20.二つの名前
【マズル預言書 サルテウスの章】
マズルは剣の弟にいくつかの木を託した。
「その木を植えて実を得よ。そのいくつかの実は腐り、いくつかの実は芽を出すだろう。どちらかの実を取り、どちらかの実を捨て、剣で貫け」
剣の弟はそれに従い、自らが立つ地面を切り裂いて木を植えた。血肉を与えると木は大きく育ち、やがて羽根のある実をつけた。
何故か唐突にそれを思い出したホースルは、木の名前を思い出そうとしていた。
繁栄の実、再生の木。遠い記憶の中で、その二つだけが妙に存在感を持っていた。
「リコリー……、アリトラ……だったか、確か」
「何?」
気付かぬうちに声に出ていたらしく、前方にいたミソギが振り返る。ホースルは誤魔化すように話を切り替えた。
「さっきの子供が気になった」
「レシガン? ったく、結局銀貨二枚も取られたよ」
「あれは金髪だな。この国では珍しいはずだ」
「金髪? まさか」
「恐らく目立つので、汚して隠しているのだろう」
「ふーん」
ミソギは興味なさそうな返事をして、視線を元に戻す。
二人は繁華街の中ほどにある、高級ブティックの屋上にいた。屋根には傾斜がついているが、どちらもしっかりと両足で踏みしめ、滑落する危険性は低い。
「あの子供の証言だと、このあたりだね」
「しかしこれまでの犯行を見ると、深夜に行われているはずだ。確かに日は落ちたが、まだ深夜と言えるような時間帯ではない。なぜこんなに早く動く?」
「繁華街は夜になればなるほど人が多くなる。あらかじめ上に身を潜めて、活動できる時間まで待機してるつもりだろうね」
「なるほど。お前は頭がいいな」
ミソギは反射的に相手を睨み付けたものの、ホースルは心底感心している様子だったので、溜息をついて視線を外した。
「あんたは頭が悪いね」
「自覚はある」
「じゃあ善処してくれるかい」
「何故だ」
「俺が疲れるから」
「……疲れるなら、私に構わなければいいのでは?」
ミソギはその台詞に「はぁ?」と素っ頓狂な声を出した。
「あんたが俺が構わなきゃいけない状況にしてるんだろ」
「だからそれでわざわざ構うのはお前の勝手だろう」
「人の善意を何だと思ってるんだよ」
「善意?」
「ぶん殴っていいかい?」
「別にいいが、何のためだ?」
不思議そうに聞き返す相手にミソギは頭を抱えたくなった。普通の人間の感覚が、ホースルという存在には一切適用出来ない。
例えミソギの拳が砕けるまで殴ったところで、ホースルは何故そんなことをされたのか理解しないし、下手をすればそれがミソギの性癖か何かだと解釈する可能性すらある。
「やっぱり俺はお前に構うことにするよ」
「そうか」
「そして人間としての色々なことを教えた上で殴る」
「そんなに殴りたいなら止めないが、大変そうだな」
「他人事!?」
やはり精神衛生のために殴ったほうが良いかとミソギが拳を固めた時、すぐ近くで人が動く気配がした。
「……一人。特に訓練は受けていないけど、場慣れはしている」
ミソギがその気配を分析し、ホースルも同意した。
「私と同じようなタイプだな」
「コソドロもあんたと同列にしてもらえたら光栄だろうね」
こちらに気付いている気配はなく、大きく動く様子もない。何処かに身を潜めた犯人が、身じろぎをしたことによるものと思われた。
「もう一度動いてくれれば、捉えられるんだけどな」
「炙りだすか」
「出来るかい? 勿論危害は加えない程度で」
「犯罪者が一番嫌うのは「光」らしい。誰かに見られるのを恐れるというわけだ。だから少し照らしてやれば反応が得られるだろう」
ホースルは右手を少し持ち上げると、人差し指と親指を使って小さな音を立てた。
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