セルバドス家の従兄弟たち
1.心配性の従兄
アゼ・セルバドスは熱心に包帯を巻く相手を暫く見つめていたが、遂にうんざりして口を開いた。
「カル兄様、ただの切り傷ですよ」
「何を言うか。切り傷が膿んでしまうこともある。最悪の場合、腕を切り落とすことだってあるのだぞ」
軍医であり、従兄でもある男が声を荒げる。
白衣に包まれた体は医者らしからぬ筋肉を持ち、伸びた背筋はその父親を彷彿とさせる。
「大体お前は家にも滅多に帰らないではないか。偶に会ったのだからゆっくりしていけ」
「嫌ですよ。切り傷程度で救護テントにずっといたら、いい笑い者です」
そう言うと、五歳年上のカル・セルバドスは傷ついた顔をした。同じ黒髪に青い瞳を持っているが、父親が似ていないため顔立ちや印象は大きく異なる。どちらかと言えば優男風なアゼと異なり、カルは神経質そうな顔の造りをしていた。
「なんて酷いことを言うんだ。時の流れはかくも非情か。昔は転んだだけで大泣きして私に泣きついていたのに」
「本当にやめてください。皆が見ています」
アゼは顔を赤らめて抗議する。救護テントにいる従軍看護師や助手達は、必死に笑いを堪えているようだった。テントの前では軍人たちが、それぞれの決められた役割に従い声を張っている。
フィン国には六つの軍用基地があり、半年に一度の頻度で各区の選抜メンバーが中央区に集まり、演習を行うことになっている。アゼは平素は西区第二部隊、通称銃器隊に属していて、中央区に来るのは帰省を除けば数えるほどしかない。従兄が構いたがる気持ちも十分にわかるが、二十七歳の立派な大人であるアゼには、いつまでも子ども扱いをするカルが若干疎ましい。
「中佐殿」
看護師がカルに声を掛けた。
「怪我人です。演習中に転倒、左掌表面から出血しています」
「あぁ?」
面倒そうに振り返ったカルは、一人の軍人が手を押さえて立っているのを見て眉を寄せる。
「んなもん水で洗っておけばいい。切り傷ぐらいで救護テントに来るな。気合で治せ、気合で」
「じゃあなんで俺は転んだだけで兄様に連行されたんですか……」
軍医であるカルは、基本的に軽傷の治療はしない。「水で洗ってガーゼを巻いておけ」が一番多い指示であり、看護師や助手達もそれを心得ている。外科医として高い技術を持ちながら殆どその腕を振るうことはなく、口さがない者の中にはカルのことを「藪医者」だと言う者もいる。
「お前が怪我をしたら、叔父上が悲しむだろう」
「いや、しませんよ。さっきも父さ……中隊長は転んだ俺を見てケラケラ笑ってましたから」
「ルノ叔父上にとって、お前は一粒種。本心は心配で堪らなかったに違いないが、立場上そうすることは出来なかった筈。だから代わりに私が駆け付けたのだ。それにお前には、体が弱く前線で戦えぬ私の代わりに功績を上げてほしいからな」
はぁ、と気の抜けた返事をしながら、アゼはカルの首にある傷跡を見る。生まれつき内臓系の疾患を持っていたカルは、幼少期に何度か大きな手術をした。激しい運動は出来ないため、父親や兄のように軍人になることを諦めて、軍医の道を志した。
ここまでなら良い話なのだが、カルは持病により自分の職務が疎かになることを防ぐために、他の軍人と共に体を鍛え始めた。身体に差しさわりのない範囲ではあるが、元々努力家で真面目な性格により、数年後には医師らしからぬ体躯の男が出来上がった。結果、鍛えられた体を持つ病弱な、精神論が好きな医師というよくわからない存在になってしまった。
「お前は従弟と言えど、弟のようなもの。兄弟には優しくあるべきだ」
「じゃあジル兄様にも優しくしてあげてください」
「断る」
カルはアゼが言い終わらぬうちに拒絶の言葉を紡いだ。
「兄上に優しくするメリットがない」
「僕に優しくするメリットだってありませんよ」
「アゼ」
咎めるような口調で、カルは静かに言った。
「こういうものはメリット、デメリットで考えるものではない」
「無茶苦茶です」
別段、ジルとカルは仲が悪いわけではない。それはアゼもよく知っている。偶に顔を合わせれば一緒に食事に出かけるし、二人で黙々とボードゲームをする姿もよく見る。幼少期から何かと世話を焼いていたジルに対して、カルは感謝と敬意を持っている。要するに、カルが兄を疎んじるのは、一種の甘えに近いものがあった。
「今日の夜は実家に行くだろう?」
カルが思い出したように話題を変えた。
「叔父上からそう聞いている」
「余程のことがない限りは、そのつもりです」
「安心しろ。上官命令程度なら私がどうにかする。心臓発作の演技ぐらい容易いことだ」
「お願いですから、変なところで張り切らないで下さい」
その時、大きな銅鑼の音が響き渡り全員の注目を集める。
櫓の上で演習を見守っていた上層部の軍人が、拡声魔法陣を使って次の演習内容を読み上げた。
「十三剣士隊の演習ですね。見に行かないと」
「なんだ、もう行くのか」
「後で家で話しましょう。ちょっとね、聞いて欲しいことがあるんです」
椅子から立ち上がったアゼは、銃器隊が身に着ける伊達眼鏡をかけなおしながら言った。包帯とガーゼを応急箱に仕舞っていたカルが、怪訝そうに顔を上げる。
「聞いて欲しいこと?」
「えぇ。幽霊騒ぎですよ」
再び銅鑼の音が演習会場に響き渡った。
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