『瑠璃の刃に関する調査資料』(極秘)
一.概要
ハリ共和国を拠点とする犯罪組織であり、西アーシア地方では最も強い影響力、規模を持つ。
この規模の組織としては珍しく、代表またはそれに準ずる個人が存在しない。十人の幹部がおり、それぞれが「役割」の元に活動を行っている。幹部達は互いの活動において、組織存続に深く関わる場合を除いては介入することが出来ず、逆にそのような危機を伴う場合は「処刑」を行うことが出来る。
共和国ではこの組織に度々、政治的介入を行われており、健全な国策ならびに国内の治安の維持が難しい状態に陥っている。
組織の末端まで含めると、構成員は千人に及ぶとも言われている。西ラスレでハリからの亡命者を受け入れたところ、それが瑠璃の刃の構成員であった事件があり、以後周辺国では移民や亡命者に関しての規制が厳しくなっている。
二.幹部の通称
幹部たちについては国籍や人種は統一されておらず、全員が「コルゼム」というハリ共和国に伝わる占術カードの名称で呼ばれている。コルゼムは古くは『魔国教』と呼ばれた邪教の道具の一つである。四十八枚のカードで構成されているが、その中でも「マレ」と呼ばれる代表的なカード十枚が彼らの通称として用いられている。
以下に通称を列挙する。
Ⅰ 『金満家』
Ⅱ 『星見』
Ⅲ 『魔導書喰い』(元は『食らう者』)
Ⅳ 『選定者』
Ⅴ 『怪盗』(元は『奪取者』)
Ⅵ 『人形使い』
Ⅶ 『魔術師』
Ⅷ 『識者』
Ⅸ 『狩人』
なおマレには『死神』のカードも存在するが、これに該当する人物は確認されていない。
三.幹部の詳細
以下、現時点で判明している幹部たちの調査結果を記載する。
Ⅰ 『金満家』
本名:ゴーラム・エスバルティア
性別:男
国籍:東ラスレ
年齢:三十二歳
東ラスレ国にあったエスバルティア男爵家の跡取りであったが、父親が詐欺師に土地を奪われたため、没落。父親は無念のうちに自殺。爵位は国へ返還され、遺児達はそれぞれ親類へ引き取られた。長男であったゴーラムは十八歳で養家を出奔すると、詐欺と窃盗を繰り返し、二十二歳で懲役五年の実刑判決を受けた。但し徴兵によりこれを逃れると、配属された越境軍から脱退し、ハリ共和国へ亡命する。そこで『瑠璃の刃』へ加入したと見られている。
金銭に対して異常な執着を見せることで知られている。二年前に「金満家」の経営する裏カジノの摘発を行った際、地下金庫に入っていた紙幣が置き去りになっていたが、「金満家」はその二日後に乗り込み、全て回収した。
財産を守るために自分のアジトを要塞のように改造し、軍用獣を多く飼っている。中は潜入者を殺害するための仕掛けで埋め尽くされており、突入の際には細心の注意が必要である。
Ⅱ 『星見』
本名:不明
性別:女
国籍:不明
年齢:二十代後半〜三十代前半
顔の右半分を仮面で隠している女。
その風貌や声、能力から、かつてハリ共和国の白百合歌劇団でトップスターであった「<星の姫>アンゼリカ・メロウ」と考えられている。
アンゼリカはハリ東部の商家の娘であり、十五歳で歌劇団に入り、すぐに娘役として人気を集めた。照明が当たると輝く銀色の長髪を持っていたことと、デビュー作から取って、「星の姫」と呼ばれていた。
彼女は音楽に対して天才的なセンスを所有していた。歌声に魔法詠唱を巧みに混ぜ込み、観客達に気付かれぬまま魔法を使用することが可能だった。彼女の代表的演目「オーゼスタ」では、観客全員がただ一人の遅れも狂いもなく同時に歓声を放つことが常だった。国立学術会は何度も彼女の使う魔法を解析しようとしたが、「理論上は可能である」という結論に留まるだけで、遂に誰も真似することは出来なかった。
彼女の名声が頂点を極めたのは二十一歳のことである。その年の特別演目「春は夜の恋人」で悲劇が起こる。予てより彼女の成功を恨んでいた者たちが結託し、舞台装置にある仕掛けをした。ステージの上に配置された液体媒体の照明を落下させたのである。
アンゼリカは直撃こそしなかったが、照明の中に入っていた特殊な液体を浴びてしまった。それは魔力を受けることで発光するものであり、運悪く彼女はいつものように観客に魔法の歌声を聞かせている真っ最中だった。
