3.ホームパーティと羊の肉

 ホームパーティの出来は上々だった。

 テーブルに並んだ料理は、ホースルとアリトラが中心となって作ったもので、フィンの伝統料理から最近流行の料理まで揃っている。ハリから取り寄せたというワインは去年のものにしては上等で、ラスレ製のワイングラスの中で美しく輝いていた。


 アゼは心配症の母親に、半ば尋問のように西区での生活を聞き出された後、双子にせがまれて従兄弟達の集まるテーブルへ連れていかれた。そこにはジルとカルの兄弟が待ち受けていて、アゼの好物が揃っていた。


「何を飲む?」


 従兄弟の中でも最年長のジル・セルバドスが尋ねる。父親であるゼノとよく似た顔立ちで、責任感の強さや生真面目な性格も受け継いでいた。双子とは十七歳離れていて、そのためか従兄弟というよりも甥姪に対するような態度を取る。その一方で叔母にあたるシノとは三歳しか年が違わないため、そちらに対しては姉のように慕っていた。


「ワインで。兄様は今日は見かけませんでしたが、どちらに?」

「軍事会議だ。国境軍の警備強化について、色々と意見が分かれていてな。私は一応国境軍に属しているから、意見を聞きたいと」


 ジルは幹部候補の一人であり、今の国境軍への配属もその一環にあたる。将来的に上層部へ配属される軍人は、地方へ年単位で出向することが多い。フィンの中でも北区の端にある国境軍の基地は極めて寒く、今日ジルが着て来たコートも毛皮が惜しみなく使われていた。


「この羊の肉は、近くの市場で買ってきたものだ。ホースル叔父上に調理して頂いたから、ありがたく食べるといい」

「羊ですか」

「嫌いか?」

「いえ。どちらでもないですね。普段口にしませんから」


 とはいえ、それがホースルの作ったものとなれば期待は高まる。

 大きな皿の上に並んだ羊の肉は薄くスライスされていて、周囲には茎の太い青菜を炒めたものが置かれている。肉は塩を振って焼いて、香辛料をかけただけのものだが、フィンではあまり馴染みのない匂いがした。


「これは?」

「メイディアの方で使われている香辛料だ。辛いが爽やかな風味がする。塩はストゥー海で採取されるブルー塩だな。これを組み合わせるとは流石叔父上だ」


 料理について詳しく解説するジルを見てアゼがきょとんとしていると、横から青髪の少女が耳打ちした。


「アゼお兄様が来る前に、ジルお兄様が一皿食べちゃったの」

「あぁ、なるほどね」


 よく見ればジルの唇は羊の脂で濡れていた。


「アゼお兄様には一番おいしい部位を用意したから食べてね」

「それは楽しみだな」


 アゼは皿を引き寄せると、添えてあったトングで数切れまとめて摘まみ上げた。肉の下に敷かれていたハーブが、その拍子に零れた。

 取り皿の上に置くと、肉は重力に負けてゆっくりと倒れる。そのまま食べようとしたアゼだったが、アリトラが制止した。


「周りの野菜をくるんで食べて」

「あ、そうか。そのために薄いんだね」


 青菜を肉の上に重ねて、フォークで巻き付ける。口元に持っていくと、爽やかな匂いがした。肉と青菜をまとめて口に入れて、半分ほどで噛み千切る。豚や牛とは異なる匂いは羊特有のものである。癖があるので苦手とする者も多いが、ホースルはその癖と香辛料を上手く組み合わせて絶妙な風味を作り出していた。

 ブルー塩はその名の通り、微かに青い塩である。酸味が強い塩なので、カクテルに使われていることが多い。その酸味がまず舌先を刺激して、次に肉本来の味が重なる。最後に香辛料の辛さと爽やかな匂いがコーティングする。まさに癖になる味わいだった。


「美味しいです」

「そうだろう、そうだろう」


 自分が作ったわけでもないのに、ジルは得意げだった。その横でカルはサラダを淡々と食べている。内臓が強くないため、香辛料や肉が使われた食事をカルは食べられない。そのため、何が美味しいのか理解できないといった表情をしていた。


