7.ポーカーフェイス

 五枚のカードから不要なものを捨て、山から捨てた分のカードを抜く。そしてどちらかが「ベット」をした時点で相手が「コール」か「フォールド」かを宣言し、勝負が成立した時点で手札を公開する。

 ベット、コールが揃わなければ勝負とならないため、三回勝負と言ってもそれなりに時間はかかる。


「……ベット」

「フォールド」


 ホースルは自分の手札にあっさりと見切りをつける。ミゼットの笑みがカードの隙間から見えた。

 カレードは最初に五枚配る他はやることもないので、ホースルの後ろから手札を覗き込んでいる。質問が飛んでこないだけマシであるが、若干邪魔なことは否めない。


「ポーカーフェイスは得意なようですね。それとも単に感情が希薄なだけ?」

「別にどちらでもない。筋肉を動かすのは面倒だ。……ベット」


 ホースルが宣言する。相手はそれを聞くと一瞬だけ目を瞬かせた。


「コール」


 宣言が揃うのは、これが二度目だった。一度目は互いにワンペアで、数まで一緒という運の悪い組み合わせだった。


「いい手が来ましたか?」

「さっきよりはマシだ。オープン」


 二人同時にカードを開く。

 ミゼットはスリーカード、ホースルはワンペアだった。ペアになったのは絵札で、強いと言えば強いが、スリーカードに勝てるはずもない。


「まぁこういうこともあるか」

「意外と勝負師ですね。ハッタリでも使えば余裕で勝てそうだ」

「生憎、私は口下手だ」


 度数の強い酒を舐めるように飲みながら、ホースルの視線は揺らがない。元々、アルコールの強弱はホースルにとって何の意味もなさなかった。舌に刺激が走るのが好きだから飲んでいるだけで、酔うという感覚は知らない。

