4.頭を使うと良い
路地の一番奥に建ったその建物は、石造りの重厚な構えをしていたが、外壁は所々崩れていた。
「どうやら元はワインの保管所だったようだな」
「ワイン?」
「華剣がよく飲んでいる、ブドウの酒だ」
十三剣士の一人の名前を出すと、カレードはすぐにワインがどういう物か理解したようだった。
「白かったり赤かったりするやつか」
「そうだ。一定の温度で保管する必要があるので、こういった建物が好まれる。当然、壁が厚くて防音性にも優れているから、カジノハウスなどを作るにはもってこいだな」
悪趣味なペイントが施された鉄製の扉は閉ざされていて、その前に柄の悪い黒服の男が立っていた。足元に煙草の吸殻がいくつも落ちている。少なくとも一時間以上そこにいるようだった。
「しかもこんな時間から営業中のようだ。素晴らしく健全だな」
ホースルは鼻で笑うと、その男に向かって歩き出す。なんの迷いも諮詢もない足取りに、男は一瞬反応が遅れたものの、かろうじてその進行を妨げることに成功した。
「紹介状は?」
「そんな無粋な物は持ち合わせていない」
「無いならお引き取りを」
「断る」
どうやら守衛代わりに立っているらしい男は、ホースルの言葉に眉を寄せた。
「うちは会員制なんですよ。お引き取り願います」
「こんな腐ったにおいのする店の会員になるつもりはない。「シーソルト」の元締めに話を聞きたいだけだ」
その言葉を出した途端に、男の表情に緊張が走る。眉間に皺を寄せて一歩間合いを詰めると、ホースルを睨みつけて低い声を出した。
「何のつもりだ、てめぇ」
「今言ったとおりだ。通してくれるのか、くれないのか」
「要件も得体も知れねぇ連中を通すわけねぇだろうが」
「成程、賢明だ」
そう言うや否や、ホースルは左手を相手の顎目掛けて突き上げた。殺気もなければ予兆もないそれは、攻撃ですらなかった。ただホースルの行動原理にのみ則っていた。
顎を掴まれ、後方の壁に叩きつけられた男は、今起きたことを処理出来ずに目を見開く。
「もっと賢明になりたければ、黙って私達を通すことだ。このまま壁に素敵なアートとして刻まれたくなければな」
黒服の男は、本能的にホースルの危険性を悟り、不格好なままで何度も首を縦に振った。ホースルが手を離すと、男はその場に崩れ落ちた。
「何を座っている。さっさと案内をしろ」
「は……、はいっ」
再び立ち上がった男は、怯えたように声を上ずらせながら店の扉に手をかける。内側へ開いたその扉の奥には、薄暗い空間が広がっていた。
「どうぞ、ご案内します」
借りてきた子犬のようになった男は、二人の先に立って進んでいく。ホースルがカレードを促すと、感心したような声が返ってきた。
「やるな、七番目」
「お前に任せるよりマシだからな。しかし力技は疲れる」
ホースルの身体能力は平均より少し高い程度で、特に卓越したものはない。破壊する力だけは有り余っているが、それは身体能力とは無縁だった。
「この後の野蛮なことはお前に任せる」
「じゃあ頭脳担当?」
「だから、私はあまり頭が良くないと何度も言っているだろう」
店の中に足を踏み入れた二人は、呑気に言葉を交わし続ける。それは小声だったので前方を歩く男には聞こえなかったが、無駄に恐怖をあおることには成功していた。
入口から数メートル先にある黒い遮光カーテンを潜り抜けると、甘ったるいような苦いような匂いが満ちていた。
カレードはそれを嗅ぐなり、しかめ面でホースルに囁く。
「おい、これオーディス系のクスリだぜ。昔使ってたから知ってる」
「私もこの匂いは知っている。だが純正ではないな。炙った残り香など何の意味もないから放っておけ」
「でも変な匂いするから嫌いなんだけど」
「口で呼吸していればいいだろう。頭を使うといい。あれは便利だぞ」
薄暗い店内には、カジノハウスでよく使われるテーブルやルーレットなどが置かれている。安っぽい装飾で飾られていて、とても趣味が良いとは言えなかった。
まだ夕刻にも届かぬ時間だというのに客がいるが、どれも酒とドラッグの合間にカードを引いているだけのようだった。
「趣味の悪い店だ。西ラスレのマイテルムの真似事だろうが、圧倒的にセンスがない」
「何だそれ?」
「高級カジノだ。何度か商談の付き合いで行ったが、酒は美味かった」
前方を歩く男は、一番奥にあるカーテンで区切られた個室の前で立ち止まった。二人を一瞥してから中へと入っていく。
数分もすると、カーテンの奥から誰かが出てきた。くすんだ銀髪を長く伸ばし、顎鬚をうっすらと生やしている。見た目上の年齢はホースルとあまり大差ない。
仕立ての良いスーツの上から、妙にけばけばしい毛皮のコートを羽織っている。痩躯の長身であるが、それでもホースルよりは背が低かった。
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