液体は彼女の魔力を吸い取り、発熱した。「妖精」と褒めたたえられたこともある可愛らしい顔は半分が焼け焦げてしまった。彼女が悲鳴を上げる中、観客たちは魔法に浮かされた状態で拍手を送っていたという。
アンゼリカは病院に緊急搬送されたが、火傷は骨まで達しており、顔の修復は不可能だった。彼女は失意のうちに病院を抜け出し、そのまま行方不明となっている。彼女が消えてから「オーゼスタ」は一度も公演されたことがない。
これまでハリを始めとした各国の軍隊や団体が「星見」の居所を突き止めようとしたが、毎回道を誤っては崖から滑落したり、雪山に入ったまま戻らないことが相次いでいる。運よく帰還した一人(中耳炎を患っていた)は、歌声のようなものが聞こえたと証言している。
「星見」がアンゼリカ・メロウであるとすれば、歌を聴かせるだけで人を操ることが可能ということになる。歌声が聞こえた時、即座に聴覚を遮蔽するなどの処置を怠らないこと。
Ⅲ 『魔導書喰い』
本名:カルセリア・ヴィン
性別:女
国籍:メイディア公国
年齢:二十四歳
メイディア南端の村に伝わる秘術により出来た『魔導書』を持つ。名前と年齢は村自体が「所持」する魔導書を用いて調べたものである。この村では全ての記録媒体を魔導書に頼っている。カルセリアはその中でも魔導書との適合率が高く、神経系までそれが作用していた。
魔導書に記録されたことは、本人の知識の有無に関わらず正確に再現することが出来る。例として、ハリの上級魔法使いが三人がかりで行う魔法陣を一人で行うことが可能である。
カルセリアの家族は魔導書と殆ど同化していく彼女を案じて、魔導書を一時的に引き離そうとした。恐らく最初に母親が、次に祖父が彼女に殺された(近隣の者が聞いた悲鳴から判断)。ヴィン家は村の中で二番目に大きな家であったが、次の日の朝には巨大なクレーターだけ残して跡形もなくなっていた。
軍は逃げ出した彼女を捉えようとしたが、メイディアの魔法技術は未発達であり、到底彼女を止めることは出来なかった。
享楽的でありながら高い知能を持ち、ハリ国軍の中部隊を一人で殲滅したこともある。残忍で好戦的。但し魔導書の制約により自主的に行動できないことも多々ある。
娘が一人いるのが確認されている。ミルディート、またはエルディート。父親は不明である。制圧の際には娘を巻き込まないように「善処」すること。
Ⅳ 『選定者』
本名:バルク・バル・アーヴィン
性別:男
国籍:東ラスレ国
年齢:二十歳(二十二歳)
筋骨隆々とした浅黒い肌の男。髪は茶色だが、スキンヘッドにしていることが多い。
出生地は東ラスレであるが、サーカス団の子供であり、十五歳までの間を大陸各地を転々としていたために明確な「出身地」が存在しない。東ラスレで出生時、イリカルで就学時に戸籍を登録してしまっており、多重戸籍の持ち主である(移民には多く見られる)。出生時の戸籍を正とするならば二十二歳であるが、イリカルの戸籍では二歳の乖離がある。こちらの戸籍は就学時に作られたので、勉強の遅れを考慮した親が、わざと年齢を低くして申請したと思われる。
父親譲りの怪力芸を得意としていた。クルミの殻を指先だけで潰したり、辞書を引き裂いたり、猛獣を軽々と持ち上げることが出来たと言う。まだ子供の頃、巡業で訪れた先でテントの支柱が折れた時、それを右手だけで支えながら左手でいつものような芸を行ったのが、当該サーカス団の伝説となっている。
五年前に事故で父親の頭を握りつぶしてしまい、警察の取り調べを受ける。明確な事故であったこと、親子仲が良かったことを周りも証言したことから、過失致死として処理されるはずだった。留置場に入れて一晩そのままとなっていたが、翌朝、鉄格子を破壊したうえで見張り番を殺して逃げたことが発覚する。夜遅くに併設されている刑務所に一人の司祭が来ており、その帰り道に留置場に向かう後姿が目撃されている。これが「識者」ティカレスであり、瑠璃の刃の幹部枠としてバルクを勧誘したと見られている。実際に、留置場に残されていた面会記録帳には、ティカレスが当時使っていた偽名での署名が確認出来る。
