3.買い物感覚

 かつて大陸を震撼させた犯罪組織「瑠璃の刃」が幹部の一人、キャスラー・シ・リンは自分のことを犯罪者だと思ったことはない。そういう点で、カレード・ラミオンは自分が前科者だという自覚がある分、まだまともだった。


 但し、カレードの場合は戸籍がなかったので昔のことは罪に問われることもなく、そして五年前のことは事情を知った軍や政府の上層部が、その不遇に同情を寄せて「心神喪失状態」として不問とした。


 それ以上に、軍の不祥事をこれ以上増やしたくないという考えもなかったわけではないが、それでもスイ・ディオスカの犯した殺人を、ただの殺戮と罰せられる者はいなかった。


「で、その問題の場所だが、お前の説明がさっぱり意味不明だったので私の伝手で調べてみた」

「え、わかりやすくねぇ?」

「生憎私は『ガッと行ってバッと入ってギューンと進んだ先』という説明で目的地に着けるほど賢くない」


 東区の主要駅である「ラクトー駅」は人で賑わっている。広い駅構内では鮮やかな民芸品を並べた店や、美味しそうな匂いを漂わせる軽食スタンドなどが並んでいた。


 東区は昔から工業が盛んであり、特に木製家具は外国でも評判が良い。王政時代にこの一帯を治めていた領主が、冬季の二次産業として推進したのが始まりだと言われており、その頃から続く老舗も多かった。


「店の場所は大体把握出来たが、向かう前に情報収集したい。お前は黙って私の後ろにいろ」

「呼吸はしていいか?」

「好きにしろ。拾ったものは食うな」


 ホースルは目深に被ったニット帽を引き下げる。赤いウィッグの上から被っているので、元の髪の色は完全に隠れていた。目元に貼った絆創膏で顔の印象をぼかし、顎から下はネックウォーマーで囲っているため輪郭もわかりにくい。


 一方のカレードは、何をしても目立つ金髪を長い黒髪のウィッグで隠し、赤縁の伊達眼鏡を掛けている。ミソギと一緒だと悪目立ちする身長も、ホースルが長身のために幾分紛れてはいた。


「あんた身長いくつ?」

「一八五ぐらいだ」

「やっぱりそうだよな? いつもそんなに大きく見えないけど」

「お前が無駄に大きいからだろう」


 素っ気なく返すホースルに、カレードを気を悪くすることもなく視線を他へ移す。ミソギよりある意味達観してしまっている男は、多少邪険にされた程度では何も感じない。


「すげぇ。駅前で家具売ってる」


 カレードが呆れたような声を出して、駅前広場を指さした。まるで野菜でも売っているかのような簡易テントの中に並ぶのは、どれも凝った細工の施された家具ばかりだった。


「洒落たものが多いな。妻が好きそうだ」

「女ってこういうの好きだよな。アクセサリーとか欲しがるし」

「人に因るだろう。娘は剣の装飾は好きだが、アクセサリーには興味を示さないしな」

「あんたの子供って人間側にカウントしていいのか?」

「半分は人間だから問題ない」


 ホースルはテントの方に近づき、中を覗き込んだ。人の良さそうな店主が腰を上げ、笑顔で話しかける。年は四十絡み、黒髪にハシバミ色の瞳を持ち、細く弧を描いた眉が印象的だった。