 子供たちは母親に似たのか揃って酒が弱い。リコリーはまだ付き合い程度には飲めるが、アリトラは子供の祝い事で使うカクテルだけで寝てしまう。


「……フォールド」

「私もフォールドです」


 手札を碌に確認もせず、ホースルはそれを捨て札としてテーブルの上に放り出す。そして二本目の葉巻を口に咥えると、カレードに札を配るように促した。


「世間話程度に聞くが、シーソルトは売れるのか」

「世間話程度に返しますが、そうなんじゃないですか」

「下手に言質を取られぬようにする程度には賢いようだ。質問を変えよう」


 五枚のカードが配られ、ホースルはそれを手に取った。


「この辺りでは若い人間が使うのか」

「そうですね。いつの世も、流行は若者からです」


 ミゼットが二枚捨てて、山から二枚取る。


「男と女ではどちらの方が多い?」

「印象としては男性でしょうか。女性はあまり、こういうものに興味を示しませんからね」

「そういうものか」


 ホースルは三枚捨てる。代わりに取ったカードは期待していたものとは外れていたが、決して悪い札ではなかった。


「ベット」


 先にミゼットが言った。ホースルもそれに応じる。

 同時に手札を開くと、今度はお互いにツーペアだったが、ホースルの手札のほうが数が大きかった。


「おや、負けましたか。いけると思ったのですが」

「運が良かった。運任せも悪くない」


 ホースルは「偶には」と付け加えて、先ほどと同じようにカードを手放した。


「……次のベット成立で、どちらかが勝てば終わりだな」

「そうですね。彼にカードテクニックを仕込むなら、今のうちにどうぞ」


 ミゼットの冗談にホースルは肩を竦めた。


「犬に猫のまねごとをさせるほうが容易い」


 カレードはカードをシャッフルするのは上手かった。元々、実践さえ伴えば剣でも銃でも使いこなす男だから、カードの束ぐらいはどうということもない。

 ホースルはその音を聞きながら、昔のことを思い出す。昔経営していた裏カジノにもこんな音をさせてカードを切るディーラーがいた。


「フィンにはあまりカジノの部類がないな」

「ハリに比べると少ないのは確かです。あちらに行ったことは?」

「随分昔に住んでいた。向こうの方が人種も多様だから、ギャンブルが流行るのかもしれないな。あれには余計な言語や習慣が要らない」

「ハリには昔、犯罪組織がありましたね。確か『瑠璃の刃』」

「二十年も昔に無くなった組織だ。なぜ知っている?」

「こういう仕事をしていると、今でも残党などとかかわることが多いんですよ」


 カードが配られる。ホースルはそれを扇状に広げて、視線だけで内容を拾った。


「貴方は彼らと同じ匂いがします」

「そうか」

「構成員の一人、あるいは彼らに近しい場所にいた。違いますか」

「目の付け所はいいが、答えるわけがないだろう」


 カードを入れ替えると、ホースルはその並びを見てから「ベット」と呟いた。

 それを聞いたミゼットは、何故か視線をホースルの背後へ向ける。


「……良い事を教えましょう」

「なんだ」

「貴方はポーカーフェイスが得意のようだ。こうして対峙しても何も読み取れない。でも貴方の連れはそうじゃない。貴方の手札を見て、その反応が顕著に顔に出ている」


 ホースルは傍らのカレードを睨みつける。それをまともに受けたカレードは決まりが悪そうに視線を逸らした。その行動からも、一切感情を隠さずに立っていたことは明らかだった。


「だってさぁ、気になっちゃうじゃん」

「自分のことは只管隠す癖に、どうして他のことは出来ないんだ」

「そんなに器用に出来てねぇもん」


 二人のやり取りに関わらず、ミゼットが「コール」と言った。

 沈黙が場を包み、バーカウンターの方で酔っ払いが管を巻く声だけが聞こえる。


「もう下りれませんよ」

「そのようだな」


 葉巻の煙を吐き出したホースルは、手にしたカードでそれを仰いだ。白濁した煙が捻れつつ四方へ散っていく。


「教えてくれたお礼に、私も良いことを教えよう」

「なんでしょう。効率の良い命乞いですか?」

「まさか」


 ホースルは珍しく笑うと、その目に狂気に似た享楽を滲ませた。


「悪党になりたいのであれば、初めて会った人間を簡単に信じるべきではない。ましてそれが自分の利益に関わることであれば尚更だ」


 右手を持ち上げてカードを表にしたホースルは、それをテーブルの上に置いた。


「こいつに教えたのは本来のルールとは全て逆だ。強弱を全てひっくり返した」


 そこに置かれたのは、数字が連番かつ全て同じマークで揃えられた「ストレートフラッシュ」だった。ミゼットは相手の手を確認すると、一気に青ざめる。


「で、お前のは何だ? フルハウスあたりか?」


 適当に言ったのが図星だったのか、ミゼットはカードを握りしめた。額に青筋を立たせ、歯を食いしばるようにしながらホースルを睨みつける。


「こんなのは……こんなのは、イカサマだ」

「馬鹿を言うな。こいつの表情を勝手に盗み見て、勝手に勘違いして勝手に自爆したのはお前だろう。大体、連れにルールを正確に教えなければならないという決まりでもあるのか」


 ホースルは鼻で笑うと、椅子から立ち上がり、葉巻をテーブルの上に押し付けた。


「では、知っていることを話してもらおうか。私の勝ちのようだからな」

「クソッ」


 男は突然、持っていたカードを二人に投げつけた。そしてテーブルの側面の隠し扉を開き、中に入っていた小型拳銃を取り出す。

 しかしそれを向けられても、ホースルは面倒そうに溜息をついただけだった。


「野蛮は任せる」


 その一言が終わるや否や、カレードの右手がテーブルを乗り越えて拳銃の銃身を握りこんだ。十三剣士の中でも飛びぬけた怪力の持ち主は、まるでチョコレートでも砕くかのように銃身を握りつぶす。

 ミゼットがそれに驚く前に、顔面に左拳が減り込み、そのまま後ろへと殴り飛ばされた。


「手ごたえねぇの」

「殺していないだろうな」

「手加減したよ。鼻は曲がったと思うけど」

「ならいい」


 テーブルを回り込んで、ホースルはミゼットの襟首を掴むと無理矢理体を引きずり起こした。


「どうする? 今のうちに素直に話したほうが身のためだぞ。この馬鹿が手加減したところで骨は粉砕されるからな」


 ミゼットは鼻血を吹き出したまま、恐怖の眼差しを二人に向ける。小さなカジノを取り仕切っていた王の哀れなる失墜を助けようとする者は誰もいなかった。



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