知能は低く、純粋で素直な節がある。但し喜怒哀楽が非常に激しく、怒りを覚えるとそれを鎮めるために手当たり次第に物を破壊する。超人的な身体能力を有し、体そのものも頑丈である。ナイフや拳銃では殆どダメージを与えられない。
「識者」と行動していることが多いため、制圧時にはなるべく二人一緒にいる時を狙うこと。
Ⅴ 『怪盗』
本名:不明
性別:男
国籍:不明
年齢:不明
男であることは確実であるが、年齢や素顔は不明。活動時期やその際の行動などから、三十前後とみられている。
若い頃から大富豪や大企業へ、姿かたちを変えて潜入しては、「通常では考えられない物」を盗むことを繰り返している。十年前に組織に加入したと思われるが、当時の彼の顔がわからないため、判然としない。
ハリ共和国議会にある、高さ十メートルの巨大なステンドグラスを議員たちが見ている前で鮮やかに盗み出したこともある。平素から「怪盗Ⅴ」と名乗り活動していることから、かなり顕示欲の強い性格であることが伺える。
金満家と違い、物品に対する執着心が強い。
戦闘能力は低いが、変装をして逃走する可能性が高いため注意が必要。
Ⅵ 『人形使い』
本名:エヴァ・アリハラ
性別:女
国籍:ヤツハ国?
年齢:四十代〜五十代
ヤツハ出身、または両親のいずれかがヤツハ人の女性。長い黒髪が特徴的である。
名前は偽名の可能性が高く、その正体についてはいくつかの説がある。最も有力な物では、オグド戦線でスナイパーとして名を知らしめた傭兵「ジン・ウリハラ」の娘だという説である。
彼が連れていた娘「ミドリ」は五歳の時に父親によってハリ共和国の知人の元に預けられた後、何者かに誘拐されて消息を絶つ。五年後に某宗教団体の集団自決騒動の際、現場で唯一生存していたのを保護された。だがその直後、検査のために入院していた施設の医師、看護師が一夜にして全員自殺。ミドリは自らがいた個室に「神は私と殺戮する」「私の天使は貴方に貼りついている」と書き残して、再び消息を絶った。
「人形使い」も自分の駒となる人間を用意しては、敵対する団体などを集団自決や内部抗争で壊滅させることを繰り返している。
性格は冷静沈着で、理性的。殆ど感情を露わにすることはない。「集団自殺」に強く固執するため、個別に危害を加えることはない。
一年前、ハリ共和国の銃器行進隊の一つが隊員同士の殺し合いを行い、一夜にして全滅している。これも彼女の仕業である。長時間の接触、不用意な挑発などをするのは避ける。また、作戦開始後は極力外部の人間を隊に入れないなどの予防策が必要である。
Ⅶ 『魔術師』
本名:不明
性別:男?
国籍:不明
年齢:十代後半?
以前はハリ共和国出身の四十代の男が「魔術師」であり、百人程度の直属の部下がいた。ある日を境に全員が行方不明となり、若い「魔術師」に入れ替わる。部下がいなかったため、各幹部から五人〜十人ずつ人員を補給したようである。
東ラスレ国家軍の精鋭魔法部隊が、二度にわたり瑠璃の刃の本拠地を攻撃した制圧作戦の時に、初めて外部の人間の前に現れた。この作戦では、一度目は『魔導書喰い』と『選定者』の部下達の半数を制圧し、二度目に『選定者』本人を捕縛しようとしたが、二度目の作戦のために赴いた魔法部隊は、遂にただ一人の骨すら戻ることはなかった。途中まで同行した伝達部隊の証言では、大きな雷が無数に落ち、全てを焼き尽くしたと言う。
魔法使いと思われるが、マズル魔法で必要不可欠な魔力保管器や詠唱が確認出来ていない。
他に西ラスレ国製のショットガン「スノーグース」を用いる。素体の戦闘能力は低いと思われるが、十分な注意が必要である。
Ⅷ 『識者』
本名:ティカレス・スパン・ビーガル
性別:男
国籍:リヴァンテ法国
年齢:五四歳
幹部の中では最年長。
法国の第二階級(司祭)の家に生まれ、自身も第二正教の司祭となる。「イザールの災厄」で増えた孤児を保護し、職業訓練施設を併設した孤児院を設立した実績がある。
