2.骨董屋の軒先で
鈴の音が鳴ったのに気が付いて、シホ・リリシアは顔を上げる。青い髪の男と入れ違いに来たのは、この店で働くクラウス・タジティだった。長身の偉丈夫で、シホからはいつも見上げる形になる。
「只今、戻りました」
「お疲れ様です。どうでしたか?」
「何とか、目途が立ちそうです。ですが、材料が足らないとかで。まだしばらくはこの「仮店舗」を使うしかないでしょうね」
それを聞くと、シホは柔らかい笑みを浮かべた。
「此処も悪くないですよ。オーナーの好きな紅茶専門店も近いし、美味しいクッキーを売っているお店もあります。クラウスさんからしたら物足りないかもしれませんが」
「まぁこの国は平和ですね。盲目の男がその証をぶら下げて歩いていても誰も何も言いませんし」
クラウスは国から貸与された魔法陣付のバングルを見せるように左手を持ち上げた。先ほどの鈴の音の正体はこれで、周囲に自分の存在を知らせるためのものだった。他にも盲目の人間が使うための道具は多くあるが、クラウスは特にそれらを必要とはしない。ただ、人混みでは自分より小さな子供や犬などに衝突してしまうことがあるため、バングルだけは常に装着していた。
「そういえば、今誰か来ていませんでしたか?」
「えぇ、通りすがりの方が。ナイフを買おうとしたらヴァリエンの奥様に取られちゃって。相変わらずあの人は凄いですよ。ナイフを買おうとした男の人も大きかったけど、奥様は横にも大きいから」
「……男?」
クラウスは首を傾げた。
さきほどすれ違った時に感じた気配は、男には思えなかった。かといって女でもない。正直、すれ違う寸前までは人間かどうかも自信がなかった。得体の知れない生き物が、羽のようなものを広げている。そんな幻視が脳をちらついていた。
「何も、ありませんでしたか?」
「いいえ?」
シホがそう答えたため、クラウスは安堵の息を零す。シホが違和感を覚えないということは、人間であったということだろう。彼女がそのあたりを「間違えない」ことはクラウスはよく知っている。
考えてみれば、そんな人ならざるものが呑気に骨董品を買い求めたり、あまつそれを人間の女に横取りされて黙っているとも思えない。少なくとも、彼らが以前にいた国ではそうだった。
「気のせいか」
「どうかしましたか?」
「いえ、何でも。何か手伝いましょうか」
その言葉に、シホは嬉しそうな声を上げた。
「でしたら、紅茶とジャムを取り置きしているので受け取りに行ってくれますか? オーナーもそろそろ戻りますし」
「承知しました」
「リディアさんも偶には顔を出してくれてもいいのに」
思い出したようにその名前を口にしたシホは、少しふくれっ面をする。
「一体どこにいるんでしょう」
「また気が向けば戻ってきますよ。仮住まいとは言え、奴の実家ですからね」
笑い交じりに言うクラウスに、シホはきょとんとした後に笑みを見せた。
「今日は機嫌が良いのですね」
「機嫌が悪くないだけですよ」
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