2.双子の出迎え
「アゼお兄様、お帰りなさい」
実家の玄関で出迎えたのは、従弟のリコリーだった。
王政時代に建てられた屋敷は、面積だけは広いが使い勝手は良くない。広すぎる玄関は扉を開けるたびに外の土やら枯葉やらが入り込むし、防寒機能もないので雪の季節は立っているだけで手足がかじかむ。
幼い頃は雨の日でも遊べる絶好の場所だったが、今ではあまり長居をしたい場所ではない。
出迎えたリコリーは、少し前からそこで待っていたらしく、室内だと言うのにコートを羽織っていた。
「ただいま。アリトラは一緒じゃないの?」
「アリトラは父ちゃんと料理を作ってます。お兄様が好きなミルクプリンもそろそろ出来上がるみたいです」
好物の名前にアゼは思わず頬を緩めた。
十歳年下の双子は、アゼを含めた従兄全員を兄のように慕ってくれる。偶におねだりが混じることもあるが、それも含めてアゼは二人を可愛がっていた。
「カルお兄様から聞いて、僕達すぐにこっちに来たんです。西区のお話、また聞かせてください」
「うん、いいよ。他の人たちは?」
「母ちゃんと伯父様達は揃ってます。お祖父様とお話しているはずです。伯母様達は注文したオードブルやケーキを取りに行っています。ゴーシュとシャリィは父ちゃんの手伝いです」
リコリーはアゼの脱いだコートを受け取ると、嬉しさを隠しきれない口調で続ける。他人からは目つきが悪い、悪人面などと言われているが、アゼ達にはそれがわからない。特にリコリーを溺愛するリノは、そう言う輩に遭遇した時には「目か頭が腐ってるに違いない」とまで言い捨てる始末だった。
「後で皆でカードゲームしようか」
「でもお兄様たちは演習の後だから疲れてるんじゃないですか?」
「大丈夫、大丈夫。軍人を甘く見ちゃダメだよ」
リビングに入ると、父親達が兄妹揃って何やら話し込んでいた。
父親であるルノがアゼの到着に気付いて振り返る。
「来た来た。今日は派手に転んだなぁ?」
「やめてよ、父さん」
「あら、転んだの」
叔母のシノが心配そうな顔をしたので、アゼは慌てて両手を振った。
「大丈夫です。カル兄様が処置してくれましたから」
「ならいいけど、気を付けてね」
「軍人たるもの、怪我の一つや二つぐらいどうということはない」
伯父のゼノがそう言うと、リノが横から口を出した。妙に真新しい黒いシャツと微妙に丈の合わない白いベストは、執事が強引に着せたものに違いなかった。研究一辺倒で世俗に興味のないリノは、服などは清潔であればなんでも良いと思っている。
「ジルが初めて怪我をした時、兄上は酷く取り乱していた記憶があるが」
「私の記憶にはない」
四兄妹は相変わらず仲が良いようで、アゼはそれを見て安心する。すると、それまで黙っていた祖父が名前を呼んだ。
「今日は泊まるのだろう? 明日はどうする」
「残念ながら昼には此処を発ちます」
「なら朝食は食べていけ」
厳格な祖父は、子供達には厳しいが孫たちには甘い。アゼの到着を楽しみに待っていたことは、傍の灰皿に積み上げられた葉巻の吸殻からも明らかだった。
「あ、お兄様もう来てる」
隣の厨房から顔を出したアリトラが、エプロン姿のまま慌てて近づいてきた。青い豊かな髪が左右に揺れるのが、犬の尾を思わせる。
「何でリコリー教えてくれないの」
「だって、料理中は話しかけないでって……」
「アゼお兄様来たら教えてくれないと、料理の提供が遅くなっちゃうでしょ。お兄様、お帰りなさい」
気を取り直したように笑顔で挨拶をするアリトラに、アゼは似たような表情を返す。双子はいつも仲が良く、喧嘩しているのを見たことがない。性格も嗜好も見た目も似ていないのに、これほど仲が良いのは珍しい。叔母の自慢はリコリーの成績でもアリトラの運動神経でもなく、双子の仲が良いこと、これに尽きていた。
「ただいま。皆と話してるから、料理はゆっくりでいいよ」
「本当はもう殆ど出来てる。まだ来ないのかなって思って見に来ただけ。もう少し待ってて」
「僕も何か手伝う?」
リコリーが念のため、といった口調で尋ねると、アリトラは首を横に振った。
「リコリーはね、厨房に入らないのが最大のお手伝いだから」
「だよね。じゃあ僕はジルお兄様達を迎えに行ってくるよ」
アリトラが厨房に戻り、リコリーもコートを着たまま外へ出て行く。双子がいなくなったため、少々残念な気持ちでアゼは父親達のいるテーブルへと向かった。
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