5.野蛮なことは好みません
「ようこそ」
思いの外丁寧な口調で相手が切り出した。
「此処のオーナーであるミゼット・アゼラです。何かお話があるとか?」
「シーソルトについて話を聞きたい」
「話と言っても色々ありますよ」
「そうだな。そちらにとって良くない話だ」
ミゼットは眉を持ち上げる仕草をした。その姿は退廃的なものを強く匂わせていて、アウトローな魅力を強く出している。
「良くない話、ですか。それはそれは」
「話を聞く気があるなら、それなりにこちらも対応しよう。言っておくが、私たちを連れてきた小僧のように凄んでみせても無駄だ」
「そのようですね。まぁ私も野蛮なことは好みません」
大仰に肩を竦めた男の背中越しに、個室の中が見える。薄暗い部屋の奥で、ホースル達を連れてきた男が鼻や口から血を出して気絶していた。
「しかし私も此処で商売をしている身だ。貴方がたが何の話を持ってきたにせよ、そうですかと受け入れるわけにはいかない。おわかりですか?」
「道理だな。要するにそちらの流儀で話をつけさせろと?」
「その通りです。まぁ立ち話も無粋ですから、こちらで話をしましょう」
ミゼットは気取った歩き方で、店の隅にあるカジノテーブルへ二人を導く。それを見たカレードが再び「うげぇ」と呟いた。
「俺、あいつ苦手。オルディーレの死神っぽい」
「言いたいことはわかる。どこにもあのような手合いはいるものだ」
他に比べると上等な素材で作られたテーブルにホースルとカレードが腰を下ろすと、ミゼットはその向かい側に着席した。
「改めて訊きましょう。そちらのお話とは?」
「シーソルトの出所を聞きたい」
「それは企業秘密です」
「シスターの紛い物だろう」
畳みかけるような問いに、ミゼットは口元をひくつかせる。しかしそれもたった一瞬で、すぐに隠れてしまった。
「失礼ですが、あまり対話が得意ではないようだ。出身はどちらですか」
ホースルは何かの言葉を呟いた。しかしそれはアーシア大陸の言語系統から著しく外れており、ミゼットにもカレードにも理解するどころか聞き取ることすら出来なかった。
「そこから色々な場所を流れ、フィンに来たのは二十年前だ。しかしそれ以前が比べ物にならないほど長いので、確かに不慣れと言えば不慣れかもしれないな」
「御冗談は得意なようですね」
「私は平素から冗談は好かない。それより、無駄な話に脱線するということは図星ということか」
ミゼットは何か言おうとしたが、ホースルが口先だけでまるめこめないことを早々に悟って一度口を閉ざす。
数秒の沈黙の後、ミゼットは銀細工の指輪をはめた手で、カジノテーブルの天板を撫でた。
「何かご入用なら用立てますが」
「金で口封じをしたいのか? だが結構。これでも金には困ってない」
軍の機密依頼で十分な報酬は受け取っているし、セルバドス家は一族揃って「質実剛健」を掲げているので、使い道もない。
そもそもホースルは金という人間独自のシステムに魅力を感じるタイプではなかった。
「個人的に薬物がフィンに入ると、虫唾が走るのでね。ましてそれがオルディーレの死神に絡むものだった場合、全身から反吐が出てもおかしくないので確認に来た次第だ」
「……なるほど、お話はわかりました。しかしそれを容易に話すと思いますか? シーソルトが例えば、かの高名なオルディーレの死神によってもたらされたとしましょう。あなた方がもし同業者である場合、そのルートや経緯を利用される可能性もある」
「言いたいことは理解した。同業者に見えるのか、私が」
「そういう訳ではありませんが、堅気でないことはわかります」
「心外だな」
ホースルは細く巻かれた葉巻を口に咥えると、その先端を軽く指で弾いて火を点けた。
「ではどうすればそちらの口を割らせることが出来る? 正直、店ごと潰してもいいのだが、あまり乱暴なことはしたくない」
「え、マジ?」
後ろにいたカレードが意外そうに尋ねるのを、ホースルは一睨みで黙らせた。平素ならホースルも乱暴に片付けるところだが、今日は情報を引き出すという目的がある。
カレードの剣と違って、ホースルの力は脅しとしては力が強すぎて使い物にならない。
「そこでだ。ここはカジノだろう? カード勝負でもしないか?」
ホースルの提案に、ミゼットは数秒考え込む。利益と勝機を計算している目つきだった。口元を手で覆い隠していたが、指の隙間から覗いた唇が歪むのを、二人は見逃さなかった。
「やりましょう。しかし条件があります」
「なんだ」
「もし私が勝った場合、あなた方の素性を明かしていただきたい」
それ、とミゼットは二人のウィッグを指さした。
「偽物でしょう。うちに来る客もよくそういったものを使うのでね。見慣れています。手慣れた変装ですが、裏を返せば素顔を見られるのは都合が悪いということ。私が勝てば、その変装を解いて戴けませんか?」
「わかった」
即答したホースルに、ミゼットは肩透かしを食らったような表情を見せ、逆にカレードは焦った声を出す。
「おい、もう少し考えろよ」
「断る。他に賭けの材料になるものもないし、元はと言えばお前が持ち込んだものだ。諦めろ」
「そんなぁ」
情けない声を出すカレードを、ホースルは面倒そうに一瞥する。
「なんだ、川に突き落とされた犬みたいな顔をして。言っておくが一切可愛くないぞ」
「別にあんたに可愛がられたいわけじゃねぇよ。あんたが負けたら、俺が一番やべぇじゃん」
「当然だ。なぜ私がリスクを背負う必要がある。……で、何で勝負する?」
ホースルは視線をミゼットへと移した。
「何でもいいぞ。少なくとも二十年前にあったものなら、私は全て出来る。最近はギャンブルには手を出していないから、新しいものは遠慮してくれ」
「それでは無難にポーカーにしましょうか」
「構わない」
勝手に話を進めるホースルに、カレードは二度目の静止をかけた。
「なんだいちいち。面倒くさい奴だな」
「ポーカーって何?」
「そこからか。ギャンブルの一つぐらい覚えていたほうが良いとは思うが。……すまないが少し時間をくれないか? 真面目な勝負の最中に、この馬鹿に質問を繰り返されては適わない」
「えぇ、結構ですよ」
ミゼットは人の好い笑顔で応じて席を一度立った。
「何か作りましょう。お酒は飲まれますか」
「この店で一番強い酒は?」
「ラスレのサン・ハルトです」
「十年物か」
「十五年物です」
「ではそれをくれ。こいつには水だ。仕事中だからな」
ミゼットが立ち去ると、カレードはその背中を見送りながら鼻をひくつかせた。
「香水の匂いがキツイ」
「高級品を馬鹿みたいに振りかけているな。成金タイプにありがちだ」
「サン・ハルトって何?」
「高級酒だ。十五年物は十年物より質が落ちるが、それなりに値は張る。ほぼエタノールのような酒だな。そんなことより、ポーカーのルールを教えてやるから、その足りない頭にしっかりと叩き込め」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます