2.大人っぽい顔になった
「スイ・ディオスカ。あるいはスイ・ルイリオン。あの外道が十三剣士に入れようとしていた奴だ」
深夜のバーカウンターで、ミソギは珍しく強い酒を飲みながら書類をホースルに手渡した。
「貧民街の出身で、文字は読めないし書けない。剣術を教わる様な環境どころか、軍に入るまで戸籍も無かったらしい」
「軍に入ったのは?」
「二年前。そこで初めて剣を覚えたんだけど、それがまぁ凄まじいまでの天賦の才でね。俺も最初に見た時は驚いたよ。国境軍なんかに置いとくには勿体ない才能だ。顔も含めて」
「顔?」
「そこに写真ついてるだろ。二年前のだから随分幼く見えるけど」
ホースルは書類を捲ると、そこに挟んであった写真を見て眉を持ち上げた。
「なかなかだろ? ディードが気に入ったのも頷ける」
「これはあいつではないか」
「知り合い?」
「レシガンだ」
ミソギは酒を煽りながら数秒考え込んでいたが、記憶の隅からその言葉に合致するものを見つけると、思わず口に含んだ液体を吐き出した。
「レシガンって、あんたがフィンに来た頃に中央区にいたガキ?」
「あの時言っただろう。金髪だと」
「覚えてないよ。あー、でも確かに妙に顔の整った子供だったかも。随分育ったもんだね」
はぁ、とミソギは何か感慨深いように呟く。ホースルは書類に目を通しながら尋ねた。
「それでどうするんだ。入れるのか」
「……とりあえず中央区に呼ぶよ。『措置入院』期間が過ぎて、国境軍としても持て余しているようだしね。十三剣士になるかどうかは任せるけど、まぁ気もまぎれるんじゃないかな」
ミソギは溜息をついて「十九ねぇ」と零した。
「なんだか想像もつかないな。そんな年齢で背負うには壮絶すぎる。必死に生き延びて手に入れたものが、無残に砕け散ったんだ。壊れたっておかしくないのに、あいつは踏みとどまっている」
「こいつはディードに復讐するつもりか」
「聞いてないから知らないよ。でも全部奪われたんだから、そうするかもね」
「そうか」
「そうか、って」
ミソギは何か言いかけて、しかし口を閉ざした。互いに黙ったまま、琥珀色の液体が入ったグラスを傾ける。
やがて静寂を破ったのは、ホースルだった。
「別に好きにすれば良いことだ。誰かが決めることでもない。人間には生存本能以外で悩むことが許されている」
「それは言いえて妙だね。何しろ人間は別に困ってもいない金のために子供を殺そうとするんだから」
吐き捨てるように言ったミソギは、やはり平素より酔っていた。
遠くヤツハの国で、貴族階級の男の妾腹として生まれたミソギは、実の母親に金目当てで殺されかけた。死に物狂いで両親を斬って逃げだしたミソギを助けたのは、本妻である女だった。
普段は寧ろ虐げていた側の本妻に助けられたことで、ミソギは人間の善悪というものをあまり信用しなくなっていた。
「スイがもし十三剣士に入るようなら、早めにあんたのところに連れて行くよ。戦歴を見る限り、愚かな奴ではなさそうだ。引き際は知っている」
「だから何だ。私に抑止力になれと?」
「少なくとも、中央区で無謀なことはしなくなるだろうね」
「なんだよ、人の顔を見て」
「別に。お前も随分大人っぽい顔になったと思っているだけだ」
「あぁ?」
ホースルは椅子を軋ませて立ち上がると、カウンターから外に出た。
「で、賭け事が得意か聞いた挙句に、死神の後始末か。大方、その薬物の出所が裏カジノか、元締めがギャンブラーというところか?」
「話が早いじゃねぇか。流石、七番目」
「軍人は黙認状態とは言え、ギャンブルは禁止されている。それにお前の頭でギャンブルが出来るとも思えない」
「なんかハッキリ言われると腹が立つな」
「私にギャンブルをさせて情報を吸い上げたい、そんなところだろう」
店のドアにかかっている「開店中」の札をひっくり返す。平素から客は限られているし、臨時休業も珍しいことではない。
「しかし互いに目立つからな。特に私は妻と息子が制御機関の人間だ。前科などつくわけにはいかない」
「前科どころか、死刑確定じゃなかったっけあんた」
「私を殺せる法はこの世にはない」
商品を並べている棚の奥に手を入れ、伊達眼鏡やウィッグなどを取り出したホースルは、それをカレードに手渡した。
「互いに素性が分からないように変装したほうがいい」
「変装?」
「得意だろう? ジェイダ・ナープ」
かつての偽名の一つで呼ばれて、カレードは思い切り眉をしかめた。
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