17.煎餅と二人
「目立つため?」
ミソギは口の中に入れた米粉で出来た焼き菓子をかじりながら聞き返した。
ヤツハの菓子、「煎餅」は米粉に水を加えて練ったものを天日干しし、それを炭火で焼いて醤油などで味付けをする。ミソギは自国の菓子を非常に愛しているが、遠く離れたフィンでは、それが殆ど手に入らない。
第一地区の駅前にある輸入食品店に、一ヶ月に一度だけ気まぐれのように置かれるそれを買い占めるのが、ミソギのライフワークとなっている。
「そうだ。といってもこの場合は、犯人自らを指すわけではない」
ホースルはそう言いながら、勝手にミソギが持っている袋に手を入れると、煎餅を一枚取り出した。
「二枚目だけど、気に入ったのかい?」
「米の菓子というのは面白い。ハリやシュデルでは小麦粉や卵の菓子は多かったが、米はなかった」
「ヤツハは小麦が育ちにくいんだよ。湿気が多いからね」
制御機関からマズナルク駅を挟んで逆側は、酒を取り扱う飲食店が軒を連ねている、所謂歓楽街である。夜遅くまで酒を飲む大人たちで賑わっており、その分昼間は閑散としているような場所だった。
「そういえばあんたって酒飲むの?」
行き交う人々を眺めながらミソギが尋ねる。時刻は夕方を過ぎ、通りは酒を飲もうと浮足立つ人々が段々と多くなっていた。
二人がいるのは、歓楽街の入口近くにある潰れた店舗跡だった。元は安価な居酒屋であったようだが、既に閉店して一年以上は経っている。
「……ハリにいた頃は、頼みもしないのに高級な酒が贈られてきていたから飲んだな」
「いいこと教えておくよ。あんたは今、十七歳って言ってるけど、ハリでもフィンでもそれは未成年。飲酒は認められてないからね」
「そうか。では十八になるまでは控えよう。誕生日を決めたらの話だが」
煎餅を噛み砕きながらホースルは少しだけ笑った。
「しかし、お前は意外と私のことを気に掛けるのだな」
「黙ってあんたと並んでるのが苦痛なんだよ」
「そうか。では話を戻そう」
「あんた、接続詞がおかしいよ」
ホースルはその指摘には首を傾げただけだった。まだいまいち言葉が上手くないのは両者とも同じであるが、ミソギはなるべく他人と話を合わせようとするのに対し、ホースルは一切その気がない。
「火災の起きた店と言うのは、皆の印象に残りやすい。例えば、同じ道を歩いていても、不意に工事が始まると「此処に前何があったか思い出せない」ということは無いか?」
「あぁ、あるある。毎日その道を通ってるのに、全然思い出せないんだよね」
「要するに印象がないということだ。しかし火事が起こった店というのは皆の印象に残りやすい。その道を通る人間であれば、なんとなく見てしまうこともある」
両手を振って、指先についていた米粉を払い落としたホースルは、そこで少し言葉を区切って空を見上げる。曇り空が重苦しい色を混ぜ合いながら流れていた。
「火災を起こした者は、その店に衆目を寄せたかったのだろう」
「何のために? まさか集客のためとか言わないよね?」
「三つの店舗はどれも系統が異なる。調べたが、オーナーや土地の権利者が同一と言うこともなかった」
どこで調べたのか、ミソギは相手に尋ねようとして止めた。堅気になりたいと言って、所属していた組織の幹部を皆殺しにした男が、いきなり正当な生き方を出来るなどと思ってはならない。
「唯一の共通点は「繁盛している店」だ」
「じゃあ潰れかけた店の主人の私怨とか?」
「それも考えられなくもないが、その場合は自分と同じ業種の店のみを狙うだろう。私の見解はもっと外部に向いている」
「砂糖醤油食べる?」
「なんだそれは。甘いのか」
「甘くてしょっぱい」
ミソギはあまり好みでない味付けの煎餅を押し付ける。粒の大きな砂糖を醤油に混ぜ、それを使って焼かれた煎餅だが、その粒がミソギは苦手だった。
ホースルは一口かじると、「ふぅん」と呻くようにいい、二口目へ続ける。
「面白い味だ」
「気に入った?」
「あぁ」
「あんたが煎餅を仕入れてくれれば、俺も多少のことは大目に見るんだけどな」
「考えておこう。……どこまで話した?」
「あんたの見解が外部に向いてるとか、そんな話」
ホースルは「そうだった」と言って、話を元に戻す。
「要するにこれらの店にはある共通点がある。犯人はその共通点を皆に知らしめようとしているわけだ。随分回りくどい手法から、恐らくは歪んだ正義感の持ち主か、事情があって公の場に姿を見せられない者だな」
「全然わからない。人間にわかる言葉で話せ」
「以上の点を踏まえて」
「聞けよ」
「次のターゲットはこの界隈であると推測出来た」
「聞けってば」
絶対に、いつかこの男と絶縁してやる。ミソギはそう心に決めて、煎餅を乱暴に噛み砕いた。
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