勤勉かつ明朗であり、周囲からの人望も厚かったと言う。
二十四歳の春、町中で発生した喧嘩を仲裁しようとし、相手に突き飛ばされて横転。頭を強く打ち、一時意識不明となる。意識回復後に加害者が謝罪に訪れたが、その場でティカレスに殺害され、体を二十八個(聖典の数)に分解されて広場に打ち捨てられた。
頭を打ったことで性格が変わったと思われるが、公式記録があるわけではないため、詳細は不明である。
この事件を皮切りに、ティカレスは次々と人を襲っては殺害し、その遺体を街へ撒くことを繰り返した。犯行は非常に堂々としたものであったが、周囲はそれまでの彼の人格を信用しきっていたため、犯人だとは気づかなかった。
殺害人数は十五人。殆どが「シスカ噴水通り」で行われたことから、新聞では犯人を「シスカ・マーダー」と呼んだ。最後の被害者はティカレスが在籍する教会のシスターで、彼女が死に際に残した血文字がティカレスを指すことから犯行が発覚した。
ティカレスは教会警邏部から逃れてハリへと亡命。そこで「瑠璃の刃」に入ったと見られている。
司祭時代と同じく、朝夕の祈りは欠かさず行っており、「シスカ・マーダー」の被害者の冥福を祈っていると言う。体には十五人の被害者の名前が彫られている。
Ⅸ 『狩人』
本名:エンデ、アスラ、バイム、シュテイン、テグ
性別:−
国籍:カネロ・ルバ帝国
年齢:三十代
「インバスの申し子」の生き残りである。
ヴァネアス皇帝の発案により始まった「インバスプロジェクト」は、「魔力を持たない者に後天的に魔力を与える」というものだった。帝国は元々魔法使いが人口の四割にしか満たず、そのために大国でありながら魔法技術、魔法部隊の発展がフィンやラスレに比べて劣っていた。皇帝は魔力を持たない者を魔法使いにすることで、状況を好転させようとした。
各地方から魔力を持たない子供を徴収し、十の施設に分散して実験を行った。主な手段として、子供の体に特殊な魔法陣を刻み込み、その魔法陣に対して魔力の供給をすることで、子供の肉体そのものを魔力供給容器にしようとした。
殆どの子供は体に魔法陣を刻み込まれた時点で息絶えるか、その後の発動によりショック死したが、生き延びた子供達には更に悲惨な実験が繰り返された。プロジェクトを開始して五年後に、魔力を肉体に貯蔵することには成功した。しかし精神を破壊された子供たちに魔法を使うことは出来ず、帝国はその子供達の体を戦車に組み込んで兵器の一部として使用した。
プロジェクトのために集められた子供は二千人に及ぶが、生存したのは僅か十人のみだった。そのうち一人がエンデである。苗字は彼自身が忘れてしまったので不明のままとなっている。
エンデは実験の苦痛を多重人格になることで逃れようとしたが、施設の研究員はその分裂した精神一つ一つに異なる魔力を注ぎ込んだ。そのためエンデは人格が変わると体つきや魔法の性質まで変化するようになった。
エンデの持つ人格は五つあり、瑠璃の刃に属するのはそのうち四人である。属さないのは本体である「エンデ」である。殆ど外に出てくることはない。施設に残された観察記録では「エンデ」は無口で、ひたすら爪を噛んでいる子供だということである。
リーダー格の人格である「アスラ」が、研究員を皆殺しにして施設を出たのが十一年前のことである。極秘プロジェクトであったため、事件の発覚は一日遅れた。その間にアスラは飛行魔法を用いて王城へ向かい、皇帝ごと城を爆破した。
その後、当時の「魔術師」が彼を見つけて瑠璃の刃へ誘い入れた。
多重人格者だが、外に出ている時間としてはアスラが一番長い。三ヵ国語を操り、紳士的である。エンデを守るために生まれた人格であるため、自分に対して敵意のある者には容赦しない。
また、その体に刻み込まれた魔法陣で周囲の人間の魔力を吸い取ってしまう。必要以上に距離を詰めるのは避けるべきであろう。
[閲覧確認署名]
フィン国軍 十三剣士隊
レイリー・オズマ
エスガナ・コンセラス
シード・ロウ
キンリー・ベルロット
ランバルト・トライヒ
セドラ・セム・リーゼン