「グレスト工場のB級品です。規格より少し大きかったり、傷があったりするものを安く販売しているんですよ。よろしければ一ついかがですか?」

「小さなスツールなどがあれば見たいのですが」


 常の口調に戻ったホースルがそう言うと、店主は家具の山の中から手頃なものを探してきた。


「こちらはいかがでしょう。ちょっと此処に木の節が入ってしまったのでB級となりましたが、物としては何の問題もありません」

「これはなかなか良い品ですね。中央区で商売をしているのですが、調度品を新調したいと考えておりまして。本当は西に伝手があったのですが、先日の事件があったでしょう」


 店主はホースルが何を言いたいかをすぐに察し、心得顔で頷いた。


「なるほど。まぁ何かと物騒ですからね。東区にはあまり来られない?」

「えぇ」

「中央区では何の商売を?」

「まぁつまらない雑貨屋ですよ。メディートとアンゼルの軒先にも入れないような」


 その言葉に店主は何度か目を瞬かせると、「はぁ」と納得したような声を出した。


「なるほど、そうでしたか。いや、実はこの辺りも最近物騒でね」

「物騒?」

「妙な「ハーブ」を使う若者が増えているんですよ。早いところ取り締まって欲しいものです」

「ハーブというのは通称ですか?」

「通称は「シーソルト」らしいですが、見た目は普通に緑色の葉っぱですからね」

「情報通ですね」

「いやいや、こういうところで仕事をしていると色々見えるんですよ。お馬鹿さんが箪笥の陰でヒソヒソ話をしているのなんて丸聞こえで」


 存外口の悪い店主にホースルは口角を吊り上げる。


「貴方の慧眼に彼らが気付かないのは不幸ですね。こちらのお店の名前は?」

「『カルヴァンスの棺』です。先祖が棺桶職人だったので」

「道理で」


 ホースルは紙を一枚取り出し、そこに店の住所を書き留める。それを相手に手渡すと、営業用の笑顔で言った。


「このスツールを、此処に届けてください。お代は引き換えで構わないでしょうね?」

「勿論」


 二人の商人は似たような笑みを交わし、そして互いに背を向ける。歩き出したホースルの後を、カレードが慌てて追いかけた。


「なぁ、何話してたんだ? 馬鹿にもわかるように頼む」

「お前の美点は、自分が馬鹿だとわかっていることだな」


 元の口調に戻り、ホースルは顔を隠すようにネックウォーマーを引き上げる。


「商人にはいくつかの種類がある。販売する物の差は勿論だが、フィンで一番重視されるのは「何処の傘下か」ということだ」

「さんか?」

「商工会、という言葉を知っているか」

「えーっと、商売やってる連中が入るところだろ?」

「そこに入ることが安定した商売の要となる。お得意さんを紹介してもらったり、お抱えの弁護士や、制御機関法務部への顔利きも出来るからな。フィンで一番大きな商工会は「メディード」、そして一番小さいのは「アンデル」だ」


 メディードとアンデルの軒先も借りれない、というのは完全にフリーの商人であることを指す。誰の加護もない代わり、誰に縛られることもない。


 フィンの商工会は、魔法使いの国であるためか魔法が得意な者なら入りやすい。だが魔法が苦手な者や空瓶に対しては数年単位の「試用期間」が設けられている。

 ホースルはその仕組みを心底下らないと考え、フリーであることを選んだ。


「中央区でフリーの商売人というのは非常に少ない。余程の特殊な事情がない限り、二種類に分けられる。何かわかるか?」

「わかんねぇ」

「ヒントをやろう。私もカルナシオンもフリーだ」

「カルナシオン?」

「マニ・エルカラムの店主だ」


 あぁ、とカレードはその人間の顔を思い出すと同時に、ホースルが言うところのヒントの意味を理解した。


「制御機関と軍、ってことか」

「そうだ。カルナシオンは元制御機関の人間で、市井の商工会に頼らずとも良い立場にある。そして私は言うまでもなく、軍に様々な物品を都合している。要するに「民間の協力者」という立場だな」

「さっきの奴は、それを見抜いたってことか?」

「あの人間は、なかなか頭の回転が速い。私が軍、あるいは制御機関に繋がりのある商人だと判断して、治安に関わる情報を提供してくれた」


 ホースルは駅からほど近い商店街の入り口で立ち止まると、先ほどの店を一瞥してから言葉を繋げた。


「薬物を捌いている連中は、少なくとも売人を使う程度には規模が大きい。そして、その売人は駅前で取引をするような馬鹿だ。売りさばく相手も若者のようだし、恐らく元締めが経営するカジノハウスで流通しているのだろう」

「あれ、そのやり口だと……オルディーレの死神は関わってねぇな?」


 カレードがそう言うと、ホースルは頷いた。


「あの男なら、こんな杜撰なことはしない。恐らく、偶然シスターと流通経路を入手した連中が、浅はかな考えでばらまいているのだろう」

「どうする? あいつ関係ねぇなら、俺はどうでもいいんだけど」

「私も同意見だが、万一ということもある。それに若い奴が粗悪なクスリで理性を吹っ飛ばして、第二第三の黒騎士事件を起こさないとも限らない。ここまで来て手ぶらで帰るのも癪だし、その元締めを潰す」

「買物感覚で麻薬の元締め潰すなよ」

「買物感覚はお互い様だろう」

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