8.化物の仲間

 中央区に戻る汽車の中で、カレードは天井を仰いで眠り込んでいた。ホースルは窓の外を流れる景色を追っていたが、向かいに誰か座ったのを見ると「ほう」と口を開いた。


「何処にいたんだ」

「意外と近くだ」


 褐色の髪を短く切り、顎鬚を薄く生やした壮年の男は、仏頂面で言った。日焼けした右頬に薄く古傷が浮かんでいる。


「気付いていたくせに白々しい」

「いるだろうな、とは思っていたが、何処に誰がいるかまではわからなかった」

「どうだか。お前さんは昔からよくわからん」


 男は胸ポケットから飴玉を一つ取り出すと、それを口に放り込んで勢い良く噛み砕いた。苺の微かな香りがホースルの鼻孔にまで届く。

 

「んで、どうだった」

「オルディーレの死神が、この前の事件を起こす前に「保管」した薬物だったらしい。それを預かっていたのが、あのカジノの男で、それをこっそり量産していたようだ」

「じゃあアイツは殆ど絡んでいないんだな」

「絡んでいたら、あんなお粗末な男を元締めにしたりしない」


 ホースルは相手の視線がカレードに向いているのに気がつくと、からかうように笑った。

 

「心配しなくても、おとなしくしていたぞ。借りてきたグリフォンのように」

「……急にいなくなるから、また何かあったのかと思った」

「大方、思いつきで来たんだろう。しかし来るなら疾剣だと思っていた。双剣が来るなんて珍しい」

「別に、手は空いていたからな。ミソギは鯛焼きとやらを買いに行ってたし」


 十三剣士が一人『双剣』ガルジスはそう言って溜息をつく。農家の生まれで、中央区が肌に合わないため、滅多に軍の基地にいないことで知られている。

 面倒見のよい性格が災いしてか、カレードの監視役を申し付けられることも多い。今日も突然いなくなったカレードを追って、ここまで来たようだった。

 

「隊長もこいつのことは気にしてる。一番若いのに一番棺桶に近い奴だから」

「随分吹っ切れたと思うがな、この前の事件で」

「俺もそう信じてるよ。しかし頼るならこっちだろう。なんでお前さんなんだ」

「人望の差じゃないか?」

「抜かせ。……お前は今のところ俺達の敵じゃないからいいが、あまりこいつに接触するな」

「何故?」


 意地悪く聞き返したホースルは、相手に睨まれても涼しい表情だった。


「私はオルディーレの死神とは違う。人を邪なる道に引き込んだりしない」

「お前さんにそのつもりがなくても、一緒にいたら飲み込まれる。化物は自分を化物だと認識していないからな」

「化物、か。言い得て妙だ」


 気を悪くすることもなく、ホースルは足を組み替えた。窓の外は夕焼けに染まりつつあり、遠くの山は青い影を連ねていた。それを一瞥してから、ガルジスへ視点を合わせる。


「私はお前達が何をしようとも邪魔はしない。後押しもしない。私は「使命」のためにここにいる。化物の仲間になりたくなければ、下らない「使命」を持たなければいい。自分のために生きればいい」

「使命?」

「そのために数千年生きているんだ。正気の沙汰とは思えないだろう?」


 汽車がカーブに差し掛かり、窓から夕陽が入り込む。ホースルの影が背もたれに写ったが、それは歪な形をしていた。まるで無数の剣を抱くかのような影が、天井や床へと伸びて他の影と交じる。

 ガルジスが息を呑むのを見て、ホースルは笑みを見せた。既に影は元に戻っていた。


「冗談だ。そこまで生きてたら、身体の方が先に朽ちる」

「……どこまで本当なんだ」

「私の使命に関しては、誰も介入出来ない。考えるのも探るのも時間の無駄だ」


 さて、とホースルは立ち上がった。


「こいつの面倒はお前に譲る。私は軍人に挟まれる趣味はないからな」

「俺だって同胞と仲良く並ぶ趣味はない」

「いいから見張っておけ。またふらふらどこかに行ったら困るだろう?」


 投げ出されたカレードの足を乗り越えて通路に出たホースルは、思い出したように「あぁ」と声を出した。


「シーソルトだが、今後出回ることは無い。全て潰した」

「何をどうやって潰したかは聞かないでおくよ」

「そうしておけ」


 違う車両へ向かいながら、ホースルは小さく付け足した。


「化物は我々だけで十分だ」


 その呟きは汽車の汽笛に掻き消されてしまい、遂に誰も聞き取ることは無かった。


End

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