ガルジス・ベルドラム
ソフィア・ケイトス
ユーリウス・アンバー
ジョセフ・リー
マリッカ・ベル
ディード・パーシアス
ミソギ・クレキ
***
「なるほどね」
ミソギ・クレキは報告書に署名を終えると、そう呟いた。
「だから俺達が選ばれたってことか。魔法使いじゃ勝算がないから」
「我々は魔法に特化しているわけではないからな。まともに魔法が使えるのは、私とレイリー隊長ぐらいだ」
ディード・パーシアスは笑みを浮かべながら言った。ミソギより二歳年上であり、隊の中では二番目に若い。
「それにしても、お前を最後にして正解だった。案の定、読むのが遅い」
「仕方ないだろ。アーシア語は話すだけで精一杯なんだから。ヤツハ語の資料も欲しかったよ」
「ヤツハ語の方がアーシア語より難解だと思うがね」
十三剣士隊の詰め所には、今は二人しかいなかった。
元々、隊としての意識が薄い彼らは、暇さえあれば一人で行動する。団体行動が性に合わない者ばかりで、だからこそ単独での剣技を極められたとも言えた。
「向こうには剣士がいない。まぁ沢山抱えている部下の中にはいるかもしれないがね」
ディードは座っていたソファーから立ち上がると、珈琲を入れるために部屋の隅にある小さな給湯エリアへ向かった。
「幹部の一人でも倒せれば御の字だ。上はそう思っている。ハリ共和国、西ラスレ、東ラスレが次々と失敗した今、フィンとしてはここで力を示しておきたいのだろうね」
「ふぅん」
「まぁお前にとっては入隊以来初の大仕事だ。良い戦功を期待しているよ」
「不慣れなりに頑張ってみますよーっと。珈琲入れるなら俺にもくれる? あんたが淹れるの美味しいからね」
「了解」
ディードは慣れた手つきで珈琲豆を用意して、豆挽器に入れる。少々気取り屋である男は、紅茶と珈琲の淹れ方には人一倍煩く、狭い詰所に色々と道具を持ち込んでは皆に呆れられていた。
「それにしても得体の知れない連中ばかりだね。こういう連中とばかり戦ってるのかい?」
「まさか。「瑠璃の刃」の規模と力は、ある意味でどんな国家よりも強大だ。今後、もしかしたらこれ以上の敵は出てこないかもしれない」
「じゃあ俺たちは運がいいってことかな」
ミソギがそう言うと、笑い声が返ってきた。
「見た目に反して血気盛んなところは利点だね。気になった幹部はいるか?」
「魔導書喰いかな。あとは魔術師。俺が魔法に縁遠いせいか、内容を見てもさっぱりだ」
「安心しろ。私もさっぱりわからん。特に魔術師の「魔法」は、証言が正しいとすればマズル魔法の原則を超えてしまっている」
「雷の魔法って難しいの?」
「難しくはない。だが、魔力の他に静電気が発生するせいで、魔法陣なしに連発することは不可能だ。大気中に残った電気のせいで雷が発生出来なくなる」
豆の良い匂いが部屋に満ちる。ディードは二つのカップを並べると、その上にガラス製のドリッパーを重ねた。その表面には魔法陣が刻まれている。お湯を沸かさなくとも水を注ぐだけで高温に熱してくれるもので、戦場に出ることが多い軍人たちには重宝されていた。
「凄腕の魔法使いなら可能なんじゃない? 魔法部隊の隊長とか、制御機関のお偉いさんとか」
「別に魔法が得意だからといって出世するわけじゃない」
粉になった珈琲を淹れたドリッパーに水が注がれ、それがお湯へ変換されていく。混じりあって珈琲となった液体が、カップへ一滴、二滴と流れ落ちた。
「どんな天才でも、マズル魔法の原則は覆せない。誰が何をしようと、太陽が昇るのを防げないのと同じだよ」
「じゃあ「魔術師」はどうやって雷を?」
「雷に似た何かか、または数本しかない雷を錯覚で多く見せたか……」
ディードが考え込んでしまったので、ミソギは視線を手元の資料に戻した。と言っても、文字を読むのはまだ苦手なので、読もうとする意識が無い時は、ただ何かの記号が羅列されているようにしか見えない。
文字も文章の書き方も、紙質もインクの色も、ヤツハの国とは何もかも違う。もう二度と戻るつもりもなく飛び出した故郷を懐かしく感じながら、ミソギは思わず溜息を吐いた。
ディードがそれに耳ざとく気付いて振り返る。
