4.列車のディナー

「ということがあってさ」

「ライラックさんのところがねぇ」


 窓の外を流れる雪景色は、汽車の明かりに照らされて藍色に染まっている。凍り付くようなその色は、数時間前に見たのと同じとは思えぬほどに余所余所しい。

 中央区へ向かう汽車の食堂車には、多くの人が集まり、それぞれの席で料理に舌鼓を打っていた。半年ほど前に鉄道会社が始めた豪華列車でのディナーは、抽選制であるにも関わらず、毎日のように予約が殺到する。

 ホースルは軍の関係者から優先チケットを譲ってもらい、それに乗るために朝早くから双子を連れて妻を迎えに行った。子供たちとディナーという二つのサプライズを受けたシノが喜んだのは言うまでもない。


「でも、ゴーシュが褒められたのは嬉しいわ」

「そんなに有名だなんて知らなかったよ。もっといい家に行ってもいいのにね」


 ゴーシュ・バッツはセルバドス家の執事である。父親と共に幼い頃からセルバドス家に住み込みで働いているため、家族の一員のように扱われていた。


「何度か引き抜きの話はあったのよ。でもゴーシュは多分、自分がいなくなったらセルバドス家の人間が飢えて死ぬと思ってるんだわ。何しろ貴方も知っている通り、全員不器用だから」

「パスタを茹でて黒焦げにするのは不器用とかではないと思うけど」

「それはリノお兄様よ。私はスープを固形物にしてしまっただけ」

「変わらないんじゃないかなぁ。どう思う、カルナシオン」


 ホースルが右側に顔を向けると、お世辞にも行儀よくとは言えない食べ方をしていたカルナシオンが、口に肉を頬張ったまま視線を上げた。シノと一緒に研修を受けていた男は、当初は家族団欒を邪魔したら悪いと固辞したが、双子がそれを許さなかった。


「セルバドス家の連中に家事をさせないってのは、常識レベルだからな。というか、ご当主の性格から考えて、「有能な者が望まれていくのは喜ばしいことである」とか言って送り出しておいて、後で滅茶苦茶泣くだろ。それがわかってるんじゃないか、バッツさんも」

「そういうもんかな。……あ、シノさん。アリトラの袖が」


 パンを食べるのに夢中になっているアリトラの袖が、スープにつきそうになっていた。シノはその手を取り、丁寧に袖をまくる。アリトラはパンに夢中になっているので、なされるがままだった。


「にしてもこいつら大人しいなぁ。子供ってもう少し騒がしいんじゃないのか」

「一人にすると結構煩いわよ。二人だと落ち着くんじゃない?」

「そういうもんかね。まぁ兄妹仲がいいに越したことはないか。リコリー、髪にジャムついてるぞ」


 双子は大人たちに髪や服などを触られても気にせず、パンを口に運んでいる。通りかかる客やウェイターも、それをほほえましい目で見ていた。双子はどちらも騒ぐような性格ではない。アリトラは口達者であるが、「女の子」としての礼儀は持っている。


「ロンも連れてくればよかったのに」

「一応リーシャさんには話したけど、風邪ひくかもしれないからって」

「確かにそうね。今年は特に寒いもの」


 ウェイターがやってきて、パスタの載った皿を三人分、テーブルに置く。

 双子には味付けと量がかなり軽減されたものが、割れにくい皿に載せられて運ばれてきた。


「ちゅるちゅる来たよ」

「ちゅるちゅる」


 双子は嬉しそうに器に添えられた木製のフォークを手に取る。いつの世も麺類は子供達にとって「ご馳走」だった。

 アリトラは器用な方なので、少し苦戦しながらも一口分のパスタを巻き取るのに成功したが、リコリーは絶対に一口では食べきれない量を巻き付けてしまった。


「ママー」

「はいはい、貸して」

「ちゅるちゅる食べられない」

「大丈夫よ。ママがアリトラとおそろいにしてあげるからね。……あら、ほどけちゃった」


 シノが双子の相手をするのを眺めながらホースルはパスタを食べていたが、ふと隣で黙り込んでいるカルナシオンに気付いて首を回した。


「食べないの?」

「なぁ、ホースル。さっき話してた三人の乗客のことだけどな」

「うん?」

「お前、その三人を見たのは列車が緊急停止した後が初めてか?」

「そうだね。ずっと客室にいたから」

「便所に行ったのは一回だけか」

「べ、便所って……。食事中なんだからさ。双子をお手洗いに連れて行ったのは列車に乗る前の一度だけだよ」


 ふぅん、とカルナシオンは相槌を打ちつつ、サラダの方に手を伸ばした。


「アリトラがお前の左にいたのか」

「そうだね。リコリーは揺れるのが苦手みたいだから窓際に座らせて、アリトラはケロッとしてたから通路側」

「……お前が気付かないうちに誰か客室の前を通った可能性はあるか?」


 ホースルはそう尋ねられて首を傾げる。


「いや、それはないよ。俺、元は行商人だから人の気配には敏感だし」


 行商人だったのは半分嘘だが、人の気配に鋭いのは嘘ではない。フィンに来る前に所属していた「瑠璃の刃」は朝を問わず夜を問わず、様々な国の軍隊やら団体やらが訪れる環境だったので、否が応でも反応が鋭くなってしまった。


「客室は横並びだったんだよな?」

「うん」

「扉は」

「そうだね。小さな覗き窓と簡単な鍵がついてたよ」

「覗き穴、ね」

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