡々と続けた。


「被害者は吝嗇家で、被害妄想の持ち主だ。自分のものを盗まれたくないから夜には使用人を追い出して、一人で過ごしていた。そして幾度かに分けて、自分の大事な財産を分厚い脂肪の下に隠しこんだ。犯人はそれを知っていて、彼女の体の中から財産を奪おうとした」

「それだけじゃ本当に体の中に何か入っていたかなんてわからないんじゃないのか?」


 黙ってしまったシホの代わりのようにリディアが言う。どことなくその口調は剣呑だった。


「いや、まず間違いないよ。メイドのエラノーラによれば、被害者は大金を持ち出しては旅行に行き、ブクブク太って帰ってきたという。多分それは旅行じゃなくて、財産を腹の中に入れるための手術だろう。使用人もガードマンも家に入れない彼女が、家を空けて旅行に行くなんて余程の事情じゃないと考えにくい。それにカーラ嬢によれば、気まぐれで食べる予定だったものを取りやめることも多かったらしいが、多分それは手術の準備によるものだったと思う」

「じゃあ被害者は昨日手術を受ける予定だったと?」

「流石に一軒家で手術はしないだろうけどさ、手術してくれる人間を屋敷の中に招き入れたことは確かじゃないかな。ネグリジェに化粧をした姿なんて、本来は誰にも見せたくないだろうし、あり得るとしたら……」

「あ、わかりました」


 衝撃から復活したシホが挙手をする。


「犯人はお医者様のアーネトンさんですね」

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