「どうした?」
「いや。何でも。それより何を考え込んでたわけ?」
「あぁ、魔術師の力について、少し」
珈琲が入ったカップを二つ持って戻ってきたディードは、並々と注がれている方を自分に、まだ縁まで余裕がある方をミソギの前に置く。ヤツハ生まれで未だに珈琲をそのまま飲めないミソギを思いやってのことだった。
「砂糖と牛乳。使うだろう?」
「どうも」
「魔術師だけどね。もし彼が何の誤魔化しもなく雷を使ったのだとしたら……それは魔法使いや技術者などではなく、そもそも人間ではないのかもしれない」
「獣か何かってこと?」
「いいや。人間に限りなく近くて異なる……。そうだな、新人種とかかも」
「あんたも冗談を言うんだね」
相手の言葉を冗談と受け止めたミソギは、砂糖と牛乳を入れて甘くなった珈琲を口へ運んだ。
「まぁ人間でもお化けでもゴーレムでもいいよ。強い奴と戦うのは嫌いじゃないからね」
***
極秘資料
MG-32作戦 実行結果
[状態]作戦終了
[結果]組織壊滅
『金満家』
ポイント9にて制圧。
アジトの全機能を無力化させた上で、逃走する「金満家」を追跡。
地下の金庫を守るようにして倒れこんだところを「華剣」が殺害。
金庫の中にはサクランボの種が一つ転がっているのみだった。
『星見』
ポイント2にて制圧。
歌による魔法で錯乱させようとしたところを「疾剣」が殺害。
仮面の下を確認したが、火傷の痕などは見当たらなかった。口蓋内の舌は極端に短く、発声すら困難だった疑いがある。
アンゼリカ・メロウのブロマイドなどでは通常範囲内の大きさの舌が確認出来る。
『魔導書喰い』
ポイント8にて制圧。
魔導書の特性を利用し、無力化した後に逃走。アジトに逃げ込んだ直後、先回りしていた「曲剣」により殺害される。
作戦終了後に魔導書を回収しようとしたが、紛失していた。
実子である娘は確認出来ていない。殺害、捕縛した中に該当者はいなかった。
『選定者』
ポイント4にて制圧。
「識者」と共に行動しているところを狙い、総員攻撃を行う。「黒剣」により両腕両足を切り取られ、無力化したと思われたが、右腕だけは切断後十分の間、動き続けていた。
失血によるショック死。
『怪盗』
ポイント12にて制圧。「選定者」の姿に化けて混乱を誘おうとしたが、「無剣」が気配の違いを指摘。そのまま同者により殺害される。
変装を解こうとしたところ、「怪盗」が予め仕込んでいた爆発物によって体が四散。骨片を回収してアカデミーで調査したが、「八十代の女性、または十代の少年」という矛盾した結果が出たのみだった。
『人形使い』
ポイント7にて制圧。
部下たちを操り、徹底抗戦の構えを取ったが、状況が悪化すると部下全員を自殺させて、自らもナイフで喉を刺して絶命。
死亡後に彼女が所持していた手帳を確認したところ、抗戦開始から自殺までのシナリオが完璧に記載されていた。
『魔術師』
いずれの場所でも確認されず、部下も発見されなかった。
逃走したと思われる。
『識者』
ポイント4にて制圧。
「選別者」を盾にして逃走しようとするも、「豪剣」が地面を割って足止めをする。その場で殺害。
体には十五名分の名前の刺青が確認出来たが、全ての苗字が後から彫りなおされており、全員「ビーガル」姓となっていた。また比較的新しい刺青として、左手首に「善き家族、善き世界」と描かれているのが確認出来たが、意味は不明。
『狩人』
ポイント1にて制圧。四つの人格を切り替えて戦うも、総員攻撃により体力と魔力を削られる。急激に魔力を消耗したため、次々に人格が衰弱死。四人分の人格が消滅後、新たに一人の人格が現れる。但し「エンデ」ではなく「ヴァネアス」と名乗った。
「氷剣」により殺害される。特に抵抗はしなかったが、最後まで帝国の抒情詩を口ずさんでいた。
提出者へ。
「魔術師」については聞かれても黙秘すること。
他、制圧状況について尋ねられた場合、調書以上のことは答えないこと。
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