「西区では何をするにも牛肉ですからね。こういうのも新鮮で良いです」

「食べられるときにしっかり食べておくのも軍人の務めだ。何しろレーションが不味いからな」


 ジルなりの冗談だったのだろうが、誰も笑わなかった。

 代わりにカルが横から口を挟む。


「兄上が羊なんか持ってくるから、叔父上は困惑していたぞ。まぁアゼが美味しく食べているので、及第点は差し上げよう」

「仕方ないだろう。あっちには手土産に出来るようなものがないんだから」

「あ、そうだ」


 アゼはその言葉に、自分も土産を持ってきたことを思い出した。上着に入れていた袋を取り出すと、中身をテーブルの上に広げる。


「列車に乗る寸前だったので、あまり良い物は買えなかったのですが……。まずアリトラにはこれ」


 綺麗なシルクのリボンを渡すと、アリトラは目を輝かせた。銀色の糸で織りあげられたリボンの両端には、黒百合の刺繍と蝶の刺繍がそれぞれ入っている。


「ありがとう、お兄様」

「リコリーにはこれ」


 押し花の栞をリコリーへ差し出す。栞にはアリトラと同じ色のリボンがついていた。花を囲むようにして、学術的な解説が書き込まれている。


「西区学術協会で作っている栞ですね。欲しかったんです」

「駅前で結構売ってるよ。本を読むのに使うといい」


 双子は嬉しそうにお互いのお土産を相手に見せる。


「ジル兄様には、砂金の入ったストラップです。すみません、ちょっと良いデザインがなくて……」


 ストラップを受け取ったジルは顔を引きつらせる。黄色とピンクの糸で作られた可愛らしい紐。砂金がわずかに入ったガラス球を兎が抱え込んでいるデザイン。

 明らかに女向けであるが、アゼは相手がそういったものに目がないのを知っている。自分では隠せているつもりだが、ジルは可愛い物や甘い物が大好きだった。アリトラが小さい頃には、何かにつけて可愛らしいものを買って与えていたのを周りは知っている。


「ま、まぁありがたく受け取っておく」

「すみません。カル兄様にはこれです」


 小さなガラス瓶を差し出すと、カルは一目でそれが何かを見抜いた。大喜びで受け取ると、手の中に包めるほど小さな瓶の蓋を開く。


「これは薬瓶じゃないか。しかも爆薬すら保管出来るものだ」

「お好きかと思って」

「勿論。早速今度使ってみよう」


 上機嫌でカルは薬瓶を弄り回していたが、ふと思い出したように顔を上げた。


「そういえば、幽霊騒ぎについて話して貰ってないぞ」

「今話そうとしていたところですよ。……リコリー、そんなに怯えなくてもいい」


 幽霊と聞かされた途端にリコリーが青い顔をしたのを、アゼは見逃さなかった。想像力が豊かで臆病なリコリーは、小さい頃からその手の話が苦手である。


「怯えてません。ゆ、幽霊なんて見間違いか、ああああるいは目の錯覚に決まっています」

「声震えてる」


 アリトラが冷静に指摘する。


「リコリー、聞きたくないなら母ちゃんたちのところに行けば?」

「アリトラは?」

「アタシは聞きたい」


 一人でその場を離れるのが嫌なのか、リコリーは椅子に座りなおした。

 セルバドス一族は豪胆な性格の者が多く、勇猛果敢を良しとする。実際、アリトラも非常に気が強く、その母親の血を感じさせる。なのにリコリーだけは臆病で大人しく、動作などもゆっくりしていた。


 皆はそれを口では嘆きながらも、何かと気にして構ってしまう癖がある。アリトラは一人でもどうにか生きていけそうだが、リコリーは一人にしたら即座に死んでしまうのではないか、と祖父を始めとした一族全員が考えていた。


「何処に幽霊が出たの?」


 アリトラは興味津々で身を乗り出した。アゼはそちらに視線を向けて小さく笑みを浮かべる。


「兵舎だよ」

「軍人さんが寝泊まりする場所?」

「そうそう。平屋建ての細長い建物が沢山並んでるんだよ。小さい三つの部屋が連結されているような構造でね。プライバシーは守られるけど、屋根や壁の修繕、掃除は連帯責任なんだ」

「それがいくつぐらいあるの?」

「えーっと、俺がいる区画は五十棟かな。他にもあるけど、そっちでは幽霊騒ぎがないし、割愛しよう。それで、毎日就寝前には、持ち回りで他の部屋の火の点検や戸締りを確認する「夜番」という制度があるんだ。この前、俺が夜番だった時にね……」

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