4.メイド達の証言

「エラノーラ・キーネット。此処のメイドだよ」

「この家にはいつから?」

「二十年か、それ以上か……。まぁそのぐらい昔からだよ。亭主が旦那様専属の仕立て屋だったんだ」

「貴女も離れで寝泊まりをしているの?」


 エラノーラは首を横に振った。


「少し離れたアパルトメントで、家族と暮らしてるよ。此処から徒歩五分ってところだね」

「貴女は被害者の遺体は見たの?」

「そりゃ見たさ。この屋敷の鍵を持っているのはアタシなんだ。執事さんと一緒に屋敷に入って、その後は一人で厨房で仕込みをしていたら、執事さんの凄い悲鳴が聞こえてねぇ。ビックリして駆け付けたらあの有様だろ? 腰を抜かすかと思ったよ。慌てて主治医のアーネトン先生を呼んだけどさ、あれじゃ呼ばないほうが良かったよ」


 女は大袈裟に溜息をつき、首を左右に振った。主治医たる老人にはミソギ達も先ほど会ったが、死体を見た途端に震えあがって床にひっくり返ったとかで、薄くなった髪に埃を沢山つけていた。外科と内科が専門という話だが、あの様子では擦り傷と風邪を治すだけで精一杯に思えた。


「……貴女が鍵を持っているの? 執事さんじゃなくて?」

「執事さんは母親が入院中でね。朝早くに呼ばれていない時があるから、アタシが鍵を管理してるのさ。今日は一緒だったから、窓を開けるのと明かりをつけるのは執事さんに任せてたんだ。何しろあの女、ケチくさかったからね。太陽が昇っている間は明かりを点けるなって煩くて」


 エラノーラの言葉を肯定するように、執事は何度も頷いた。


「しかし驚いたよ。あのでっかい体が暖炉の上にドーンと乗っててさ、胸から腹までバックリ割れてるんだから」

「部屋の中には入った?」

「入らないよ。どう見ても死んでたしさ、部屋も水浸しで気持ち悪かったし。まぁいつかは殺されると思ってたけどねぇ」

「あら、剣呑ねぇ」


 マリッカは相手から言葉を引き出すために、敢えて口調は穏やかに言った。中年女はわざとらしく目を見開くと、呆れたように溜息を吐き出す。


「あの女が何をしていたか知っているかい? 自分が欲しいものを持っている人を見るとさ、甘い言葉で近づいて「投資」を持ち掛けるのさ。といってもそれは実際にはただの高利貸し。散々貸した後に、さぁ返せ返せって詰め寄って、その人の大事なものから何から何まで取っていく。あれは強盗と変わらないね」

「じゃあ恨んでいる人も多かったのかしら」

「多かったんじゃないのかね」

「貴女はどう?」


 エラノーラは唐突な嫌疑に対して、鼻で笑っただけだった。


「そう来ると思ったよ。でもアタシだったらあんな面倒なことしないよ。暖炉の傍にある火掻き棒か壺で殴って終わりだね」

「床に刺さっていた剣のこと、何か知ってる?」

「剣? 覚えてないけど、魚の骨だか猫の骨だか名前がついてるやつなら、普段はあの部屋の壁に飾ってあったよ。そうだよね、カーラ?」


 若い女は急に名前を呼ばれて背筋を伸ばした。面長で色黒の顔には、そばかすが薄く浮かんでいる。着ているメイド服の肩に、おさげにした赤い髪が少しかかっていた。


「は、はい。暖炉の横の壁にかかってました。毎日お掃除してますから間違いないです。奥様はその剣で……?」

「えーっと、その前に貴女の名前は?」


 今度はミソギが尋ねる。若い女は褐色の肌によく映えるアンバーの瞳を何度か瞬かせた。


「カーラ・リンバール……です。ここには週に二日、通いで仕事をしています」

「随分と若いように見えるけど、学生さん?」

「はい。留学費を貯めるのに、こちらで厄介になっています」

「貴女は、ご遺体は見ましたか?」


 カーラは首を左右に振った。


「私が来た時に、エラノーラさんが近づかないように注意してくださったので。でも、奥様が殺されてしまうなんて……。昨日まであんなに元気だったのに」

「元気ねぇ。まぁそりゃあ元気だったよ」


 またしてもエラノーラが口を挟む。同情的な視線をカーラの方へ向けて、何度か大きく頷いた。


「奥様はあんたに嫉妬してたもの」

「そんなことありません」

「いいや、絶対そうだって。若くて頭も良い女なんて、奥様にとっちゃ一番いけ好かないに決まってるよ。毎日毎日、あっちが汚れてる、こっちの配置が悪いとか騒いでさ。ありゃあんたを虐めたいだけだったよ、きっと」

「奥様の場合は、私に対する嫌悪というよりも、被害妄想だったと思います。「こっちのカーペットがズレている、泥棒かしら」とか仰るのを何度か聞きましたし」

「被害妄想ねぇ。まぁ言いえて妙かもしれないよ。あの女が信じているのはお金だけだもの」


 話が脱線していることに気が付いたミソギは、エラノーラに少し口を閉じるように頼んでから、カーラへの質問を再開した。


「昨日も此処にいたんですか?」

「はい。多分私が一番最後にお屋敷を出たと思います。奥様に頼まれて、大広間の掃除をしていましたので」

「……貴女が最後だったんですね?」


 ミソギが確認するとカーラは頷いたが、その直後に狼狽えた表情に変わった。


「で、でも私は奥様を殺していません」

「いえ、別にそういうわけでは」

「本当です。私が帰る時に、近所の骨董屋の人に会いました。その人に聞いてもらえばわかります。『銀の短剣』という小さなお店で……」


 カーラは焦ったような様子で、聞かれてもいない店の外観から内装まで喋り出す。マリッカが落ち着かせようとした時、思い出したかのように少し大きな声を出した。


「そういえば、お屋敷を出た後に人とすれ違いました。もしかしたら、その人が……」

「どういう人かしら? そうね、出来れば落ち着いて答えてくれると手間が省けるのだけど」


 優しく諭すように女剣士が告げると、カーラは何度か深呼吸をして動揺を抑え込んだ。興奮したためか頬に赤みがさしていて、そばかすを一層強調していた。


「背の高い男の人です。珍しい青い髪の」

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